20.隠しきれないもの
「わぁ……!」
次の休日、冬香はお花を連れて花見に来ていた。お花が着ているのはこの前購入したばかりの服だが、透明にしている尻尾を入れ込んでいるのか背中が少し膨らんでいる。
(まあ、この程度ならばれないでしょ。人も多いし……)
時刻は19時を回りすっかり夜だ。この時間に来たのは桜がライトアップされて綺麗だからである。お花もその光景は新鮮なのかさっきから視界は上を向いたままだ。
「凄いです凄いです! 私のところの花見は夜は篝火で灯りをとってたんですけど、こっちのはこんなに明るいんですね!」
「篝火も風情があるだろうけど、こういうのもいいでしょ」
仕事疲れだとか面倒だとかで数年来ていなかったというのに、感嘆しているお花を見て冬香は妙に通ぶっていた。
彼女らは近くのコンビニであらかじめ買っておいた飲み物を持って桜並木を歩いていく。
当たり前だが非常に有名な花見スポットのため尋常ではない混雑が出来ていた。それでも一定の間隔でゆっくり進めるあたりは最低限のマナーは守られているようだ
「はぐれないようにね。人多いから」
冬香はそう言って買った缶ビールを開ける。お酒はガブガブ飲む方ではない彼女だがこういう場所では普通に飲むのだ。
対するお花はジュースを買っていたが、本人曰くお酒もいけるらしい。だがいくら年を取っているとしても見た目も性格も少女な彼女では買えるわけはなかった。
「うわ、とと……」
冬香の注意に頷いたお花だったが、流石に人が多すぎるのかすぐに流されそうになってしまう。彼女が悪いというわけではなく周りが大人ばかりなのと皆が皆桜を見上げているため自然とお花が目につかないのだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
押されてグラッと揺れたお花に冬香は慌てて手を伸ばす。お花もこれはたまらないと伸ばされた手を握って何とか体勢を立て直した。
「す、すいません。迷惑をかけます……」
「いいのよ。全員桜に夢中みたいだししょうがないわ」
ガヤガヤと騒がしい人と一緒に進みなが、冬香はチラリとお花を見た。彼女は手を繋いでいることは気にせず桜に見惚れているようだった。
(何で私がこれぐらいで意識してるのよ。小学生じゃないんだから……!)
お花の手は柔らかくて温かい。春とはいえ夜はまだ肌寒くその温もりは冬香の手も自然と温める。
(はぐれないためだししょうがないしょうがない……お花も何とも思ってなさそうだし、このまま普通にしとけばいいか……)
もう片方の手に持っているビールを口に流す。今はお酒の力がありがたかった。
「お花はさ」
「はい?」
「こういうどこかに出掛けたりとか、そういうのは好きなの?」
「はい、好きですよ!」
「そっか。それならよかった。いつもご飯とか掃除とか全部してもらってて申し訳なかったから」
「それは私が好きでやってることですし……それにお嫁さんならそれぐらい普通です!」
「そうなのかなぁ」
今日は周りの音がうるさいのでお花の発言も咎めない。流石にこの環境で彼女らの関係を見抜く相手がいるわけはなかった。
お花はニコニコと上機嫌に言葉を繋げる。
「それに冬香さんは優しいですから! 私もとっても楽しいんです!」
「優しい? 私が?」
「はい! 何だかんだ転がり込んできた私を置いてくれてますし、こうしてお花見まで連れてきてくれましたから!」
「それは……」
日頃のお礼を込めてのつもりだった。平日は彼女に家のことは任せっきりで、狭いとはいえ掃除を毎日してくれるから部屋はかつてないほど清潔だし、食事もスーパーの惣菜ではなくちゃんとしたものを作ってくれるおかげで冬香の健康状態は頗る良い。
そのお礼のつもりだけのはずだったのだが……
(なんなのよもう!)
冬香はよくわからない感情に悶えた。例の件から恋愛沙汰はもういいと思っていたのに、心のどこかでは少しずつお花に惹かれている。
その事実を認めたくないのか冬香はブンブンと首を横に振って邪念を弾き飛ばした。
「?」
その様子にお花は首を傾げることしかできなかったが、そんな二人に後ろから突然声がかかった。
「あれー? 柊さーん?」
「……んなっ! あ、あんた何でここに……!?」
そこには会社では必ず出会う花菜が立っていた。しかしその足取りは非常に危なっかしくフラフラで、片手にロング缶のお酒を持ちながら赤面しているところを見ると酔っているのは明らかだった。
「こんなところで奇遇ですねぇ。お花見するなら言ってくれればよかったのにー」
「いや、まさかあんたが来るとは思ってなくて……というか何でスーツなの?」
そう、休日だというのに花菜の服装は仕事時のスーツ姿だった。それに彼女は陽気に笑って答える。
「いやぁ、今日はちょっと仕事があってー、まあ休日出勤ってやつですねー。それで新入社員の子がいたからここの話したら行きたいっていうからー」
「え? 新入社員?」
そう言われて花菜の後ろを見ると、まだあまり皺のないスーツ姿の若者達が三人立っている。彼らは冬香を見て「お疲れ様です!」と頭を下げた。
「え、ええ……もう休日出てるの?」
「何でも会社で勉強したほうが早く身に付くだろうって、あの上司が」
「…………」
嫌みったらしい上司の顔を思い浮かべて冬香は顔をしかめた。いくらなんでも研修終わってすぐ休日出勤はひどいだろうと思ったからだ。
そんな新人を気の毒に思っていると、花菜は冬香と手を繋いでいる少女を見つけた。見つけてしまった。
「柊さん! ところでその手を繋いでいる子はどなたですか!?」
「え!?」
しまった、と冬香は思考が真っ白になる。今はお花と花見に来ていることをすっかり失念していた。
「えっと、あー……この子は」
どう上手く言い訳しようか悩んでいたら、サッとお花は前に出た。そしてペコリと頭を下げる。
「初めまして。冬香さんの親戚のお花と申します」
「え……?」
礼儀正しくお花がそう告げると花菜は目を輝かせた。
「きゃー! 可愛いー! お花ちゃんっていうの! 私は花菜っていって柊さんにはいつも仕事で世話になってまーす!」
お花は酔っている花菜の言葉に上手く相槌を重ねていく。至って冷静で当たり障りのない対応だ。
「柊さんはお花ちゃんと花見に来てたってことかー。流石にいきなり親戚の子と会社の人とじゃ来れないっすねー」
「そ、そういうことよ。だからごめんなさいね」
「いえいえ、いいんですよー。それにしてもお花ちゃん小さくて可愛いねぇ。よーしよしよし!」
「っ!」
花菜からしたら子供しか見えないらしく、彼女は遠慮なくお花の頭を撫で始めた。
「ふわ、あっ!?」
お花もそれは想定外だったのか、驚いた声をあげるがもう遅い。くしゃりとお花を撫でた瞬間、花菜の手が止まった。
「ん? んん?」
それもそのはずでお花の耳は透明になっているだけで触れば感触があるのだ。それを確かめたいのか花菜がさらに手を動かそうとした時──
「やめて!」
反射的に冬香はお花を庇い、彼女を抱き寄せた。
「おわっ!?」
酔っていた花菜もそれには驚いて少し後退した。冬香は庇った後に慌てて口を開く。
「お、お花は礼儀正しいけど怖がりだから、急に触ったりしたらびっくりするでしょ!」
「あ、ああ、そうですよね。ごめんなさい、ちょっと酔いが回りすぎました……お花ちゃんも急にごめんね?」
「いえ、ちょっとびっくりしましたけど……大丈夫です」
冬香に後ろから抱かれながらそう言って微笑むお花に花菜は少し救われた気になる。
「すいません、休みの日に柊さんに会えてテンションあがってたみたいです。それじゃ、そろそろ私達は行きますね」
「あ、うん。これからどうするの?」
「え? 皆で飲みに行くに決まってるじゃないですか! 何言ってるんですか!」
「まだ飲むつもりなのね……あんまり羽目を外しすぎないようにしなさいよ」
「はーい! よし、じゃあ皆行くぞー!」
新入社員はかしこまって冬香とお花に挨拶して花菜の後ろをついていった。まだまだ初々しく遠慮している感じが懐かしい。
「あの、冬香さん」
そんな彼女らを見送っていたらお花から声がかかる。そこでまだ抱いていたことに気づいて慌てて解放した。
「あ、ご、ごめん!」
「いえいえ、庇ってくれたんですよね? 私こそすいませんでした。上手く誤魔化すつもりが……」
「いいのよ。寧ろ上出来だったけど……あらかじめ考えてたの?」
「はい! 冬香さんのお嫁さんだってばれないために考えておきました」
「そう……」
本来ならここは喜ぶべきだった。冬香にとって心配事が一つなくなるようなものだからだ。
しかし、お花が嘘をついて親戚だと言った時と、花菜が彼女の頭を撫でたとき……その時確かに彼女の心には寂寥や嫉妬、独占欲といった後ろめたい感情が襲いかかってきたのを冬香は感じていた。
「ねぇお花」
「はい?」
さっきより少し深めに手を握る。
「これからお寿司でも食べに行こうか。いなり寿司もあるよ」
「本当ですか!? 是非行きたいです!」
見えない耳と尻尾が動いているように見えて、冬香は小さく笑いながら芽生えてしまった感情を整理するので精一杯だった。
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