4.白無垢で狐な少女
冬香の脳は思考することを停止してしまった。人として受け止められる情報の許容量を上回ってしまったらしい。
「えっと、あのー……?」
先ほど礼儀正しく頭を下げた少女は動かなくなった彼女を見ると困ったように声を掛けた。しかし相変わらず反応がないため不安になったのか横にいた巫女の服をチョンと摘まむ。
「も、もしかして見えてないのでしょうか?」
その心配している声に巫女は仮面の下から綺麗な声で答えた。
「いえ、こちら側にいるのでそのようなことはないでしょう。恐らく予想だにしない事態に頭が理解が出来ないのだと思われます」
「な、なるほど……じゃあどうすればいいのでしょうか」
「そうですね。とりあえず触れてみるのが一番手っ取り早いかと」
「わかりました!」
白無垢の少女は巫女の答えに頷くと、トテトテと子供らしい足つきで冬香に近づく。巫女はそれが少し想定外の動きだったのか慌てて傘を合わせる。
「えーっと……えいっ」
その少女がしたことは冬香の下がっていた手を両手で握り込む単純な動作だった。大人と子供の差か、少女の両手では冬香の手を完全には包みきらなかったが、その効果は驚くほど抜群であった。
「ひゃああああああ!?!??」
大人げない悲鳴。少女も突然の奇声にビクッと驚いたが手は離さなかった。
「あの、私が見えますか?」
「え? え? な、なに? 真っ白い貴女のこと?」
「はい! あぁよかったー、もしかしたら認識できていないかと思いました」
綿帽子から覗く彼女の表情はホッと安心したようで、年相応だと思われる笑顔を冬香に向ける。
「先程も名乗りましたが、私はお花と申します。貴女の名前を聞いてもいいですか?」
「わ、わたしは、柊……柊冬香だけど」
「柊様ですね! 今日からどうぞよろしくお願いします! ではでは、この綿帽子を取って頂いても──」
「ちょ、ちょおおっと待って!?」
ドンドンと勝手に進んでいきかけた話を冬香は何とか遮った。途端に目の前の少女の表情が不安に曇り、よくわからない罪悪感を覚えながらも冬香は疑問を呈した。
「その、え、なに? 嫁入り? 貴女が? 誰に???」
「誰にって柊様に決まってるじゃないですか。はっ! も、もしかしてこちらの方では嫁入りの意味が違うのですか!?」
「いいえ、こちらでも同じ意味で通るはずです」
」
少女の戸惑いに答えたのは傘をさしている巫女だ。近くに来るとわかったが身長は冬香よりもずっと高く、狐の面のせいで威圧感が半端なかった。
「そうですよね……えーと、私は柊様のお嫁様としてやって参りました。っていう話なんですけど。どこか難しいですか?」
「そ、そこよそこ! お嫁って……意味わかってるの!?」
「は、はぁ……伴侶として生涯を共に支え合いながら生きていく関係ですよね」
「そうよ! え? 私がおかしいのこれ??? あれぇ?」
頭上に疑問符を乱舞させていた冬香に少女は再度ズイッと詰め寄った。
「ひとまず綿帽子を取って貰ってもいいでしょうか? そうしないと何も始まらないので!」
「え、ええ? 綿帽子って貴女の上に掛かってるこれ?」
「それです! さぁさぁお願いします!」
お花と名乗った少女の勢いがあまりにも強く、冬香は深く考えるより先にそこに手を掛けてしまった。
綿帽子を被っている意図は花嫁の顔をその相手以外に見せないようにするためである。つまりそれを取るということは……そういうことなのである。
しかし、そんなことを考えている余裕もない冬香はそのままゆっくりと綿帽子を取り──
「耳!? なんで!?」
さっきから驚愕と困惑の感情しか出てこない冬香である。ただ、それもしょうがないことで目の前の少女の頭からピョコンと狐の耳が生えていたのだ。そういう類いのアクセサリーかと思ったが自然と動いているし付け耳には全然見えない。
しかも冬香の驚愕はまだまだ続く。
「尻尾!? なんで!?」
さっきまで慌てていたせいで見えてなかったか、近づいたから意識できたのかわからないが、とにかく彼女の尾てい骨あたりから白無垢を貫いてフサフサの一本の尻尾が揺れ動いていた。
驚くばかりの冬香にお花は訝しげに答える。
「そんなに驚きますか? 私、妖狐の一族なので当たり前なのですが……」
「よ、よよよよようこ……???」
再び圧倒的情報量に脳の許容量がオーバーしたのか、冬香は目眩を起こしいよいよ地面に崩れそうになった。
「危ない!」
それを支えたのは目の前の少女である。大人と子供の差があるにも関わらず意外にもガッシリ支えられて冬香は驚くと同時に、久しく感じていなかった女性の温かい感覚に包まれた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい……色々と急展開過ぎて気持ちが追い付かないみたい……あれ?」
支えられている状況から何とか顔だけをあげた冬香だったが、その表情を呆然とさせた。
何故ならさっきまでの異様な景色が元に戻っていたのだ。たくさんに連なる小さな鳥居、厳かな神社、そして狐面に巫女服を着ていた女性らは一人として残っていない。
しかし、目の前の狐の少女──お花だけはしっかりと残っていた。
「どうやら無事に移れたみたいですね……」
ほぅ、と安堵の息を吐くお花に冬香は目をパチクリさせながら柔らかそうな彼女の頬に手を添えた。
「……ん? どうしたんですか?」
そしてそのまま……
「ふにゃあぁ、にゃにしゅりゅんでひゅかぁ~~」
モチモチとした頬をビニョーンと伸ばした。幻でも何でもなく柔らかい餅のような頬は横に伸びお花の口から抗議の声が上がる。
そうしたかと思えば次に冬香は手を離すと今度は自分の頬をつねった。優しく伸ばしたさっきと違い割りと痛くするように。
「痛い」
「大丈夫ですか……?」
突然の行動にお花は困惑している。しかし、対する冬香はそれよりもずっと困惑しているのだ。
「と、とにかく、これからどうぞよろしくお願いしますね!」
仕切り直すかのごとく宣言された言葉に、冬香はもう一度自分の頬をつねることになった。
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