14.常識の違い
冬香はまずは服を用意するつもりだった。
お花曰く、洋服は妖力のようなもので形成しているという話だが、それって結局裸のようなものじゃないかと冬香は思っていたし、もしも何らかの手違いでそれが切れたら……
「つまりその妖力? とやらが切れたら服じゃなくなるんじゃないの」
「そうですね。でもこっちで力を使うことはそんなにないですし大丈夫ですよ」
「いやいやいやそういうわけにも行かないって。それにお花のそれって和服だけなんでしょ?」
そう聞くとお花は頷いて答える。
「そうですね。白無垢とお出掛け用と寝る用だけです。種類はたくさん用意できないんですよね」
「原理はよくわからないし追及するつもりはないけど、とにかくお花の服はすごく目立つの」
「そうなんですか?」
多様性が認められているこの時代、和服で過ごす人はいないわけではない。東京だって場所によっては様々なファッションの人が歩いているわけだし、お花の服装を否定するつもりはなかった。
ただ、冬香が心配なのはお花の見た目であった。彼女の申告通り年齢が100歳以上であったとしても、その容姿は子供でしかない。
着物で変に目立って変質者に目をつけられるリスクがないわけではない。一応冬香の住んでいる場所は治安が良い地域ではあるがそれは絶対ではない。
「だからとりあえず外で着る用の服を買おう」
流石に駅前スーパーの洋服売り場で安い物を買うつもりはなく、駅の近くにあるアパレルショップを目指す。駅前は平日でも休日でも利用者で混んでいる。その様子をお花が珍しそうに見ていたので声を掛ける。
「流石に電車は乗らないよね?」
「電車ってあの大きな乗り物ですか? 必要でなければ乗ることはないと思いますが」
「今はまだ乗らないでね。どこに行くかわかったもんじゃないから」
地方なら単純かもしれないが、東京の電車はわかっていないとかなり難しい。知識のないお花では気が付いたら違う県にいてもおかしくない話だった。
電車の種類や乗り方は今度に回すことにした冬香はそのままお花と目的の店に着いた。
「いらっしゃいませー!」
そのお店は女性向けのアパレルショップで値段も手頃で質が良い。というのは冬香の主観であるので確かかどうかはわからないが、とにかく彼女のお気に入りなのである。
ただ、仕事で忙しくて最近は全く行けていなかった。
「あら、お久しぶりですねー! 今日は何かお探しですか?」
しかし、店員の鑑というのだろうか。サッと現れた店員にそう挨拶された冬香は覚えられていたことに何だか少し嬉しくなった。本当に覚えているのかはわからないし、意地悪くそれを確かめるつもりはないが、何だか自分の居場所のような気がして悪い気はしない。
……そういう商売でもある。
「あの、今日は私じゃなくてこの子に合う服を探してて……」
そう言うと店員はお花に目を向けてにっこりと笑った。
「あら、こんにちは! もしかして妹さんですかー?」
店員にそう微笑まれ、お花はエヘンと胸を張って堂々と答えようと口を開いた。
「いえ! 私は冬香さんのおよむぎゅ!」
しかし、元気よくとんでもないことを発言しようとしたことを察した冬香がお花の口を慌てて塞いだ。
「あのー! 田舎の親戚の子で! いつも着物を着ているみたいなので折角だから洋服も着てもらいたくて!」
「むぐぐぅーっ!」
「ま、まあ、そうなんですかー……じゃ、じゃあ良ければこちらで何点か用意してみましょうか? サイズも測らせてもらわないといけないんですけど」
「お、お願いしますー!」
若干、店員には引かれてしまったがここはお任せすることにした。お花に合う服を選ぶ自信はないし、そういうのは専門家に頼った方がいい。餅は餅屋の精神である。
「じゃあ、少々お待ちくださいねー」
サイズを測った後ににこやかに去って行った店員を見ていると、先ほどまで口を塞がれていたお花が抗議のジト目を冬香に向けていた。
「急に何するんですかー……」
「ご、ごめんなさい。でも、私が何もしなかったらなんて言うつもりだったの」
「もちろんお嫁さんっていうつもりでしたよ。だってそうじゃないですか」
冬香はそれを聞いてため息をついた。
「あのね、言ってなかった私が悪いんだけど、私と貴女の関係はとりあえず周囲には内緒にしましょう」
「え? 何でですか……?」
それを聞いたお花の表情が暗く曇る。冬香としては当然のことを言ったつもりだったが、そのしょんぼり顔を見ると罪悪感が湧く。
「いや、別に拒否するわけじゃないけど……私達ってあんまり普通の関係じゃないから変な目で見られたら面倒でしょ?」
考えてみればお花のような少女がそう言ったところで、他人からすれば子供の言葉だと微笑ましく思うだけかもしれないが咄嗟の事で冬香はそこまで考えが及ばなかった。
「だから、とりあえず親戚と言うことにしときましょう。これは変な誤解を生まないために必要なの」
「必要ならそうしますけど……でも別に隠す必要はないんじゃ」
「……そこら辺は帰ったらきっちり説明するわ」
どうにもお花にとっては同性だろうが何だろうが気にはならないらしい。冬香とお花の常識には明らかに違いがあった。
「お待たせしました! とりあえず数着見繕ってきましたが……試着しますか?」
「はい。お願いします。じゃあお花頑張ってね」
「え?」
「はい! わかりました! どうぞ私に任せてください!」
冬香は知っていた、ここからが長いことを。何せ彼女もまた被害者だったからだ。
「あ、あの、どこに?」
「試着室ですよー。全部お姉ちゃんに任せてねー♪」
きっと時間は掛かるだろう。折角だから冬香も久しぶりに服を見ることにした。スーツを着るか部屋着だけ着ればいい生活を送っていたせいか酷く新鮮な気がした。
そんなことをして時間を過ごしていたら後ろから声が聞こえた。
「あの、これ恥ずかしいんですけど……」
「大丈夫。とっても可愛らしいよー!」
どうやら試着が終わって出てきたらしい。流石アパレル店員というか既にお花との距離感が近い会話をしているようだった。
「あ、冬香さん……えっと、どうでしょうか」
「おぉー」
私の前に出てきたお花を見て私は関心の声を出した。
装いはシンプルなマキシ丈ワンピースだ。白を基調として黒いラインが入っていて少女のお花と絶妙にマッチしている。
「凄いね、全然印象違う」
「春といっても肌寒い時もあるので脚は隠す感じでまとめてみました! どうでしょう?」
店員の言葉に良い仕事をしたなぁと思いながら頷く。
「じゃあ、これ買います」
「ありがとございます! それと他にも色々あるんですけど……」
ピクリ、とお花が反応した。それは間違いなくそれを歓迎しているのではなくどちらかと言えば嫌がる感じ。
しかし、悲しいことに一着じゃ足りてないのが現状。
「とりあえずある物全部試着で」
「冬香さん!?」
心の中で冬香はこれから着せ替え人形になるお花に謝った。だけど心のどこかで色んなお花を見たいという好奇心もあった。
それから買い物は続き、終わるころにはヘトヘトになった珍しいお花を見ることになった。
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