12.帰ったら誰かが待っている日常
お花が心配でしょうがなかった冬香だったが、厳しい社会はそんなことを考慮してくれない。
いつも通りダラダラと仕事をして、昼はコンビニで適当にパンとコーヒーを買って昼食。そこから夕方まで仕事をして間食でお菓子をつまみながら気怠く21時まで残業をする。
「お疲れ様でしたー」
そして挨拶をして会社を出る。大体いつも通り過ぎる流れだ。
「柊さん、おつかれっしたー」
同じく残業をしていた花菜とも別れた冬香だったが、いつもと違うのはそこからの足取りだった。
「あれ、柊さん……?」
いつも黒いオーラを背負ってトボトボと帰っていた先輩の、そんないつもと違う様子を怪訝そうに花菜は見つめていた。
しかし、いくら早く歩いたところで数時間早まるわけもなく、よくて数十分ぐらいしか変わらない。
それでもお花のことが心配だった。どちらかといえば彼女がというより他人を家に置いたままに仕事に行っているという面の方が強かったが。
(ご飯とお風呂、それに先に寝ててもいいとは言ったけど……)
帰りつく予定時刻は22時前。しかしきっとあのお花のこと、寝ずに待っているだろうということぐらいは短い付き合いでもわかっていた。
「やっぱりね……」
その冬香の読み通り、アパートに辿り着くと冬香の部屋は灯りがついていた。そこは予想通りだったので慌てずに鍵を取り出して扉を開けた。
「あ、お帰りなさい!」
「ただいま……待ってたの? 寝ててもよかったのに」
お花は帰りついた冬香にパタパタと走りよってきた。誰かに帰りを迎えられるのが久しぶりすぎて何だかちょっぴり感動しそうになる彼女である。
「いえいえ、お仕事を頑張った冬香さんを迎えるのが私の役目ですから! お風呂と夕食どっちを先にしますか?」
その選択肢の続きに「それとも私?」が来るんじゃないかと一瞬思った冬香だったがどこの中年かと首を振って煩悩を飛ばす。そもそも純粋無垢なお花がやるわけもない。
「お風呂入りたいけど……でも溜まるまで時間かかるんじゃない?」
「いえ、さっき沸いたばかりですよ! 今すぐ入れます!」
「え……? でも帰ってくる時間は遅くてわからないって言ってたのに」
「まぁ、第六感といいますか……確実ではないんですけど大体わかるんですよ」
「妖狐だから?」
「んんんー、そうなんですかねぇ?」
いやそこがわからんのかいと心で突っ込んだ冬香だったが、折角ならとお風呂を選択する。平日は時間がないのでシャワーで済ますことがほとんどだが、出来ればお湯に浸かりたいのが本音だった。
「良いお湯だったわ……」
そんなお花の好意に甘えてお風呂を堪能した冬香が出てくると食卓には二人分の食事が用意されていた。
「まさかお花……ご飯も待ってたの!?」
「はい。待ってましたよ? 今日は夜も遅いので少な目で消化に良いメニューにしておきました」
お花の言うとおり、食卓には卵とじうどんをメインに胃に優しそうなものが少量ずつで並んでいた。
「あ、ありがとう。それは嬉しいんだけどお腹空かなかったの? お花の生活とはだいぶずれてるでしょ」
時間は22時を回っている。昨日なら既に眠っていたぐらいの時間だ。早寝が習慣になっているお花には辛いのではないか。そう心配した冬香に彼女はニコニコと答える。
「確かに眠くないといえば嘘ですけど、こうして二人で食べた方が美味しいじゃないですか。私も一人で食べるの寂しいですし」
「……うーん、それならいいけど」
そう言われてしまえば強く否定も出来ず、結局料理が冷めるから二人で手を合わせた。
「冬香さんはどんな仕事をしてるんですか?」
「うーん、モニターを見ながらよくわからないけど適当にキーボードカタカタする仕事かなー」
「???」
誰かと話しながら食事をする。お花が来てからそれが普通になっているが確かに一人で弁当を食べるよりは美味しく感じるような……気がしていた。
「ごちそうさまでした!」
「ご馳走様。お花って料理は何でも作れるの?」
「一応和洋中勉強はしてきましたが、中華料理はまだ自信がないですね。そのうち挑戦するつもりです!」
「そう……ありがとう美味しかったわ。何から何までごめんね」
「いえいえ、そう言って貰えるだけで嬉しいです!」
お花はそう言って皿洗いまで始めようとしたのでそれは流石に冬香が奪った。いくら耳と尻尾が生えていても見た目は子供な彼女にそこまでやらすのはあまりにも良心が痛みすぎた。
お花にはしばらく休んでからお風呂に入るように指示して、冬香は食器洗いに入る。
「あら……?」
そこでもまた一つ気付きがあった。
「こんな綺麗だったっけ……」
台所やガスコンロ付近がやたら綺麗に見えたのだ。いや、実際綺麗になっている。台所の薄汚れやガスコンロの油汚れ、そうしたものが跡形もなくなっているのである。
(そういえば部屋全体の空気もすっきりしているような……)
冷蔵庫と壁の隙間など覗いてみれば積もっていた黒い埃がない。
冬香は慌ててさっき入っていた浴室を確認する。
「ここもだ……」
ユニットバス特有の水汚れなどもない。それをやったのは間違いなくお花だ。彼女しかありえなかった。
「あれ、どうしたんですか?」
そんな浴室を覗いていた冬香の後ろから声がかかる。そこには体を拭く用のタオルだけ持ったお花がいた。
「お、お花……あのさ今日ってもしかして掃除とかしてた?」
「はい? そうですね、特にすることがなかったので、掃除用具もたくさんありましたのでやったんですけど。も、もしかしてダメでしたか!?」
掃除用具は以前に定期的に掃除しようと買っていただけでそのまま放置していた。典型的ナマケモノな彼女である。
「いや……ダメなのはこっち……どうぞお花様、私の後で申し訳ないですが、ごゆっくり……」
「え、あ、あのっ? 冬香さん???」
「何言ってるんですか!?」と言わんばかりの表情のお花を浴室に案内して冬香はため息を一つ。
「まあよくよく考えれば掃除しかすることはないかもしれないけど、お花に全部させるなんて……」
駄目人間のレッテルを自分で貼り付けて冬香は落胆していた。皿洗いだけしてちょっとやった気になっていたさっきの自分が情けなかった。
「と、とにかくこれからやればいいわ! うん、そうしましょう!」
果たして出来るかわからないが、そう決意をして冬香はとりあえず皿洗いを済ませた。
それからしばらくしてお花が浴室から出てくる。妖孤の力かわからないが既に寝間着らしい服装になっている。ただ、少し不思議だったのはその尻尾の部分をタオルでグルグル巻きにしていることだった。
「そういえば昨日もだけどそのタオルで巻いているのは何か意味があるの?」
「え? 尻尾を乾かさないといけないのでこうしてるんです。尻尾だけは乾きが遅いので」
聞けばギュウギュウに絞ってからタオルで巻いて乾くのを待つという。一昨日や昨日は何だろうと思い静観していたのだがよく考えればわかることだった。
「でも、ドライヤーとか使えばいいんじゃないの?」
「どらいやあ?」
「……こっちに来て」
家電の知識もどこまで知っているのか確認しないといけないと思った冬香であった。
「ふわぁぁ」
お花には布団の上に座ってもらい、ドライヤーからの温風を尻尾に当てながら櫛で整えていく。お花の尻尾は乾いていくとモフモフのサラサラになっていき、自然な流れで触ることが出来た冬香にとっても至福の一時であった。
(これから定期にしよう)
ふさふさになっていく尻尾を撫でているとお花が心地よい声をあげる。
「そういえば……尻尾とかってこんな触っても大丈夫なの?」
創作の世界ではデリケートだったりする部位だが、素直に撫でられているお花を見ればそんな感じではなさそうだ。
「ちょっとくすぐったいぐらいですかねー。あ、でも根本はちょっと敏感なので急に触ったりされるとビックリします」
「そうなんだ」
そこからは無言の時間が流れた。冬香も思いがけずモフモフ尻尾を堪能できたので無心で触っていた。温かくてフワフワな毛並みは触れるだけで日頃の疲れも吹き飛びそうな程、動物好きな彼女なら尚更効果は倍増されていた。
「よし、こんなもんかな。お花?」
一通り乾いたのでドライヤーのスイッチを切る。そして声を掛けた冬香だったがそれに返事はなかった。
「お花……?」
もう一度呼ぶと、お花は支えを失ったようにポフッと布団に横になった。
「ちょ、ど、どうしたの──」
「すぅ、すぅ……」
いつの間に寝ていたのかお花は規則正しい寝息を立てていた。布団の上で乾かしていたことが功を奏した。
「やっぱり眠かったんじゃない」
指だけで耳の先を触るとピクンと跳ねる。起こさないように布団をかけなおした冬香も目覚ましをセットして横になる。
「おやすみ」
横から静かな寝息を感じながら、彼女も夢の世界に旅立っていった。
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