36.紅葉狩り
その日はまさにお出掛け日和の快晴であった。
例年通り、今回の行事も現地集合となっていたので冬香はお花と一緒に最寄りの駅まで電車で向かっていた。
「ちょっと歩くと思うけど涼しくなってきたから助かったわ」
「そうですね。山をどれくらい登るんですか?」
「山登りっていう程じゃないけど、少しは歩くみたいね」
世間話に時間を潰していると電車のアナウンスが降りる駅を示した。それに合わせるように二人が降りると突然、大声が響いた。
「あっ、柊さーん!!」
それはよく会社で聞く声だったが、その大声は駅に降りる人の視線をしっかりと集める。始めは声を出した本人である後輩の花菜、そして次はそれで呼ばれた冬香達である。
「お、大声で呼ばないでよ!」
「いや、柊さんも一緒の電車だったんですねー!」
しかし花菜は注目を集めたことを特に気にもしていないのかそのままにこやかに近寄ってきた。それに呆れるように冬香は溜息をつく。
「あー!!」
そして近寄ってきた花菜は冬香の隣にいるお花を見つけてまた大声をあげた。
「ひうっ!?」
「ちょ、ちょっと! だから大声出さないでって言ってるでしょ!」
そのテンションの高さにお花は思わず冬香の袖に縋る。縋られた冬香も当然抗議の声を上げた。流石に怖がらせたことは申し訳なかったのか花菜は慌てて謝る。
「あ、あはは、すいません。前の時は碌にお話も出来なかったからまた会えて嬉しすぎちゃったっす。ごめんね、えっとお花ちゃんでしたよね?」
「あ、いえ……ちょっとびっくりしたけど大丈夫です。あの、お久しぶりです」
「いやー! やっぱり礼儀正しいっすねー!」
お花が丁寧に応対するだけで花菜はテンションをまた上げる。いつも会社でも賑やかだがオフの日はさらに拍車がかかっているようだ。
「もうちょっと声の出しようはあるでしょ……というか何でそんなにお花に会いたかったのよ」
「いや、前話したじゃないっすか! うちにも可愛い親戚の子がいるって! 礼儀は滅茶苦茶っすけど!」
そう言ってアハハと笑う花菜の隣からひょこっと一人の少女が顔を出した。誰だろうと思う前に花菜が声をかける。
「ほら、あんたも柊さんとお花ちゃんに挨拶しときなって!」
その少女は黒髪の短髪に活発そうな印象を受ける少女で、どことなく花菜に似ている気がする。
「か、香織です! こ、こんちは!」
流石に初対面だから緊張しているのか香織と名乗った少女は少し言葉に詰まりながらも勢いよく頭を下げた。
「この子がその親戚の子なんですけど秋休みで暇だって言ってたから連れてきたんすよー。お花ちゃんもそんな感じすか?」
「え、ええ、そうね。折角の機会だと思って」
嘘の相槌を打ちながら話を合わせる。香織は現在小学五年生で両親は共働きのため、友達と遊ぶとき以外は暇を持て余していたらしい。
花菜との関係は従姉の子らしく、家が近いこともあってよく遊ぶとのことだった。
「今回は結構子供を連れてくる人もいるらしいので、ちょうどいいかと思ったんすよー」
花菜の親戚ともあってか香織は既に体をウズウズさせて遊びたいという欲求を全面的に押し出している。
香織はそのままお花の前まで来ると勢いよく右手を差し出した。
「今日はたくさん遊ぼうね! よろしく!」
「え、あ、えーっと……よろしくお願いします」
同年代同士(正確には違うのだが)だからか、それとも子供特有の距離感なのかわからないが、突然差し出された手にお花はちょっと驚きながら応える。
「お花です。今日はよろしくお願いします」
「わー! 花菜姉が言ってたけど本当に礼儀正しいんだね! すごいなぁ」
「あんたもちょっとは見習いなさいっての。いつまで暴れるつもりなんだか……」
「それは花菜姉もでしょ? この前だってお酒飲んではしゃいで怒られてたくせに……」
「あー! その話はなし! 今はなーし! ささ、じゃあ柊さんこんなところで時間を食っているわけにもいきませんし、目的地へ向かいましょう!」
「あー! ごまかしたー!」
やんややんやと日頃あまり接しない喧騒さにお花はちょっとたじろいだ。
その頭にポンと優しく手が置かれた。
「大丈夫?」
花菜で慣れている冬香は別段気にはなってなかった。しかし、お花が尻込みしたのを察して心配していたのだ。
「すいません、まさか子供の方がいらっしゃるとは思ってなくて」
「見た目はお花と一緒ぐらいなのにね……まあそこは年の差ってやつね」
花菜と香織は既に先に進んでおり、冬香達を振り向いては手を振って呼ぶ。
「まあ、お花も適当でいいからね。私のこととか気にせず楽しんで。あ、でも設定だけは忘れないでね」
「は、はい。お任せください」
あくまでもお花は親戚の子であることだけは演じなければならない。いつものモフモフな耳と尻尾を隠して明らかに普通の子供となっているお花だからこそ注意しなければならない。
「柊さーん! 置いていっちゃいますよー!」
「お花ーはやくはやくー!」
既に呼び捨てでお花を呼ぶ香織に子供って凄いなと冬香は思いながら、その隣で同じく子供みたいに大きく手を振っている花菜を見て溜め息をつくと、お花に手を差し出した。
「これ以上待たせるともっとうるさくなりそうだし、行こうか」
お花はそれにパッと表情を明るくすると、飛び付くように手を繋ぎ、「はい!」と元気よく答える。
始まる前から思わぬ出会いがあったものの、とりあえず冬香とお花は紅葉狩りへと足を進めるのであった。
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