2 タケル その1
2 タケル
タケルは考古学が大好きだ。小学生のころ、親に連れられて参加した化石掘り体験で、アンモナイトの化石を発見したのがきっかけで、古代史にのめり込んだ。勉強は総合的には中の上くらいだが、好きなことには
尋常でない集中力をみせ、クラスでは地味ながらも、一目おかれる存在である。タケルとしては、周りにどう思われようが特に興味はない。狙ったような黒ぶち眼鏡で、凛々しい眉と涼やかな目元の印象を薄れさせて、変わりモノの不思議ちゃんを演じる。賑やかなグループは人づきあいが面倒そうだし、あまりに地味なグループだと、それぞれの趣味がちぐはぐすぎて、合わせるのが面倒くさい。自分の好きなことだけ出来る体制を、やっと整えて作り上げ、無事に中学3年になった。
「縄文の集合住宅の、竪穴B、L字型遺構…」
タケルは、最近父親に買ってもらった自分専用のパソコンで、古代史の文献や論文などをPDFで探し出す。
『ひとまず一難から逃れたウンバボは、恐怖と痛みでそのまましばらく失神し、気が付いた時にはすでに日が沈もうとするなか、なんとか山道を這い降りるように、チンバボのもとへ戻ったのであった。目を覚まさなかったら死ぬところであった。そのまま2日ほど寝込み、チンバボに薬草の汁や、葛のスープなどを食べさせてもらい、ウンバボは体を起こすことができるようになった。
多少傷は痛むが、昼間も静かにひもやザルなどを編んで過ごすようにして、漁に出るチンバボの帰りを待った。チンバボは簗で捕らえたアユを、その逞しい腕でカゴいっぱいに抱えて、嬉しそうに帰ってくると太陽のようにウンバボに微笑む。
そんなチンバボに、なんとなくウンバボは勃起した。』
「なんだこれ。」
タケルは呆れて、ノートパソコンを閉じた。集中しすぎたかもしれない。いつも没頭すると、疲労を感じる神経が麻痺してしまう。明日は、縄文遺跡の発掘現場で行われる、こども発掘体験会へ父親と出かける予定だ。実は楽しみで眠れないのだが、いいかげんもう夜中の1時を過ぎた。
「なにか発見して、新聞に載ったりして!」
タケルはベッドの中で興奮して、自分の雄姿を思い描きながら、いつの間にか眠りについた。
翌日、縄文遺跡の竪穴住居跡にて、一部を子供たちに開放して発掘させるイベントが開催された。この縄文遺跡は、すでに建設予定のトンネル用地からみつかったもので、この体験会がおわり、その他学芸員、研究者による調査が終わると、埋め戻されてしまう場所だ。竪穴住居の、台所跡と、小さい貝塚で、小学生から高校生の子供20名ほどが、専門家の指導をうけながら発掘調査体験を行った。
タケルは、持参した刷毛やスクレイパー、竹の串や割り箸なども利用して注意深く土を掘っていった。貝塚の貝の化石は、最後に記念として持ち帰れるらしい。
タケルは少しずつ削るように、慎重に作業を進めていた。指導員もタケルの繊細な作業に感心した。すこし土を崩して硬いひっかかりがあるところをえぐると、人工的な、小さな、なにかの道具の一部が姿を現した。
「出た。」
静かに、掘り出してゆくと、タケルの手のひらほどの、甕であろうか、縄文土器の欠片が出てきた。
「やった。」
まだ誰にもバレないようにそっと欠片の土を取り除く。
「ハァ!?」
タケルはそれを見て、つい声が出そうになって、ごまかして咳払いをした。その縄文土器の欠片に、非常な怒りが込み上げてきた。欠片の表側だろう、文様のようなでこぼこと、裏側の滑らかな部分で、いくらか湾曲しているその出土品。
「くっそ!なんだよこれ、仕込みかよ、ふざけんな!!」
怒りで涙が出そうだ。
「バカにしてんじゃねえよ。こっちは、本気なんだよ。」
タケルは怒りに堪え切れず、立ち上がるとその欠片を力いっぱい投げ捨てた。あまりに感情がこもり、自分を押さえきれずに、足元が滑って体のバランスを崩してしまい、タケルはひっくり返った。
そのまま派手に倒れて、タケルは気を失った。
その、タケルが発掘した縄文土器の欠片には、鉛筆のようなもので、いたずら書きがしてあった。
『ヤマト、ここに死す』