2 タケル その2
「ちっくしょう!!」
タケルは叫びながら目を覚ました。あまりに嫌な出来事に、なにもかも信じられない。土器を仕込むなんて、神の手かよ、ばかやろう、考古学の、タブーだろう。怒りでどうにかなりそうなまま、体に違和感を覚える。
「背中痛ってぇ…」
硬くてちくちくするところに、全裸で、横たわっている。何だろう。そのまま周囲を探るようにきょろきょろすると、タケルの叫びを聞いて驚いて駆け付けたのか、何人か近寄って覗き込んできた。
「うわーーーーっ」
タケルは驚いてまた大きな声で叫ぶ。3つの、野性的な顔が、タケルを覗き込んで、不審そうに目配せしあっている。タケルは思わず両手で股間を隠す。
「縄文人だーーーっ!!」
3人は驚いてタケルを蹴る。
「いたっ、いたっ、やめて」
なにがなんだか、分からない。縄文人が、自分の近くに立っている。以前、縄文センターでみた、縄文人の蝋人形みたいな、髭もじゃもじゃの、たくましい男たち。話合う様子で、しばらくすると、どこかへ行ってしまった。
「どうなってんの。」
タケルはここに来るまでの記憶がない。体を起こして、見渡すと、竪穴式住居がいくつか見える。タケルは土の上に干した草を敷いたような場所に寝かされていて、ちょっと離れたところに薪を組んだたき火があった。
「民俗博物館か?」
発掘体験のあと、近くの民俗博物館に寄りたいと、父親にお願いしていた。そこの体験施設だろうか。それにしては気が利いている。
「それに、裸は、おかしい。」
藁を掴んで股間を隠しながら、辺りをうろうろとする。竪穴式住居は見えるもので7つほど。集落の中心には広場があり、周囲には貯蔵庫であろう、ちいさな倉庫もある。豊かでしっかりした大きな集落を再現したもののようだ。先ほどの男たちの外に、別の人影もいくつかみえる。
「なんだろう、縄文人は立体ホログラムか?」
とにかく自分の衣服を探す。どこか受付や、ロッカーになっている住居があるだろう。全裸が仕様ならもう仕方ないと、すべて丸出しで、タケルは次々と住居を覗いて行った。だれもいないところ、女がいるところ、子供と女がいるところ。つまり、受付もロッカーもない。徹底した縄文様式の再現だ。
タケルはドキドキした。
「じゃなくて!」
父親はどこにいるんだろう。タケルは冷静に考えた。たき火の近くに座って、集落を眺める。なかなか面白い。まさに本格的な縄文体験ができそうだ。
タケルはワクワクする。
「いや、だからそうじゃなくて。」
状況がつかめないまま、タケルは動かないで燃える火を見ていた。先ほどの男たちが近寄ってきて、なにやら言っている。なんと、さっぱりわからない。なにを言っているんだろう。理解できないし、どこの言葉なのかを推測できる単語すら、一語たりとも聞き取れない。その状況も設定も信じられない。
タケルは手を伸ばして、男に触れようとした。男たちは驚いて飛び退くと、またタケルを蹴ってくる。
「痛ったい、いたいって」
男たちをみる。上背は大きくなく、タケルとそう変わらないだろう。しかし筋肉のしっかりした厳つい体型をしており、輪郭もごつくて、毛むくじゃらだ。しかし、身につけている装飾品が、美しい。縄文人は質素で荒々しい野性的なものを着ているイメージだった。しかし、髪や頭に紐を付けたり、首や耳から石や骨をぶら下げ、着ている布のような服の腰に留めているベルトのような紐も、繊細で立派なものだ。
タケルはいろいろな身振り手振りで、裸であること、寒いこと、股間のこと、などを伝えようとすると、一人の男が住居に入り、がさがさした短い布と紐を、タケルに渡してくれた。少なくとも、ホログラム縄文人ではなさそうだ。
タケルは喜んで、お礼のつもりでなんども頭を下げた。ちょっと楽しくなって、その腰巻を巻いてみる。悪くない。
「もしかして、これ、VRゲームか!!」
タケルは合点がいって、俄然やる気を出した。
「すごい3DCGだな。しかも、感覚も感触も、ほぼリアル。」
自分の体を見ながらいろいろ動かしてみる。どうせならもうちょっとマッチョにして欲しかった。リアルのタケルそのままだ。縄文を過ごすには、自分の体は物足りない。骨に、白い薄い皮が、張り付いたような、ちょっと理想に遠い体型なのだ。まだ発展途上とも言える。
「まずは、なにかをクリアしないと、脱出できないんだな。」
タケルは、いままで貪欲に、情熱を注ぎ込んで手に入れた古代のあらゆる知識を、余すところなく披露してやろうとほくそ笑んだ。