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お狐ちゃんのお嫁入り  作者: 熊煮
1章:柊冬香と狐の少女お花の出会い
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2.振られちまった悲しみに

「ごめんなさい。冬香といるのは楽しかったけど私にも家庭があって」

「……は?」


 冬香は比較的平凡な女性であったが、恋愛観に関してだけは同性を好む傾向にあった。彼女の中では好きになる相手が女の子だったという話なのだが、世間一般でそれは同性愛者と呼ばれるもの。

 一時期と比べればその恋愛感情もだいぶ受け入れられては来たが、冬香にはそれを周囲にカミングアウトする気は微塵もなかった。


 そんな中で出来た彼女は今年で25歳になる冬香にとって代え難い存在であった。だというのに、彼女は謝ったまま気まずそうに苦笑して目の前で立っている。


「ま、待って。家庭、ってどういうこと……? え、独身だって」

「その……私も言い出しにくくてさ。ごめんなさいね」

「そんな、じゃ、じゃあ今までのは」

「とにかく、今後は会えないと思うの。それじゃ」

「え、えええ???」


 別れはあまりにも突然だった。

 彼女とは偶然居酒屋で意気投合した相手で、それからの付き合いの中で交際に発展した仲だ。しかし、まさか既婚だったなんて冬香は思いもしていなかった。


 その出来事から冬香にとっての暗黒時代が訪れる。


 同性愛者という自分に引けを感じているわけではないが、その相手を見つけるには中々に難易度が高い。乗り越えるハードルも高く、相手と自分の気持ちをお互いに受けとめられるか確かめなくてはならない。


 その厳しい環境で手放された冬香には当たり前だが代わりの相手がすぐに見つかるわけもなく、そのタイミングで悪いことが立て続けに起こり始めた。

 小さな不運から大きな不運まで、仕事で見れば細かいミスが多くなり上司から怒られれば、部下の失敗を自ずと拭う羽目になったりととにかく厄介ごとのオンパレード。

 仕事以外ではヒールが折れるという小事から始まり、車から水を跳ねられる、何らかの理由で電車は遅延する、部屋の家電製品は壊れるなどなど、挙げればキリがないほど不運に見舞われていた。


「はぁぁぁぁ」


 そんな日々が続けば精神も摩耗するというもの、残業終わりに会社を出た冬香の足取りは重い。

 9時過ぎの電車だが人は多い。残業で疲れたスーツ姿の男女の中に冬香も仲間入りしてユラユラと揺られる。スマートフォンを開く元気もなく彼女は吊革に掴まり時間を過ごした。


 駅から一人暮らししているアパートまでは大体徒歩15分。スーパーによる元気はなくコンビニで適当な弁当を買って帰路につく。25歳の会社員の姿としては嫌に寂しい後ろ姿だった。


(いつまでこんな不運が続くんだろう)


 まだ彼女がいた時は辛くても何とかなったが、その支えを失った今は風が吹いただけで倒れてしまいそうだ。


「よろしくおねがいしまーす」


 トボトボと駅前を歩く冬香の横からチラシ配りの手が差し伸べられた。彼女はそれを殆ど無意識に受け取る。彼女は割とティッシュやらチラシを貰ってしまう人だ。


「……あん?」


 大体こういうときのチラシというのは駅近くの施設、スポーツジムとか飲食店とかの広告でしかない。ただ、何となしに街灯に照らして見ると意外な文字が書かれていた。


『厄ばかりなあなたへ! 厄払いをしてみませんか? 初回サービス無料!』

「…………」


 ひどくチープな仕上がりというかそれを見て冬香は眉を顰めた。一瞬厄払いは良い考えじゃないかとも思ったが書いてある内容が酷い。


(初回無料って……そんなサービス業じゃないんだから)


 チラシには文字と神社の写真、それと電話番号が載っていた。少し遠い山の中にある神社のようだが電車で行けない距離ではない。

 行くつもりはないのだが、厄払いというのはいいかもしれない。どうにも今の冬香は悪運に好かれているように思われたからだ。ふと、このチラシを渡した人がいる場所を振り返ってみる。


「……あれ」


 しかし、そこにはチラシを配る人などはおらず、会社終わりの人々がダラダラと歩いているだけであった。



 その数日後の土曜日。休日を利用して冬香は山の中の階段を上がっていた。


「あまりにも安直過ぎたかしら……」


 シャツの上から上着を羽織り、下はジーンズという動きやすい恰好で冬香は階段を踏みしめていく。

 あれから家に帰った彼女は悩みに悩んだ挙句電話をしてみた。詐欺の可能性も考えたがその時は即切りすればいい。実際それにすがるほどに精神が追い詰められていたのかもしれない。

 若干緊張しながら電話したのだが、出たのは事務的な声の女性であっという間に日時と時間を指定されてしまったというわけである。


「怪しさはあるけど……こういうのに頼るしかないよね、もう」


 死んだように寝て過ごす休日を厄払いに変えたのだ、何か光明が見えることを期待して進み続ける。

 あまり神社に関しては詳しくない冬香だったが、着いてから思わず感嘆とした声をあげた。


「すごい、こんな山の中に立派な神社があるのね……」


 出迎えてくれた大きな鳥居に、それに負けない大きな本殿や、立派な造りの手水舎はゆっくりと清い水が流れている。一見して間違いなく良い神社であった。ご利益もありそうな雰囲気さえある。


「な、なんで」


 しかし、そこにたどり着いてしばらく周りを確認した冬香は口をワナワナと震わせていた。その理由は単純明快。


「なんで誰もいないのよおおおお!」

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