42.簡単な話ではないけれど
「ふーむ……うーん、ここはちょっとなぁ」
その日の昼休み、冬香は会社のパソコンを使ってある調べ物をしていた。
「ここは……広いし家賃もいいけど、会社から遠くなりすぎる」
「ん、柊さん何してるんすか?」
最近、どういうわけか見た感じ手作りの弁当を持ってき始めた冬香が、パソコンとにらめっこしている。
花菜は独身である冬香が手作りらしい弁当を持参し始めたことで、誰かと何らかの関係が出来たのではないかと密かにお近づきになりたかった諸君が肩を落としているのをバカだなぁと笑っていたが、冬香の見ていた画面を見てその考えを改めることになった。
「柊さん、引っ越すんですか?」
「いやー、まだ決めたわけじゃないんだけどね……今住んでいるところもだいぶ長いし、お金も溜まったからそろそろどうかなぁって」
「へー……」
冬香は何となく見ているようだったが、その部屋は明らかに一人で住むって感じの物件ではない。花菜のテンションは上がる。
「へー、へー!」
「な、なに? 急にテンション上げられるとびっくりするんだけど」
「いやいやなんでもー?」
「変なの。はぁ、でもいざ良い所で探すとあんまりないのねぇ」
「ここらへんは腐っても東京都区部に入ってますからねぇ。それなりに良い物件はそれなりに値段も人気もありますし……」
「そうよねぇ」
はぁ、と冬香はため息をつく。お察しの通り彼女はお花と一緒に住むに不自由のない場所に引っ越しをしたいと考えていた。
そのために二人で過ごすには十分な広さのあるところを探しているのだが中々に難航している。
今の部屋も狭いとはいえ目立った苦労はないのだが、やはりお互いの気持ちを認め合った以上はそれに適している部屋に越したい気持ちもある。
本音はお花に生活面でお世話になりっぱなしなので、ちょっと大人の良い所を見せたいという気持ちが大きいのだが。
『わぁ、これからここに住むんですか!?』
『ええ、そうよ。私達二人の部屋ね』
『凄い! 凄い広いです! 何でも出来そうですね! ありがとうございます!』
『ふふふ、いいのよこれぐらい。私達の為だもの』
『嬉しいです……! 冬香さん大好きです!』
などと、大人らしくない欲塗れな想像(妄想)を浮かべ、冬香は浮ついた笑みを浮かべる。若干、花菜がその様子に引いていることも知らずに。
「ま、まあ引っ越すのは良いとして……それならネットで見るより実際に不動産とかに相談して見に行った方がいいんじゃないすか?」
「いや、もちろん最終的にはそうするつもりだけどとりあえず参考にまずあたりをつけようと思ってね」
「ふーん、真剣なんすねぇ」
「そりゃね」
冬香のパソコンを見つめる目は下手をすれば仕事をする以上に熱が籠っているぐらいだ。ただ一人で引っ越しをするという感じではない。花菜から見てもそれは明らかに誰かが隣にいる印象を受けた。
(まあ、本人が言わないってことはまだ秘密ってことなんすかねぇ?)
花菜はそう空気を読んで詳しくは聞かない。今は周囲に様々な聞き耳もあるので今は一緒に画面を見ることにした。
その日の仕事終わり、冬香は花菜と一緒に会社を後にする。年末に近づくにつれて仕事も忙しくなり、最近は少し遅くなっている。
冬の夜は寒い。吐く息は白く、吹き抜ける風は身を切り裂くように冷たい。
「あ、そういえばお花ちゃんってまた遊びにきます?」
「え? な、なななんで?」
唐突に出てきた名前に冬香は声を上擦らせた。一応、お花は田舎から連休にたまに遊びに来る親戚という体だから、そこまで関係があるように思われているのかと焦ったのだ。勿論本人の杞憂ではある。
「いや、実は香織がかなり気に入っちゃったのか会いたい会いたいって言うんっすよ。いや、実はあの紅葉狩りの日から何だかちょっと大人しく、というか落ち着きを持つようになってですねー。良い影響を受けたなーって私も思ってるんですけど」
「あ、ああ、そういうこと……う、うん、また遊びに来ると思うからその時は教えるわ」
「ありがとうございます! 絶対約束っすよ!」
「はいはい……」
実は帰りを待ってるとはまだ言えない。
そのまま花菜と別れて冬香は家路につく。帰りの電車に揺られている間もその頭の中には引っ越しの文字を思い浮かべていた。
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