31.夏が終わって
夏が終わりを告げた。といってもまだ残暑で暑い日もあるが少しずつ秋に向かって周りの景色が模様替えを始めている。
「じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
最早慣れたともいえるやり取りを行い冬香は出勤するために家を出る。
お花に見送られながら会社へと向かう冬香であったが、どこか元気なく小さくため息をついていた。
(結局あれから何も聞けず……)
お盆休みの最後、一緒に神社に行った時に冬香は本当のお花という少女について聞かされていた。
冬香はそれを完全に信用してはいなかった。何せお花はやっぱり完璧でお盆が終わり仕事が始まっても相変わらずハイスペック狐少女なのだ。
(かといって、実は無理して頑張ってるっていう状態ならそれもよくないし……)
任氏という妖狐に会ってお花のことを聞いたんだけど。と本人に伝えれば真相は解明するかもしれない。
しかし、その本人がそうしたことにコンプレックスを抱いて頑張っているなら、それを無下にするようで申し訳ない。
「難しいなぁ」
ここ最近冬香の考えることはそればかりだ。
◆
「おはようございます」
「あ、柊さんおはようございまーす」
いつも通り出勤し花菜と挨拶をして仕事を始める。
春に入ってきた新入社員は今のところ誰も辞めておらず、少しずつ慣れてきているようだった。
「去年はお盆休み挟んで辞める子多かったからよかったっすねー」
「そうね。あの時は残業に新人も付き合わせてたんだっけ」
「そうですよ! というか残るのは伝統みたいな空気ありましたしねー! それをなくした柊さん様々って感じで後輩も感謝してたっすよ!」
「いや、私がなくしたわけではないんだけど……」
実はここのところ私は入社して初めて我を通していることがある。それはやることやったらとっとと帰ろうキャンペーンである。
必要な時期に必要な分残業するのはしょうがない。しかしそれを引きずって何もないときに残業する必要はないんじゃないかと、そう思って基本的に絶対に必要がなかったら定時からしばらくして帰ることにしているのだ。
事実、皆が帰らないからと惰性で残っている人もいて悪い循環がおきていた。だから冬香は自分が早く帰ることで誰かが続いてくれないかなぁとそう思っていた。
幸運だったのは後輩の花菜がそれに乗ってくれたこと。冬香が帰れば一緒に仕事する花菜も帰る。その姿を見て全員ではないがやることをやった人も席を立つ。
そんな流れが出来て、しかも業務に支障をきたしているわけでもないので上は何も言えず(今のところ何も言って来てないだけかもしれないが)、徐々に「何もなければ早めに帰ろう」という精神が少しずつ広がり始めていた。
これは新人にも勿論影響した。そもそも彼らはまだ経験が浅くやれることは多くはない。やれることを増やすということはじっくりと培っていくもので残業で簡単に得れるものではなく、そう判断された彼らは基本的に定時で帰らされていた。
元々誰もが新人の間くらい普通に帰っていいんじゃないかと思う人もいたようで文句を言う人も少ない。
「実質、新人が生き残ってるのは柊さんのおかげじゃないっすかー!」
「そういうわけじゃないと思うけどね。辞める人は辞めるものだし……それに」
「ん? なんすか?」
「いや何でもない。それよりほら早くやることやって今日もとっとと帰るわよ」
「了解しましたー!」
周りから見れば冬香が変わったように見えるだろう。実際、彼女は変わっていた。ただその原因は本人だけが知っていることなのだが。
(お花のおかげね)
そう、彼女が変わったのは間違いなくお花のおかげなのだ。早く家に帰りたいと思えるから、少しずつ良い方向に変わってきているのである。
「そういえば以前あったお花ちゃんって夏は遊びに来たりしたんすか?」
「えっ!?」
そんなことを考えているとき、いきなり花菜がその名前を出すから冬香は大きな驚きの声をあげた。
「わっ、ど、どうしたんすか?」
「い、いや、よく覚えてたなあって。春だったししかも貴女酔ってたでしょ」
「あー、私酔ってても覚えてるタイプなんすよー。お花ちゃん小っちゃくて可愛かったっすねぇ」
「そ、そうね、えーっと」
冬香は少し悩んだ。実際お花とは同棲しているのだが、そう答えれば春に言ったことと辻褄が合わなくなり変に思われるだろう。
結局、冬香は曖昧に嘘をつくことにする。
「い、いやぁ、ずっとこっちにいるわけないじゃない」
「そりゃそうっすよねー。また来るんですか?」
「あ、ああ、どうかしら。また休みとかあれば来るかもね」
「そっかー! いいなぁ、私も姪がいるんですけどもう生意気で生意気で! お花ちゃんみたいに礼儀正しい子が羨ましいっすよー」
「当たり前じゃない。お花は何でも出来るのよ。炊事から洗濯まで完璧なんだから! 特に料理なんかかなり美味しいし!」
「へー、すごいっすねあの年で! でも柊さんよく知ってますねそんな詳しく」
「え」
花菜の言葉でつい自分がお花の自慢と、ついでにお世話になっているかを語ったことに気付いた冬香は慌てて否定した。
「ち、違うのよ!? 何でもかんでも世話されてたわけじゃ……!」
ある意味正解を言っているようなものである。しかし、花菜は良い感じに考えてくれた。
「だめっすよー。小さい子に頼っちゃったら! でもあれだけしっかりしてれば何でも出来そうっすね。躾とかどうしてるんすかねー」
「あ、ああ、本人が努力家だからねぇ……あはは」
ついつい失言しかけて冬香は適当に誤魔化そうとする。幸い花菜は追撃はしてこなかった。
(だけどそうよね……相変わらず頼りっぱなしなのも変わってないのよね)
お花とは少しずつ関係が進んでいる気もするが、生活面は今も支えて貰っているばかりだ。
「はぁぁ……」
「え、どうしたんすか柊さん。もしかして気にしてたっすか!?」
その後、ちょっと落ち込んだりはしたものの繁忙期ではないため仕事もそこまで多くはなかったため、定時を少し過ぎてから冬香は仕事を終えた。花菜含む他の社員も何人か帰る準備を始めている。
「じゃあ、また明日。お疲れ様」
「お疲れ様っしたー。次お花ちゃんが帰ってきたらまた会わせてくださいねー」
「……考えとくわ」
そのまま帰路についた冬香はゆったりと帰る。最近は大体19時前後には家に帰り着いている。昔と比べればおかしいほど早い。ただ不要な残業はなくなったので給料は少し下がった。特に生活には何ら問題ないので気にはしていない。
「今日は何かなぁ」
季節は食欲の秋に差し掛かろうとしている。お花も色々と秋の味覚を使って料理したいと言っていたから今から冬香は楽しみであった。
しかし、今日花菜から頼りっぱなしじゃダメと言われたことを思い出して、再び落ち込む。どうやら無意識にお花に依存しかけている。
「このままじゃ駄目。私もしっかりしないと……!」
平日は無理でも休日はもっと頑張ろうと誓う。今でも一応休日は出来ることはしていたのだが、もういっそのことお花には土日休んでもらうのもいいかもしれない。
「平日頑張ってくれてるんだからそうするのもありよね。もしかしたら疲れてるかもだし……」
ブツブツと聞こえないような声で呟きながら冬香はアパートに辿り着いた。そこで彼女は急に立ち止まった。
「あれ、部屋に明かりがついてない?」
時刻は19時過ぎ。秋に近い今では完全に外は暗い。というのに部屋には明かりが何も灯っていないようだった。
「お花……?」
いままでそんなことは一度もなかった。冬香は何だか嫌な予感がして慌てて階段を上がるとそのまま部屋の扉を開けるのだった。
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