37.秋の山の中で
駅からちょっと歩いたが集合場所である山までの道が一直線だったため、集合場所までは難なくつくことが出来た。苦労がなくて幸いである。
「今日は忙しい中お集り頂きありがとうございます。今日は仕事のことは忘れて──」
現在は今回の催しの幹事が始まりの挨拶をしているところだった。全体で参加者は30人を少し超えるぐらいだろうか。紅葉狩りの規模にしてはちょっと多いかもしれないが幸いにこの時期にしてはそこまで混んではいなかった。
紅葉狩りには紅葉を見ながら散策をするのと、今日の冬香達のようにブルーシートを引いて鑑賞することを楽しむタイプなどがある。参加者の中にはカメラを持ってきて熱心に撮影していたりと楽しみ方は人それぞれだ。その中でひときわ騒がしいグループが一つ。
「早く遊ぼうぜ!」
「探検する人この指止~まれ!」
「鬼ごっこしよう鬼ごっこ!」
それは参加者に連れてこられた子供たちだ。ネットやスマホの普及で最近の子供は外で遊ばないなどと聞いたことのある冬香だったが、楽しそうにはしゃいでいる姿を見るとそんなこともなさそうだと客観的に眺めていた。
そんな冬香は隣で紅葉を眺めているお花を見て茶化す様に言う。
「お花は行かないの?」
「え? うーん今はいいですかね……後で気が向いたらで」
流石に子供に混じって騒ぐのはあまり気が進まないのか、お花は冬香の言葉に苦笑を返した。別に冬香もあっちで楽しんで欲しいと思っているわけではないのでそれ以上は何も言わない。
用意されたブルーシートに座って適当に雑談と紅葉鑑賞をしていると、近くに座っていた花菜がある物に気づいて尋ねてくる。
「そういえば柊さん、その持ってきてるのなんですか?」
花菜の示しているのは持ってきた重箱だ。もちろん中身は料理の詰め合わせである。
「え、これ? お花と一緒に少し食べるものを包んできたんだけど」
「え? まじっすか!?」
冬香がそう答えると花菜はずいッと身を乗り出してくる。そんな彼女を制しながら持ってきた重箱を広げることにした。現在のブルーシート上の食事事情は事前に買ってあったオードブルやら持ち込みの料理やらで彩り鮮やかなのでタイミング的にもちょうど良さそうだ。
重箱の中身はお花と話し合っておにぎりや揚げ物メイン、それと煮物の詰め合わせを入れてきたあらゆる方向に対応できるタイプである。
「え、すごっ! これお花ちゃんと作ってきたんすか!?」
「あー、うん。まあそんな感じかな」
花菜に詰め寄られて冬香は適当に笑って回答を濁した。料理スキル的にはお花の方が断然上なので実のところお花がメインで作ってきたのだ。ただ、それを素直に教えるとさらに花菜が騒ぎそうなので適当に誤魔化したのだ。
「いいなぁ、うちの香織にも見習って欲しいなぁ……ただ騒ぐだけだし。そういえばお花ちゃんってどこから来てるの?」
「え?」
「連休じゃないと来れないってことはちょっと遠いところから?」
「そ、そうですね。けっこう遠くて……田舎なところからですね」
「へー田舎かぁ。それってどこら辺なの?」
「え!? えーっとぉ……」
知りたがりな花菜の質問攻めにお花はたじたじだ。設定を決めてきているとはいえ、滅茶苦茶に質問されるとボロが出てしまうかもしれない。そう思った冬香は慌てて横槍を入れる。
「そ、そういえば花菜の連れてきた香織って子はどういう子なの?」
「え? あいつですか? 言った通り従妹の子でしかないっすよ。動くのが大好きでいつもあんな感じっすねぇ」
そう言って花菜が示す方向を見れば、子供たちの中心で遊んでいる香織が見える。実に楽しそうだ。
「まあ、今回はちょうどこの行事と被ったんでよかったんすけど、何もないと休日でも無理矢理遊びに付き合わされるんすよー」
そう言って呆れるように笑う花菜だが、両親が共働きで忙しい香織を思って付き合ってあげているということは冬香にもわかる。何だかんだ花菜もそういう相手を放っておけない性格だ。こういう場所に連れてきたのもそういう優しさなのからだろう。
その時、話題の人物の声が唐突に響いた。
「お花ちゃん!」
「ひえっ!?」
あまりにも突然横から響いた大声のせいかお花は思わず飛び上がって冬香に抱き着いた。さっきまで向こうで遊んでいたはずの香織がいつの間にか隣にいたのだ、それには冬香も少なからず驚いた。
「こら香織! いきなり叫ばないっていつも言ってるでしょ!」
「ねぇねぇ、お花ちゃんもあっちで遊ぼう!」
花菜の戒める声を全く気にせずに香織はお花に手を差し出している。何とも子供らしい元気さに苦笑する冬香にお花は困惑して尋ねる。
「え、えっとどうしたらいいでしょう……?」
「お花の好きにしていいよ。でも後で一緒に紅葉を見て回ろうね」
「あ、は、はい! じゃ、じゃあちょっとだけ行ってきます」
香織の熱意ある誘いを断るのも悪いと思ったのか、お花はそう言って立ち上がる。そのまま香織に手を引かれて子供たちの中に巻き込まれていった。
「あ、あー、すいません……何だかお花ちゃんを気に入っちゃったみたいっすね」
「まあ怪我さえしなければ大丈夫。花菜も休みとか遊んであげてて優しいねぇ」
「いやぁ、まあ昔からの縁っすからね。土日も親が働きに行って一人だと寂しいでしょうし」
「そっかそっかー」
花菜がクーラーボックスから取り出したビールを受け取り開ける。お花が遊んでいる間、こちらもこちらで大人の紅葉狩りが始まろうとしていた。
「まあ、悪くない光景かもね」
今やってるのは鬼ごっこだろうか、たくさんの子供たちに囲まれながら楽しそうに走り回っているお花を見て冬香は微笑んだ。
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