28.風邪が治って恩返し
お花の懸命な看病のおかげで冬香の体調はすぐによくなった。といっても連休5日のうち完全に熱が下がったのは三日目。残りは二日だけだ。
ただ、冬香はそのことをあまり悲観していなかった。それは単純にお花がそばにいてくれたから寂しくなかったこともだし、何より彼女がいなかったらもっと長引いていた可能性もあるからだ。それにその風邪を通して二人の関係が少しだけ良い方向に変わったという良い傾向もあった。
冬香は今までお花に対して疑問や困惑を抱くことが多く、悪く言えば警戒していた面もある。そもそも狐耳や尻尾が生えている根底からしておかしいし、今までのことは全部夢でした! となって現実に戻される方がまだあり得る話だと思っていた。
しかし、いまだにそういったことは起こらないし、お花はずっとそばにいる。それこそ風邪と熱でうなされようが必死に看病してくれる彼女だ。冬香は若干彼女に依存しそうになっていないか危惧するが、一度味わった贅沢を中々手離せないように、お花に甘えっぱなしな日々が続いている。
そんな冬香からすれば残りの二日は寧ろ恩返しとしてお花に使いたいと考えていた。
「そういえばお花、一度あの出会った神社に行くって言ってたよね? 明日か明後日に一緒に行こうか」
「いいんですか?」
だから連休三日目の夜。お花が作った冷やし中華と春巻きに舌鼓を打ちながら冬香はその提案をした。まだ電車に乗り慣れてないお花に一人で乗ってもらうのは不安だし、それこそどこか間違って遠くに行ったら大変なことになる。
そういう意味で残りの二日というのはちょうどいい日にちでもあった。
「冬香さんがよければ是非お願いしたいですけど……」
「全然大丈夫。お花には今回お世話になったしそのお返しだと思って」
「それなら明日でもいいでしょうか。連休の最後ぐらいはお休みしたいですよね?」
自然とこっちの気を遣ってくれるお花に冬香は軽く胸を打たれる。正直に言えば彼女の言う通り連休最後の一日はゆっくりしたいと思っていたからだ。
「じゃあ明日ね。昼前に出ましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
そしてその翌日……
「やっぱり電車って不思議です。たくさん人が乗ってるのにこんな早いなんて」
「最初に考えた人は凄いよねぇ」
景色が移り変わっていく車窓からお花は外を眺めている。連休もあってか旅行客のような服装の人が多かったが、冬香とお花の目指す場所は都心から離れていく方向なので乗客はそんなに多くはない。
「そういえば前から聞きたかったんだけど」
「はい?」
「お花って名前だけどそれって本名なの?」
電車での移動中、少し時間があるので話題提供がてら冬香は気になっていたことを聞く。その質問にお花はあっさりと頷いて答えた。
「そうですね。名前を貰うのは妖狐となってからですが『お花』というのが本名で間違いないですよ」
「名付け親は?」
「任氏様です」
「前もちょこっと聞いたけど……その人ってお花の親か何か?」
そう聞くとお花は少し悩むような素振りをして答える。
「うーん、親……というわけではないのですが。親代わりというかお師匠様というか、とにかく私達のように人に尽くすことを生きがいとする妖狐の始祖といった方がいいでしょうか」
「ふ、複雑なのね。じゃあその任氏様ってのはかなり長生きなんだ」
「そうですね。いつの時代にお生まれになったかは知らないですが少なくとも何千年かは生きているはずです」
「そりゃまた……」
冬香のような普通の人間からすれば途方もない数字だ。それが人と妖孤の違いであるがしかし、そうなるとお花自身のことも気になる。
「じゃあお花も寿命は長いの?」
「人よりは長いんじゃないかと思います。一応妖狐なので……」
「じゃあ、もしかしなくとも私よりは長生きかー」
それは何気なく放たれた言葉であった。冬香にとっては本当に何も考えずに呟いたようなもの。しかし、お花はそれを聞いてからさっきまで元気だったのに急に落ち込むように俯いてしまった。
「……お花? どうしたの?」
急に静まってしまったせいか電車の走る音だけが妙に響く。その中でお花は小さく呟いた。
「寿命の違いだけはどうしようもないのです。他の妖狐の方から聞いたこともあるのですが、必ずその差で人との別れが訪れると……それは酷く悲しく寂しいものだとも……」
「ちょ、ちょっと突然どうしたのよ。そんなすぐ先の話じゃないでしょ?」
「でもいつかは必ず訪れることなのです……冬香さん、私は初めてなんです」
「え? な、なにが?」
一瞬、間を置いてお花は言う。
「人に会うために里から出たことも、そしてと人と関係を持ったことも……」
冬香だって思わなかったわけではない。妖怪は人間よりも長生きであることは何となく理解していたからお花が自身より長寿だとしてもおかしくはない。だとすれば自分より前に他の誰かの下にいたかもしれない。お花は見た目とは逆に家事に関してはかなりの腕を持っているし大人びていることから、その腕は以前に仕えた人の下で培ったのではないかと、そう思っていたのだ。
しかし、それは違った。
お花は確かに怖がっていた。何の縁もなく、繋がりもなかった冬香との出会いと、そしていずれくる別れという瞬間のことを。
「…………」
そして冬香は俯くお花に何と声を掛ければいいかわからなかった。お互いに口を閉じてしまい、その場には電車が走る音と車内放送がたまに響くばかりであった。
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次回の投稿は2/23の20時頃を予定しております!
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