15.お花の食べたいもの
「ありがとうございましたー! また来てくださいねー!」
アパレルショップの店員ににこやかに見送られながら冬香とお花はそこを後にした。
「……疲れました」
「お疲れ様。でも必要なことだから」
あれから何度も試着を繰り返したせいかお花はだいぶ疲労していた。今まで和服だけ着ていた彼女にとって洋服という存在は未知で慣れていないようである。
「それにこの服薄くて……何だか落ち着かないです」
最初に試着したワンピースの裾を掴んでお花はソワソワとしている。今まで厚みの和服から薄い服になって心もとないらしい。
ちなみに和服はそのまま消してもらい、購入したワンピースをそのまま着て出てきた。
落ち着かない様子のお花に冬香は笑って答える。
「服に関しては慣れないとね。とりあえずお花はもう妖力とやらで服を着るのは禁止」
「え、えええ!?」
冬香からすればいきなり街中で裸になる可能性はなくしておきたかった。そんなことになってしまったら軽い事件じゃすまない。
(もしそんなことになったら警察沙汰どころじゃないし……お花の身分を証明するものは勿論、住民票も保険証もないのに)
現状、冬香が一番危惧していることはお花の身分を何らかの形で求められることだ。何せお花はそういった類のものを持っていないのだ。そんなことになったら彼女を泊めている自分にもどんな疑いがかかってしまうのか測り知れない。
(それだけは避けないと……)
以前にも想定したテレビに映る連行されていく自分の姿を想定して冬香は身震いする。
「どうしたんですか?」
「いや、何も……それより頑張って慣れてね。こっちの生活に」
「そうですね。迷惑をかけても申し訳ないので頑張ります! でも、すいません、こんな買って貰っちゃって」
そういってお花は自分で持っている袋を指した。当然買った服は一着だけではなく、最初のワンピースの他にも靴なども買ったせいでだいぶ荷物になった。
「別にいいよ。お金は使ってなかったからあるし……それよりも私が持たなくていいの。服っていっても何着もあれば重いでしょ」
「大丈夫ですよ! 買ってもらったものだから自分で持ちます」
「それでいいならいいけど。辛くなったらいってね」
「はい。ありがとうございます!」
さっきまで疲れていた様子のお花も今はいつもの明るさを取り戻していた。
「そういえばそろそろお昼ね。折角だから外食してみようか」
「がいしょく?」
「外のお店でご飯を食べることね。これからもしかしたら一人でってこともあるかもだし、知っておいて損はないでしょ」
「へー、茶屋みたいなものでしょうか?」
「ちゃや?」
「はい。峠とか山道の道中とかで休憩できる場所です。お団子とかお茶とかお金を払って買うんですけど……違うんですか?」
「うーん違うような違わないような……まあ行けばわかるから行きましょう」
お花の言葉に冬香は時代劇に出てくるようなものを想定した。やはりというかお花の価値観や知識は少し昔の日本を基にしているのではないかと冬香はふと思った。
仮にそうだとしたら、やはり今の時代の常識は教えておかないといけないと冬香は改めて認識する。
「それでだけどお花は何か食べたいものはある?」
駅近くにあるアーケードに入れば大体どんな飲食店もある。恐らくお花は何か和食を食べたいんじゃないかと思ったがそこで入った注文はまさかというものであった。
「あ、あの……私「はんばーがー」というものを食べてみたいんですけど」
「え!? ハンバーガー!?」
「だ、だめならいいんです! ただ、てれびで宣伝してて美味しそうだなって思って」
「あ、ああそういうことね。びっくりした」
絶対にないと思っていた単語に冬香は驚いた。ただテレビのCMで見た時に気になっていたらしいと聞いて納得する。
「それならちょうど駅前にあるから行ってみましょうか。あ、でも玉ねぎとか入ってるけど大丈夫なの?」
「え? 別に大丈夫ですよ。好き嫌いはありませんから」
「そ、そっか。そうだよね」
「?」
犬や狐などは基本的に玉ねぎの摂取は止められている。それを知っていた冬香は思わず聞いてしまったのだが、彼女は妖狐であり特に問題はないとのことだった。
「それならいいわね、じゃあ行きましょう。口に合えばいいけどね」
今まで和風中心の食事をしてきたであろうお花にとってハンバーガーという『洋食』が馴染むかどうか。
冬香はそれを気にしつつも、どんな反応をするのか少し楽しみであった。
♦
「うーん、美味しいです!」
そんな冬香の心配は杞憂に終わった。美味しそうに手づかみで大きなハンバーガーを頬張るお花の姿が前にある。
彼女たちが訪れたのは『クイーンズバーガー』という、大きなハンバーガーが売りな店だった。お花が両手で持つとその大きさがはっきりわかる。
「美味しい?」
「はい! 初めて食べましたけどとっても美味しいです!」
「そう、よかったわ」
そう言ってソースを口の周りにつけているあたり食べ慣れていないことがわかるが、お花の様な少女がすると不思議と絵になる。
「ほら口の周りについてるから」
「んんっ……」
両手でハンバーガーを持っているので、仕方なく冬香は紙ナプキンでそこを拭いてあげる。
「落ち着いて食べていいよ。別にゆっくりでいいから」
「は、はひ、すみません……」
「食べ終わったら買い物に行って、そこでこっちのお金の説明をするからね」
「はい、よろしくお願いします!」
そんな休日の昼下がり平和な時間がゆっくりと流れて行った。
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