21.お花の日常(前編)
第三章です。お花を中心としたお話になる予定です。よろしくお願いいたします。
「いってきまーす……」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
物凄くだるいという気持ちを一切隠す様子もなく冬香は家を出ていった。平日だから仕事があって当然なのだがその姿は物悲しい。
お花はそんな彼女を不憫に思いながらも笑顔で送り出すことしか出来なかった。それを不甲斐ないとも思っていたが、実際元気に送り出すことが精一杯なのだ。
「さ、冬香さんも頑張ってるので、私もやることをやりましょう!」
お花が冬香のアパートに来て3ヶ月が経ち、まもなく夏がやってくる。
◇
お花の平日の行動はある程度ルーチンワーク化されている。まずは掃除だ。
「よいしょ、ふぅ……」
箒で塵などを排除してから、雑巾を持って部屋の隅から隅を磨きその後に乾いた雑巾で乾拭きする。一応冬香が買っておいた使われていない掃除用具があるのだが、お花には前者のやり方のほうが慣れている。
「ひとまずこんなものですかね」
初夏が訪れ気温も上がっているせいか掃除を終えるといつもお花は汗だくだ。流石にそのままだと気持ちが悪いので汗でビッショリになった服を脱ぎ体をタオルで拭く。
『無理せずクーラーでも何でも使ってよ!?』
過去に冬香はお花が日中冷房器具を使っていないと聞いて慌ててそう言った。熱中症何かになったら大変だしお花は保険証など持ってないから余計に心配なのである。
『それじゃ暑くなったらつけますから』
『約束だからね?』
それでお花は日中の一番暑い時間につけることを冬香と約束した。彼女の言う通り病院のお世話になるわけにはいかないことはお花もわかってるからだ。
「行ってきます」
そうして掃除が終わると次はスーパーへの買い出しに出掛ける。無論、食事の為である。
冬香に買ってもらった服に着替えて尻尾と耳を隠した彼女は部屋に挨拶をして蒸し暑い外に繰り出した。
平日の時間、見た目子供な彼女が出歩くと補導だとかの心配があったが、今のところ彼女は難なく買い物が出来ている。お菓子やジュースなどではなく、野菜や肉などの食材を多く買っているからかもしれない。
スーパーの中は冷房がしっかり効いており暑い外から入ってくれば涼しくて心地いい。そんな中お花は食材のコーナーを練り歩く。
「今日は何を作りましょう……暑いですから素麺とかだと食べやすいでしょうか」
最近は暑いせいか帰ってきた冬香はあまり食欲がないことが多い。なので素麺や冷やし中華など冷たいものが中心となっている。少し悩んだが素麺と簡単な天ぷらを作ることにしてそれ用の食材を籠に入れるとセルフレジに向かう。
「これぐらいなら予算内で大丈夫そうですね!」
最初は慣れなかったセルフレジも今ではすっかり使いこなせている。ただ買う量によっては少し大変だ。重い袋を持って暑い帰り道を歩くのは妖狐だろうが人間だろうが辛い。
「ただいま戻りました~」
合鍵を使って部屋に帰ってきたお花は買ったものを整理してからクーラーを入れる。当然汗だくなので部屋が涼しくなっていく間にシャワーを浴びて汗を流した。
尻尾が乾くのは時間が掛かるのでタオルで巻いて、クーラーの効いたでしばらくくつろぐ。
「まだ昼前ですけど少し早めに頂いちゃいましょう」
大体掃除と買い出しをすると昼前の時間になる。朝食は冬香の為に朝食を作るのでそれを一緒に食べるが、昼は自分一人分だけでいいので少し手を抜く。
朝食が余っていればそれに何かをプラスしたり、後はスーパーで売っている惣菜系だ。そう例えば……
「ま、まぁいなり寿司が安かったので、これはしょうがないということで……」
お花は油揚げが好きだ。そしてそれを使ったいなり寿司も当然好物であり、大体昼食にはそれが混じえている。
それが彼女なりの贅沢なのだが、冬香にそれを言った時は『もっと贅沢して』と言われてしまった。
「好きな時にいなり寿司が食べれるって贅沢だと思うんですけどね。うーん、美味しい!」
買ってきたいなり寿司を小さな口に頬張ってお花は満足な昼食を過ごす。
「ごちそうさまでした」
そして食器を洗えば午後からの時間になるのだが、ここからしばらくは暇な時間になる。
というのもお花の仕事と言うのは掃除、買い出し、炊事洗濯だ。洗濯も掃除と並行して終わらしているので後は夜の炊事だけ。
そうなると仕込みをするとしても冬香の帰ってくる時間を考えれば時間が余り過ぎてしまうのだ。
「ふわ、あぁ……」
大体そんな時はテレビを見て時間を潰すか、微睡んできたら昼寝をすることにしているが、今日は後者だったようだ。
「やっぱり朝早く起きると……眠くなりますね……」
食後しかも昼過ぎになればちょうど眠くなる時間でもある。お花はいつも冬香と一緒に寝ている布団に横になると器用に体を丸める。
「夕食の仕込みまで……おやすみなさい」
時計とクーラーのタイマーをセットしてからお花はゆっくりと目を閉じた。そうして彼女の半日は過ぎていく。
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