3.神社の中で奇々怪々
がっくりと冬香は膝をつきそうになった。まさか無人の神社に招かれることになるとは流石に予想できなかった。
「愉快犯、ってこと……?」
造りは立派なところだが、休日にも関わらず参拝客や観光客どころか神主など神社で働く人の姿すらない。その事実は間違いなくこの場所で厄払いなどが行われることがないということを告げていた。
「まじかぁ、騙されたの私……? アハハ……」
ここまで不運が重なる情けない自分の姿にいよいよもって笑いしかでなくなってくる。ただ何もしないわけにもいかず冬香は律儀に手を清めて賽銭箱に5円を放り投げると手を合わせた。
(高望みはしないのでせめて少しでも運がよくなりますように……というか普通の生活に戻してくださ~い……)
現に騙されてこの神社に招かれているので、果たしてそのお祈りが聞き届けられるかは微妙なところだった。しかし、何もしないで帰るよりはお賽銭を投げておいた方がいいと思ったのだ。
「はぁ、帰ろ……」
参拝が終わった彼女は肩を落としながらそう呟く。
貴重な休日の時間をこれ以上無駄には使えない。今から帰っても昼過ぎだが昼寝ぐらいはできるだろう。
そう思った矢先だった。
「あ? え、うそ」
肌に水滴が落ちてくる感覚を受けて反射的に冬香が空を見上げると、静かに雨が降り始めた。
空は雲一つなくどこまでも青かった。当然だが太陽の光もしっかりと大地に届いている。それが天気雨という現象だと気付き彼女は今までで一番、肩を落として落胆した。
「お参りした矢先に雨とか……なんなん」
天気予報も晴れを示していたし家を出る直前も雨の傾向は一もなかったので傘は持ってきていない。
駅までの距離はそこそこあるので、濡れた姿で電車に乗りたくないともなればそこで足を止めるしかなかった。
「なんなのよ~……日本で一番不幸なんじゃないの私……」
賽銭箱に続いている屋根がついている階段に座り込んでしまった彼女は遂に膝を丸めて俯いてしまう。
「本当になんでこんなことになったんだろう」
──リン
彼女の口から漏れ出た諦めを含んだ言葉は、今降っている天気雨のことだけを指し示しているわけじゃない。
大事だと思っていた彼女との別れから仕事や日常生活における不運な出来事全てに対してのものだ。
──リン
人の運にも浮き沈みというものは必ず存在する。天国にいるかのような良いことばかりではなく、地獄の底にいるような苦しみを味わうことがあるのが人間だ。それが人生の醍醐味であると冬香は理解しているものの、自分一人だけずっと損をし続けているように思えてならない。不幸に襲われ続けた人間が陥る最終的な思考でもある。
──リン
だからこそ、そういうときにこそ何か大きな良いことがあっても……
──リンリン
「なーもう! うっさいなぁ! さっきからリンリンリンリン!」
負の思考に溺れていた冬香はいつもなら聴き入りそうな綺麗な鈴のような音色にも、今日は腹の虫の居所が悪いのか声を荒らげながら顔を上げた。
「え」
その憤怒に染まりきった表情はしかし、一瞬にして凍りついた。
「どこ、ここ……?」
本日、彼女は指定された神社に来ていたはずだ。大きな鳥居と手水舎と立派な本殿がある神社だ。
だったはずなのに、その光景がガラリと変わっていたのだ。
大きな鳥居の代わりに小さな鳥居がトンネルのごとく連なって設置されており、周囲はいつの間にか深い雑木林に、後ろの本殿はさっきよりもさらに大きく厳かになっている。
シャン、と音がなった。さっきの鈴の音に近いが今度は耳にはっきりと残るほど大きく聞こえ、寒くもないのに強制的に鳥肌が立つのを冬香は感じた。
「…………っ」
声を忘れ下手したら呼吸するのも疎かになりそうなほど冬香は恐怖に近い感情に襲われていた。逃げようのない怪異にあってしまったような抗えない恐怖だ。
シャン、とまた音が響く。今度はかなり近くそれが連続する鳥居の奥から近づいてきているのだと教えてくれた。
しかし冬香は逃げることは出来なかった。そもそも周りは雑木林に囲まれており、歩けそうな道は連続する鳥居が建っている通路ぐらいだ。
シャン!
しっかりと境内に響いた音に冬香はビクッと反応してその先を見つめた。そしてヒュッと息を呑んだ。
当たり前だが誰かが鳴らさなければ楽器は響かない。鈴のような音を誰かが鳴らしているのはわかっていたが、いざその張本人の姿を捉えたら冬香は林の中に逃げ出したくなった。
それは集団であった。等間隔で並びながらゆっくり歩いてくるその姿は白を基調とした巫女服を着ており、その顔には揃って狐の面をしている。そのせいで浮世離れした恐ろしさを含んでいた。
「ひぇぇ……」
関わってはいけないと直感が告げる。怪談とか怖い話ではこういう集団についていったら別の世界に攫われるとよく言われていることも思い出していよいよ身を固くする。
巫女服の集団は手に持った神楽鈴を鳴らしながら少しずつ進んでくる。空間が変わっても雨は止んでいないが彼女らは誰も傘をさしていなかった。
「うん?」
否。全員ではなかった。
集団の中心には一つだけ紅白の花を咲かす傘が広がっている。近づいてくるにつれて、その傘が白無垢に身を包んでいる女性を雨から守っているのだと冬香は気づいた。
傘に守られている女性は綿帽子のせいで顔は見えないが身長は高くはない。下手をすると中学生ぐらいだろうか。
その光景に目を奪われていると、集団は参道のど真ん中を進み続けていよいよ本殿……賽銭箱に続く階段に座っている冬香の前までやってきた。
「…………」
彼女らが止まるとシンシンと降り続ける雨の音だけが耳に届く。もちろんそんな音を聞いている余裕は冬香にはなく、固まったままで事態の動きがあるのを待つことしかできなかった。
時間がどれだけ経ったのかわからないが、冬香の前にズラッと集団が整列すると白無垢の子だけが足を踏み出した。それに傘を持った一人の巫女が続く。
そのまま白無垢の子は冬香の前まで来ると、足を揃えて礼儀良く綺麗なお辞儀をする。挨拶だろうか何なのか冬香はわけがわからなかったが無意識に同じように頭を下げた。
そして漸く白無垢の彼女の顔を冬香は見られた。その目に映ったのはクリっとした大きく綺麗な瞳と小さくて柔らかそうな果実のような潤いを持つ唇。顔つきは予想通り子供であったが、可愛らしく微笑んでいる姿は冬香の胸をドキッと揺らした。
(な、なに!? どうしたらいいのこれ!?)
一体全体何がどうなっているのか、自分は変な夢でも見ているのではないかと思い始めた時、白無垢の子の声が静かに響いた。
「初めまして。お花と申します」
「……はい?」
「貴女様のお嫁として参りました。不束者ですがどうぞ末永くよろしくお願いします」
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