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お狐ちゃんのお嫁入り  作者: 熊煮
3章:夏の訪れ
25/50

25.風邪の中の悪夢

 お花が慌てて買い物をしている最中、冬香は病院の待ち合い室の椅子に座って呼ばれるのを待っていた。

 お盆休みのせいか、休みの病院も多いため冬香の訪れた病院は中々に混雑しており、だいぶ時間が掛かりそうである。


「うぅ……」


 整理券を受け取って奇跡的に見つけた空いている席に座り、名前が呼ばれるのをひたすら待つ。風邪で体が怠い中、いつ呼ばれるかもわからずに待たされるのは精神的には辛い。

 相変わらず熱は高いようで、問診票を書く際に測った時も38度を超えていた。


「はぁ、だるいなぁ……」


 呼吸するのも一苦労で、思考に霧がかかるようなぼんやりとした倦怠感が体を覆っている。


 それからだいぶ時間が経ってもいまだ名前が呼ばれることはなく、そんな中冬香はというと体を休めるためか無意識に目を閉じていた……



「あれ……?」


 気がつくと冬香は都内のショッピングモールにいた。まだ体は怠いのにどうしてこんなところにいるのかわからず、あたりをキョロキョロと見渡していると後ろから声がかかった。


「ごめん冬香、お待たせ!」

「……あ、アキ!? な、なんでここに!?」


 現れたのはかつて恋人だと思って付き合っていた女性だった。しかし彼女は冬香を振ったことなどなかったような素振りで親しく話しかけてくる。


「なんでって……今日はデートしよってそっちから言ってきたじゃん」

「え、そ、そうだっけ……?」

「そうだよ。もしかして物忘れ? そういうのまだ早いんじゃない?」

「ち、違うよ! じゃ、じゃあほら行こう!」


 ぼんやりとした思考の中で自然と会話をして冬香はアキとショッピングモール内を歩き始めた。


 柊冬香という人間が自分の恋愛観に気づいたのは高校時代であった。その年頃になると周りはだいぶ恋愛に色づき始め、日々の話題の中にもそういう話が多くなってくる。

 決まって好きな人がどうたらーとか彼氏が出来たーとかデートだどうだとかそんな話が延々と続くわけだが、その中で冬香は一人周りとの違和感を覚えていた。


(何で私だけみんなと違うんだろう)


 友達の女子達から上がる相手は男子の話ばかりで、それが彼女らにとっての普通であることは冬香も理解していた。

 しかし、冬香からすれば話に上がる男子よりも、そうした話題に一喜一憂して表情をコロコロ変える同性の少女達の方がよっぽど魅力的であった。


(私ってもしかして女の人が好きなの?)


「それで? 冬香の好きなタイプってどんな人?」

「え?」


 ふと気が付けば彼女の周りの景色はショッピングモールから教室へと変わっていた。慌てて周りを見渡すがアキの姿はどこにもなく、懐かしの教室と懐かしのクラスメイトが目を輝かして彼女を見ていた。


「私的には冬香の好みは二組の斎藤君と見た!」

「えー、冬香の性格だったらあの人でしょ! ほらこの前入賞してた水泳部のさー」


 世間一般で普通と認識されているのは男女間の恋愛であり、そのことは彼女自身よくわかっていた。だから男子に対して関心がないのは今だけでいつかそういう相手が現れるに違いないと、その時はそう思っていた。


 だけど、冬香が異性を好きになることはなかった。高校を卒業しても、大学に進学しても……果ては社会人になってもだ。


「ちょっと冬香? 何ボーっとしてるの?」

「へ? あ、アキ?」


 気が付いたら目の前にはアキがいた。いつの間に場所が教室からショッピングモールに戻っている。あたりは夕日に照らされ、もうじき夜になる。


「お、おかしいな教室にいたはずなんだけど」


 さっきまでいたはずの懐かしい教室はどこに行ったのか、明らかに異様な状況なのに冬香はそれを疑問に思うことが出来なかった。


「ちょっと大丈夫? 今日は一日中ボーっとしてたみたいだけど」

「ご、ごめんごめん。大丈夫。こ、これからどうしよっか。どこか食べに行く?」


 冬香がそういうとアキは困ったように苦笑した。


「あー、悪いんだけど今日はこれから旦那と予定あるから無理なんだ」

「そ、そっか。それじゃしょうがないね。じゃあ次はい……」


 アキの言葉に普通に返事をしようとした冬香だったが、その途中で言葉に詰まってしまった。


「え……だ、旦那?」


 その単語は付き合っている彼女から聞こえてはならないもののはずだった。しかしアキは平然と口を開く。


「ん? そうだよ。私結婚してるし」

「え」

「何かおかしい?」

「い、いやだって私と付き合ってるんじゃ……」

「そうだけど。でもそれとは別でしょ。大体ずっと一緒にいれるわけないじゃない。しょうがないでしょ」

「そ、そんな……!」


 一体急に何を言い出したのか、冬香は慌てて詰め寄るが相手は呆れた様子のままだ。


「流石に女性同士で恋愛って難しいでしょ? 私もどんな感じかなーっていう程度だったし……え、もしかして本気だったの?」


 その言葉に冬香は視界がグラリと揺れるのを感じた。


「ひ、ひどい……そんなつもりだったなんて」

「いや、だってよく考えればこれから将来まで一緒にいるのって実際難しいでしょ? しょうがないのよ」

「そんなこと……」


 アキにとっての遊びは冬香にとっての人生であった。同性を好きになってしまうことに引け目を感じていた冬香にとってアキは大きな存在だったというのに、それをこんな形で壊されるとは思ってもいなかった。


「ちょっと、冬香? どうしたの? 柊さん? 柊冬香さーん?」


 そこで視界が不自然に傾いた。いきなり転んでしまったかのように視界が地面に吸われていく。

 ぶつかる! そう思って目を強く瞑った瞬間に冬香は────


 目を覚ました。



『柊さん、柊冬香さん、診察室2番にお入りください』

「……はっ!?」


 館内放送で呼ばれていることに気が付いて冬香は慌てて立ち上がった。どうやらいつの間にか眠っていたらしいことに気づき、ため息をついた。


(風邪のせいだとしても……あんな夢見るなんて最悪)


 病気の時は悪夢を見るという説もあるが、それにしても中々にきつい夢だった。冬香はいまだ怠い体を引きずりながら診察室へ入って行った。

ブックマークや評価、感想や誤字脱字報告などいつもありがとうございます!

次回の投稿は2/11の20時頃を予定しております!

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