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お狐ちゃんのお嫁入り  作者: 熊煮
3章:夏の訪れ
22/50

22.お花の日常(後編)

 ピピピピピ、と時計のアラームが部屋に鳴り響いた。特別うるさい音でもないが高く響くその音にお花の耳がピクリと反応する。


「う、ううん……」


 彼女はそのままノソリと起き上がり時間を確認する。予定通りきっちり17時になっており、これから簡単な料理の下拵えに入る予定だ。


 といっても今日は素麺と天ぷらのつもりなのでそこまで時間を要するつもりもない。ご飯は一応炊くが冬香は気分によって食べる時と食べない時があるので大量には炊かない。食べなければ冷やご飯となり明日の食事に使われることになる。


「今日は何時頃に帰ってきますかね……」


 ここ最近、冬香の帰りは早い。早いと言っても20時とかなのだがどうやら意図的に早く帰ろうと奮闘しているらしい。


『お花を待たせるのも少し悪いし、それに前々からおかしいとは思ってたから。それだけ』


 理由を聞いたお花に冬香はそう答えた。お花としても残業で夜遅くに帰ってくるよりは健康にも精神にも良いとは思っている。

 後一時間早く、19時頃に帰って来れるなら一番いいのかもしれないが、それは無理であることはわかっていたから言わなかった。


「野菜と舞茸、あとササミと……」


 お花は天ぷらにする具材を用意していく。野菜はカラッと上がるように具材によっては軽く茹でたり工夫をし、天ぷら粉と衣をつけてテキパキと準備をしていく。素麺とつゆは市販の物を使うので特に準備はいらなかったが、それだけで割と時間は過ぎていき気がつけば19時前。


「よし、とりあえずオッケーですね!」


 下拵えは終了。後は冬香の帰りを待つだけだ。ここ最近夜も蒸し暑く、帰ってきた彼女はまずは入浴する。その間に天ぷらを作り上げる算段で間違いはないだろうとお花は予定を立てる。

 しかし、それにしてもちょっと時間が余ってしまった。お風呂を沸かすのも20時を予定するならまだ早いし、かといって今から何かすることもない。


「……うーん、テレビでも見てみますか」


 やることがないというのはお花にとってはちょっと辛い。しょうがなくテレビをつけて適当にチャンネルを回した彼女はニュースを見ることに決定した。

 ニュースでは今年の夏は例年よりもずっと暑く、しかも東京都内は湿度も高く蒸されるような日が多くなるという予想だった。お花は蒸し暑いと尻尾や耳が蒸れてしまうので暑いのは苦手だ。ニュースを見ながら「いやですねぇ……」と顔を顰めていた。


 ニュース番組はそのまま暑い日の過ごし方や涼しく過ごす為の工夫などを取り上げ始めた。何か使えることはあるかとボーッと眺めている。


 そのせいか、お花は全く気がつかなかった。アパートの階段を上がってくる音に。


「え?」


 ガチャリと玄関の鍵が開く音がしてお花はパッと視線をテレビからそこに移して……


「ただいまー。あー、暑すぎ……7月でこれっておかしいでしょ」

「えぇ!?」


 そこから現れた人物を見て驚いた声をあげた。当たり前だがそれは仕事から帰ってきた冬香である。

 それはあまりにも予想外な時間で、決してお花がテレビを見ていて時間を忘れていたわけではなかった。時刻は19時半前。今までで一番早い帰宅時間だ。


「お、お帰りなさい! 今日は早かったですね!」

「いや、やることないし帰っていいですかって上司に言ってさ。お花は何もなかった?」

「はい。今日も特に何かあったわけじゃ……あ、でもごめんなさい、こんなに早いとは思ってなくてお風呂まだ沸いてないんです……」


 冬香はそれを聞くと落胆とか残念がる様子はなかったが、「やっぱり連絡手段はいるかー」と何か思い悩んでいるようだった。


「その、ごめんなさい。外暑かったのに……」

「いやいや、何も言ってなかった私も悪いし、それにたまにはシャワーでもいいよ。前はそれが普通だったからさ」


 お花は再度頭を下げた。基本的に尽くすことを信条としている彼女はそういう失敗を重く受け止めてしまう性分だ。冬香は苦笑して彼女の頭を撫でる。


「本当に気にしないでよ。それより晩ご飯に期待してるから」

「は、はい。今日は素麺と天ぷらですけど……ご飯はどうしますか?」

「うーん、食べようかな。最近よくお腹が空くのよね」

「わかりました! それじゃ準備しておくのでお風呂をどうぞ」

「うん、ありがと」


 この三ヶ月で二人の距離はそこまで変わってはいない。ただ、無条件に一緒に過ごしているという事実は、ごく自然とお互いの間にあった壁を確かに薄くしていた。

 最初はお花に警戒して、言葉を選んで話していた冬香も献身的なお花に絆されたかだいぶ砕けた調子になっているのが何よりの証拠である。


 そんな二人に初めての夏が訪れる。

 冬香はシャワーを浴びながら、お花は天ぷらを揚げながらこれからの季節のことをぼんやり考えていた。

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