10.まずは胃袋の掌握が基本です
そんな冬香だったが、流石に一日で色々とありすぎたのか、疲れが溜まっていたようでいつの間にか寝てしまった。
「ううん、んん……?」
次に冬香が目を開ければ既にカーテンからは薄い朝日が差し込んでおり、闇夜の暗さから一転して明るくなっていた。
「んん……」
寝起き特有の気だるさに襲われながら枕元で充電していたスマホを見れば、まだ7時を過ぎたばかり。休日のこの時間に起きることは稀で、起きたとしても二度寝をするのが冬香にとっての普通だ。
しかし今日は違った。
「っ!」
思い起こしたことは昨日に突然やってきた狐少女の姿。あろうことに一緒の布団で寝てしまったのだ。ガバッと起き上がった冬香は慌てて隣を確認する。
「あれ?」
しかし、そこに彼女の姿はなかった。
一瞬、実は今まで見ていたのが夢だっんじゃないかと思ったが明らかに彼女が寝ていた場所に小さなへこみが残っていた。しかも台所からは何か焼ける音と可愛い鼻歌が聞こえてくる。
もぞもぞと布団から起き上がった冬香はそのままフラフラと台所へ向かう。思った通りそこにはコンロの前に立つお花の姿があった。
「あっ、おはようございます! 起こしてしまいましたか?」
「いや……昨日早く寝たから勝手に起きたんだと思う。あー、おはよう……それで、なにしてるの?」
「卵があったのでとりあえず目玉焼きでも作ろうかなと、ガスコンロの使い方も確かめたかったので」
「そういえば大丈夫なの? 火の扱いとか」
色々と知識が古かったり偏ったりしていると冬香は認識していた為、大丈夫かなと思ったが意外にもそこら辺はちゃんと正しい知識を学んで来たらしい。
流石に火事を起こされたら堪らなかったので、ひとまずホッと冬香は胸を撫で下ろした。
「大丈夫ですよ、火の扱いには細心の注意を払ってますから。あっちにいたころも大変な目にあいましたし……」
そう言って珍しく遠い目をするお花を見て何があったのだろうかと気になったが、聞いてはいけないような気がして口を閉じた。
冬香はそのまま洗面台で顔を洗って歯磨きをする。窓から見える早朝の景色が何だか新鮮に見えて不思議だった。
「冬香さーん、パンはいつもどうしてますかー?」
「え、普通にそのまま食べるよー」
台所から響いたお花に返事をして顔を拭いてから向かう。さっき目玉焼きを焼いていたフライパンは今はウィンナーを炒めていた。
「何かごめんね。何もなくて」
「いえいえ、今日たっぷり買えば問題なしです。明日からはちゃんとしたのを作りましょう! 朝ごはんは一日の始まりですから!」
正直目玉焼きとパンを食べただけでもちゃんと朝食をとった気がする冬香だった。
平日は何も食べずに家を飛び出して休日は大体昼まで寝ているからだ。
「さ、それじゃ準備出来たら行きましょう! そのでかくてヤバいというスーパーに!」
「微妙に間違っている気がするけど、ちょっと休憩したら行こうか」
そしていつもより珍しく活動的になっている自分にちょっと驚きながら、冬香はお花と朝食をゆったりと済ませたのであった。
その後、お皿を洗ってから冬香とお花は駅方面に向けて歩いていた。お花は昨日と同じ着物になっている。
聞けば妖力で出来るらしいが、冬香にとってなんのことだかさっぱりだ。そのうちお花の服も買おうと決心する。
だけど今日はとりあえず駅前のスーパーだ。五階建てのスーパーで一階と二階が食品関係、それより上階はホビーや雑貨、洋服などを取り扱っている。
(ひとまずその場しのぎで下着とかは買ってもいいかも)
「ほわぁ~」
昨日スーパーに行った時よりもお花は感嘆の声をあげた。確かに大きさでいえば段違いだし、休日の昼前だからか人も多い。
「とりあえず食品を見て回ろうか。お花の買いたいのあったらいれて」
駅前の銀行でお金を引き出したので今日はそれなりに財布が潤っている。
「いいんですか? それじゃ冬香さんが食べたいのを教えてください。まずはお昼ご飯ですね!」
「いや、お昼は弁当にしよう」
「え、なんでですか!?」
「時間が掛かるし昼は楽するべき。その分夕食に力を入れるってことで」
「は、はぁ……まあ、それでいいならいいですけど。じゃあ夕食は何を食べたいですか?」
「うーん、いきなりリクエストされても難しいなー。あ、それじゃお花の一番自信のある奴でいいよ」
「私の自信のある……うーん、わかりました! それじゃ今日は私にお任せください!」
着物少女はそう言って駆け出した。
「待って待って! 場所はわからないでしょ!? ちょっとー!」
久しぶりに買い物に時間をかけた気がした冬香だったが、不思議と充実した感覚があった。ただ、色々と買いまくったせいで大荷物になり帰り道は二人ともそれなりに悲惨であった。
そんな慌ただしい日の夜の事である。
「うわ、ま、まじか……」
冬香は驚愕に満ちた声を自然と口にしていた。彼女の前にはたくさんの和風料理が並べられていたからだ。
「ふふん、どうですか! たくさん練習しましたので味も保証済みです!」
「むむむ、確かに美味しそう……」
調味料なんかもお花のいた場所とは違うはずなのにあっさりと使いこなしているあたり元から上手なのかもしれない。
メインは魚の煮つけでいつも肉や揚げ物が入った弁当が多い冬香からすれば珍しい。
「ささ、頂きましょう!」
「ああ、ご飯に味噌汁、魚に冷奴……定食屋に来てるみたい」
流石に冬香も感服するしかない。良い匂いが充満して久しぶりに本当の空腹を感じていた。
「じゃ、じゃあ頂きます……」
「どうぞどうぞ!」
冬香は恐る恐る魚の煮つけに箸を入れて口に運ぶ。口の中で柔らかい身が解れてジワッと旨味が広がっていった。無意識に久しぶりに炊いたご飯を口に入れて合わせてゆっくりと味わう。
「く、う、うまい……」
「美味しいですか! たくさん食べてくださいね! ご飯はおかわりもあります!」
「い、いただきますぅぅ」
とりあえず嫁のお花にまずは胃袋を完全に掴まれた冬香であった。
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