38.秋の空の小さな恋
お花は元々山で育ったようなもので慣れているので子供達と遊ぶことは別に問題はなかった。しかし、子供特有の元気さというか、有り余る体力は彼女には備わっていなかった。
「はぁ、はぁ、本当に子供は元気ですね……」
香織から誘われた時も少なからず嬉しいと思うところがあった。山の環境は彼女の故郷に近いところもあるのでその空気を味わいながら駆けることは好きだからだ。
ただ、鬼ごっこから始まり山の環境をフルに使った遊びは間違いなくハードである。
お花の今の見た目はどこからどう見ても子供であるが本当は妖狐だ。しかし一般人と比べて体力や力が秀でているわけではなく、あくまで違うのは妖力という力を多少扱えるかどうかである。
つまるところついていけないのだ。
「とにかく走り回った記憶しかありません……」
そんな体力的に満身創痍なお花であったが、その彼女の近くからは相変わらず明るく元気な声が響く。
「あかりちゃん、みっーけ!」
「うわっ、ここならバレないと思ったのに!」
今、お花も含め子供たちがやっているのは単純なかくれんぼである。これは体力的にも限界だったお花が提案した『静』を大事とする遊びだ。もちろん、提案の裏側には少し休みたいという思いがある。まぁ、かくれんぼだというのに元気な大声が響いているのはご愛嬌である。
茂みの中に小さく身を潜めながらお花は紅く染まっている景色を眺める。彼女が冬香の嫁としてここに来て春と夏が過ぎた。
様々なことがあったとお花はそう思う。こっちの世界の買い物を知ったり洋服を揃えたり、冬香と花見に行ったことや、彼女が風邪を引いて寝込んだこと。そしてお花の本性がバレてしまったりしたこと。
そうした事象を経て、お花の心の中で冬香という存在が大きくなっていったことは確かである。
かなり正直に言ってしまえば初めは義務であった。お花のように人に尽くす妖狐というものは往々にしてそうすることが産まれた時から決まっているからだ。決まっているからちゃんとしなくてはならない。呆れられたり嫌われたりしてはいけない。だからお花はそのために家事全般を必死に身につけた。そうしないといけないと思っていたから。
そんなお花に冬香は言ってくれたのだ「そのままのお花で良い」と。
もちろん、それを素直に受け取って気を緩めるようなことはしない。だけどそのおかげで心の中に余裕が出来て、そのおかげで冬香という人物を初めて意識することが出来たのだ。
だからこそ、思うことがある。
「お嫁さんって何なんでしょうか……」
ありのままを受け入れてくれると言ってくれた冬香。その思いは嬉しい反面、お花に疑問を投げかけていた。
僅か前までお花の中の嫁というものは相手に一切の迷惑を掛けずに尽くし、その生涯を手助けするというものであったが、冬香の考えではそれは違うようだった。その違いがお花はわからなかった。
「こんなことならもっと色々と学んでおけばよかったのでしょうか……」
涼しい秋空に小さな少女のため息が一つ。そしてその息が空気に溶けそうになった瞬間、彼女の茂みが唐突に揺れた。
「お花ちゃん見つけた……!」
「うひゃっ……!?」
「ちょ、鬼に見つかっちゃう! しーっ、シーっ!」
茂みが揺れたのは突然の乱入者がいたからで、それは今日出会ったばかりの香織であった。相変わらずの乱暴な登場に思わず悲鳴を上げそうになったお花を香織は自分の唇に人差し指を当てて制する。
「どこにいるかと思ったらこんなところにいたんだね……!」
「見つかりにくいかと思いまして……でも、よく鬼に見つからず移動してきましたね……」
「一瞬の隙をついてね……! そういうの得意なんだ……!」
コショコショと響かないような声量で会話をする。
「それにね、私ね今日お花ちゃんにどうしても聞きたいことがあったから。ちょっと無理しちゃった」
「え、聞きたいことですか? なんでしょう」
初対面だというのに聞きたいこととは妙である。変な話でなければ良いのだがとお花はそれを尋ねた。すると元気印な香織が今日初めてちょっと臆しながら話し始めた。
「あの、さ。お花ちゃんと今日一緒に来た女の人……えっと」
「ふゆ……柊さんですか?」
「そ、そう! それで聞きたい事ってのはその人とのことで」
「は、はぁ」
一体何だろうか検討もつかない。まさか香織が冬香に惚れてしまったのではないかと考えてしまいちょっと動揺してしまう。しかし、香織の聞きたいことはさらに想像の斜め上をいくものだった。
「あの! お花ちゃんと柊さんって……付き合ってたりする!?」
「………………えええっ!!?!?!」
「わっ、ちょ、声大きいって! 鬼に見つかっちゃう!!」
今度は大きい声を上げてしまったお花を香織は慌てて抑える。しかし、お花の動揺は全く収まらない。
「な、なななななんで、そんなことを……?」
当然の疑問だ。冬香から二人の関係は出来るだけ隠すように言われていることだから最新の注意を払っていることだけにいきなり言われると驚くしかない。
香織はお花のそんな問いに少し表情を思春期のそれに染て答えた。
「あの、あのね? 私も好きな人がいるんだけど……その人はちょっと年が離れてて……」
「それって、もしかして」
お花の頭に浮かぶのは今日彼女を連れてきた冬香の後輩であり凄く賑やかな女性だ。そしてその考えはあっていたようで香織は小さく頷く。
「昔からね、花菜姉はずっと一緒に遊んでくれてたの。よく怒られたりもするんだけど、私ってお父さんもお母さんも仕事で忙しいから何だかんだ言いながらいつもそばにいてくれたんだ……そしたらいつの間にか好きになっちゃってて。でも、どうしたらいいかわかんないの……」
「だから、私に聞いたんですか……?」
「うん。二人とも凄く仲が良さそうに見えたから……もしかしたらって。違ってたら、ごめん」
「い、いえ」
お花は返答に困った。まさか馬鹿正直に嫁だと言うわけにもいかないし、かといって違うとは否定したくはない。
香織はすっかり元気さをなくしてしおらしくなっている。恋する乙女というか、さっきまで子供であった彼女が見せる恋の姿にお花は驚いた。そしてそれを見て適当に誤魔化すわけにはいかないと決心する。
「私と冬香さんのことですよね」
「う、うん……」
「私は──」
秋の山を一つの風が吹き抜ける。それは紅葉を落とし宙に舞わせながら、二人の少女を包むかのように駆け抜けていった。
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