1 ヤマト その2
「っさみっ!」
ヤマトは目を覚ますと、全裸でどこかの森に放り出されていた。夜だ。山の中で、木が生い茂り、フクロウが鳴いたり、そこらじゅうでガサゴソ音を立てて野生の獣のような気配がする。
「やっべ、誘拐された。」
寒さも裸もヤバいが、とりあえず逃げなければならない。明りを求めて、裸足でそろりと森を移動する。どちらに行っていいかまったくわからない。森の音しかしない。道路が近ければ、車の音がするはずだ。すこし景色が見えるのが、月の明かりのおかげであろうか。方角がわかるような、木のない開けたところを探すように、ヤマトはとにかく移動する。石や小枝が足の裏に当たって痛い。つま先もぶつけてばかりで、足の指の爪が、ぼろぼろになりそうだ。
「痛ってぇ…どこだよ、ここぉ…」
しゃがみ込んで丸くなり、両手でつま先を押さえる。泣きそうになったときに、藪の中からなにか大きなものが飛び出してきた。
「ぎゃーーーっ!」
ヤマトは慌てて、飛び上がり、はいずり回って身を守るように頭を抱える。シカがガサガサと、藪の奥から次々と飛び出てきて、ヤマトのすぐ脇をすり抜けて移動してゆく。メスの群れか。
「シカ…」
ヤマトはシカの群れが遠ざかる音を聞きながら、山を下るか、登るか、考えた。山で道に迷ったら、登れ、というバラエティ番組をみたことがある。
「どこかわからない場所なのに、登るか下るか考えてもどうしようもない…」
森の様子が、山岳地帯ではなく、里山の雰囲気だったので、ヤマトは緩やかな斜面を下る方に向かって移動して行った。次第に気持ちが焦る。いくら進んでも、周囲の状況になんの変化もない。同じような木々、同じような地面、同じような空気。
「うわっ」
疲労と不安で、精神力がもたない。絶望的な気持ちで進む意欲を失った時、足を踏み外しそうになってしまい、なんとかバランスを取り踏みとどまる。ちょうど涸れ沢のようなところが、ヤマトの足元にえぐれて現れて、段差になっていた。もし勢いをつけていたら落ちて怪我をするところであった。沢になっているところが森を切り取って、ヤマトに空の月明かりを見せる。
「えっ!?」
空に、月はない。ものすごい、星が、ひしめき合うように輝いている。ぎっしりと、見たことがないくらい空を埋め尽くす光の粒が無数に見える。
「すっげぇ…」
ヤマトは目が離せなかった。去年の林間学校でも、みたこともないくらいの星空を、クラスのみんなで見上げて盛り上がった。その時の、特別な思い出を、遥かに凌駕する、この満天の星空。
「すげえ、…すげえ星。」
星空に見惚れながら、ヤマトは、涸れ沢に沿ってまたしばらく山を下りた。先の見えない行方に、途方に暮れて、ヤマトは体を横にできる岩影をなんとか見つけると、夜の移動はあきらめて、次の朝を待つことにした。