1.社会人と狐の少女
新連載です。どうぞよろしくお願いいたします!
本日は5話まで更新します!
「初めまして。お花と申します」
「……はい?」
「貴女様のお嫁として参りました。不束者ですがどうぞ末永くよろしくお願いします」
それは快晴の青空から静かに降る雨の中の一風景。
雑音のない神聖な神社の境内でラフな格好の女性と白無垢に包まれた少女が相対していた。
ただ、女性の方はその厳かな雰囲気の中に似つかわしくないほどに、バカ丸出しでポカンと口を開けたまま固まっているのであった。
♢
そこは不思議な場所であった。神社があったり皇宮のような建物が並んでいたり、かと思えば摩天楼のような天まで届きそうな建築物があったりと滅茶苦茶な空間だ。
その中で一人の少女が厳かな雰囲気の神社の前で膝をついていた。
「任氏様」
「来ましたかお花。少々遅かったようですが」
「申し訳ありません。準備に手間取ってしまって……」
お花と呼ばれた少女が謝ると、神社の本殿の中から一人の女性が現れた。容姿端麗で長身のスラッとしたスタイルに、綺麗な装飾の着物を着ている。彼女は謝るお花に微笑む。
「いえ、責めているわけではありません。寧ろそれぐらいの心構えと備えは好ましいぐらいです」
女性の名は任氏。見た目は美女であるが特徴的なのは頭から生えた狐の耳とお尻の部分から覗く九本の大きな尻尾である。
彼女はお花に近づくと膝を折って目線を合わせた。その目は優しく我が子を見るようで、そのまま小さな頭に手を載せるとゆっくりと撫でる。
「ふわぁ……」
任氏がそうであるようにお花の頭にも狐の耳がついていた。尻尾は一本だがふさふさで大きく、実に抱き心地が良さそうなものだ。彼女は撫でられて気持ちよさそうにしながら目を閉じる。
「お花も気が付けばもう百歳なのね……」
「はい! 任氏様のおかげでこのように健やかに育つことが出来ました!」
「私だけじゃなくて皆のおかげでしょうね。それにしても貴女が初めての嫁入りに行く時期なんて……時間が過ぎるのは早いものね。緊張はしていない?」
「少しだけしていますが……でも大丈夫です! きっと立派に尽くしてきますから!」
「お花なら大丈夫。自信を持ちなさい」
彼女らは一般的に妖孤と呼ばれる種族であった。人を化かす力に長け、日本では様々な悪事を働いた挙げ句、最終的に力を持った人間に退治される物語があるだろう。
そんな種族の中で彼女らは少し異質で、悪事を働くわけでもなく、それどころか人に寄り添い生涯を共に過ごすことを生業としているのだ。
そのうちの一人であるお花はこの前百歳を迎えたばかり、彼女は種族の決まりで嫁入りをするために人の住む里に降りなくてはならない。
今日はその挨拶に任氏の住む神社の前にやってきたわけである。
「さて、お花。貴女を送り出す前に一つだけ聞きたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう!!」
任氏はそう言うとお花の後ろに山と積んである風呂敷包みを見てため息をついた。
「その荷物は……何なのかしら?」
「これは、嫁入り道具です! 洗濯用の盥から料理用の土鍋、それからそれからですね──」
嬉しそうに説明していく家事が大好きなお花に任氏は残念そうに言った。
「お花。人の界への持ち込みは原則禁止だと、決まっていましたよね?」
「え、そうなんですか……? じゃ、じゃあこれは? 私が必死に用意した道具たちは……」
「…………置いて行きなさい」
「そ、そんなああああ」
快く送り出したかった任氏だが、目の前でワチャワチャし出したお花を見て少しだけ不安の雲が覆いかぶさった。
◆
凡そにして柊冬香の人生はあまり良いものとは呼べなかった。
義務教育を経て平凡に高校通い、そのまま流れで大学へ進学。一般的な学生として平々凡々と過ごした彼女はそのままとある会社に就職をした。
「お先に失礼します。お疲れさまでした」
その会社も一般的な企業で大きくもなく小さくもなく、しかし日常的に意味のわからない時間稼ぎのような残業が多くあり、さらに繁忙期とされる時期は日を回ってから帰る日が多いような、昨今の世間の流れにはあまり乗っていない企業であった。
仕事を終えて外に出れば既に人はまばら。冬香が会社から出たのは21時過ぎである。これから駅まで歩き電車に乗り、その後住んでいるアパートまで歩く。大体一時間ぐらいの所要時間なので帰り着くのは22時前後になるだろう。
「はあぁ」
暗い空の下、冬香は溜息をつく。その顔は闇空に劣ることなく暗かった。その理由は別に時間稼ぎの残業続きのせいではない。
「難しいなぁ。恋愛って」
彼女は数日前、一人の女性に振られたばかりであった。
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