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お狐ちゃんのお嫁入り  作者: 熊煮
3章:夏の訪れ
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26.そばにいてくれる人

「風邪ですね。お薬を出しますのでしばらく安静にお過ごしください」

「はい……」


 医者の診断は冬香の予想通りで、彼女は病院内に併設された薬局で処方箋を渡してから薬を受け取った。


「どうぞお大事にー」

「……ありがとうございました」


 薬を貰ってから時間を確認すると既に昼前、単純に数時間は病院にいたことになる。タイミング悪く風邪に罹った我が身を少しだけ恨んだ。


 そんな冬香は相変わらずフラフラになりながら病院前に停まっていたタクシーに乗って家の近くまで送ってもらう。

 アパートは路地を少し入り組んだところにあるので少しは歩かないといけないのだ。これが春とか秋なら大丈夫だっただろうが、真夏の真昼である。頭上に昇った太陽からの日光はまるで押し潰さんとばかりに強く、風邪も相まって中々の脅威だ。


「せ、せめて家に辿り着かなきゃ……」


 こんなところで倒れたらそれこそ野垂れ死にしかねない。大量の汗とそれに反するような寒気と闘いながら冬香は何とかアパートまで辿り着いた。


「う、うう、こんな時は二階の隅部屋が仇となるとは……」


 既にボロボロであったが何とか辿り着いた彼女は、最後の力を振り絞って階段を上り部屋の前に着くとインターホンを押す。


「……あれ」


 しかし、応答はなかった。そういえば一人の時は出ないように言っていたことをふと思い出した冬香は部屋に聞こえるように口を開いた。


「お花……私だから。帰ってきたから開けてくれない?」


 すぐに中の方からパタパタと動く音がして冬香は無意識にホッとする。そして鍵が開くと同時に焦った少女の姿が視界に飛び込んできた。


「冬香さん! 大丈夫でしたか!?」

「う、うん。何とかね……いや、風邪で大丈夫じゃないんだけどさ」


 お花に導かれて部屋に踏み込むと心地よい程度に涼しい。どうやらクーラーで室温を調整してくれていたらしく、真夏の暑さから冬香を解放してくれた。


「お昼は、どうしますか?」


 窺う様なお花の声に冬香は首を振って答える。


「ごめん、ちょっと食欲ないから薬だけ飲んでちょっと寝るわ」

「わ、わかりました。とりあえず汗を拭いて着替えてください。お水の用意をしておきますから」

「ありがと……」


 部屋に戻ってきて安心したせいか、今まで耐えていた分が押し寄せるように冬香の身体を重くしていた。彼女は怠い体を何とか動かしてお花の言う通りにタオルで体を拭いてから寝る用の服に着替える。


 そのまま貰ってきた薬を服用して、冬香は倒れこむように布団に突っ伏した。遂に限界が来たようである。


「ごめん。家のことはちょっと任せるね……」

「気にしないで休んでください。ちゃんとお傍にいますから」


 弱々しい冬香の瞳は布団の横に座っているお花を捉える。ボーっとした意識の中で見る狐の少女はやっぱりどこか浮世離れしているようで、実は今の今までが全て幻ではないのかと邪推してしまうほどだった。


(ああ、やだなぁ)


 幻、と思うと冬香の思考には以前に振られた相手のことが思い浮かんでしまい、病院で見た悪夢を思い出す。


(同性だからとか、そういうことじゃなくて私はただ、誰かが傍にいてくれれば……)


 風邪で弱った精神は悪い思考を引きずり出す。女同士だからとか、将来だとか、そういう自分の中で培ってしまった不安が大きくなっていく。


「冬香……さん?」


 眠る、というより気を失してしまうように冬香は目を閉じていく。そしてその瞳が完全に閉ざされる寸前に、か細く口が動く。


「……どこにも、行かないで」


 それは小さな蚊の鳴くような声だった。静かな空間でなければ決して聞こえなかったそれは、しかしお花の大きな耳にはしっかりと通っていた。



「冬香さん」


 完全に寝てしまった彼女の頭にお花は小さな手をのせる。


「うぅん……」


 風邪に罹ってしまった彼女はいまだに苦しそうな様子であった。お花の手はヒンヤリと冷たいので、額に手を置くと幾分かは熱の辛さは和らぐようだが依然として高いままだ。


「冷やしたタオルを用意しますからね」


 起こさないような声量でそう言うと、お花は台所に行って濡れタオルを作る。もしもご飯を食べたいと言った時の為にキッチンには準備だけはしてあったのだが、その必要は今はなくなった。


「起きてから食欲があればいいのですが……」


 準備したものは夜に回せばいいだけなので無駄になったわけではないが、どちらにせよ冬香の起きてからの体調次第でもある。薬を飲んだからといってすぐに効くわけではないことはお花もわかっているのだ。


 基本的に病気にならない彼女からすれば、実際に人が病に罹っている姿を目にするのは初めてでちょっと動揺しているのも事実だ。


 その証拠に彼女の耳は不安げに伏せられ、尻尾も力なく垂れている。


「と、とにかく今は看病しないとっ」


 その不安を払拭するように首を横に振ると、お花は濡れタオルを持って部屋に戻る。相変わらず冬香は苦しそうに寝ていた。


「失礼しますね」


 冷やしたタオルをゆっくりと額にのせる。効果が出るまでしばらく時間はかかったが、お花が思っていたよりもそれは効いたようで冬香の呼吸が僅かに落ち着いたように感じた。


 今日はこのような状況なので掃除などは出来るわけはない。なのでお花は寝ている冬香の近くに侍ることにした。


「……中々思うようにはいかないものですね」


 寝ている冬香を見つめながらお花は意味深にため息をつく。その後は冬香の額に載せていたタオルを取り換えたりとしながら容態が急変しないか注意深く看病を続けていた。


「う、うぅん……っ」


 冬香はまだ風邪が辛いのか時折小さく呻き声をあげる。発汗もひどいようでお花は健気に汗を拭いたりしながらずっと面倒を見ていた。


 そんな甲斐甲斐しい世話のおかげもあってか、冬香の容態は少しずつ良くなっていっているようだった。夕方になるころにはだいぶ息苦しそうな感じはなくなり、普通に眠っているようになったのは間違いなくお花のおかげであった。


「この分なら起きてから食事を取れそうですね」


 お花はそう呟いて安堵したように一息つくと、冬香が起きてからすぐに料理が作れるように準備をすることにした。


 その下拵えの音が小さく響く中、熱にうなされずっと眠っていた彼女が遂に目を覚ました。


「う、うぅ……?」


 トントン、と包丁を使う音が響く中、冬香は重い瞼を開けて天井を眺めていた。

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