1 ヤマト その1
『翌日、海の男たちへのお礼のため、二人は北北西の森に入って、大きなシカを仕留めた。ウンバボが作った、チンバボの手によくなじむ弓を使い、矢を放った。倒れるシカに二人で飛びかかり、押さえつけてとどめを差す。立派な角を持つ堂々とした雄鹿の、首を落として毛皮をはぎ取る。ウンバボが手際よく解体する間に、チンバボが集落の男たちを呼んで、みんなで手分けしてシカを運んだ。立派なシカをみんなにもたらすウンバボとチンバボは余計に引き留められたが、その夜のシカの宴で、二人は集落から離れることを告げた。
翌朝、夏の名残を惜しむように、二人は浜辺を駆け回った。光る水面に、輝く日差し。青い空と、青い海。思うままにひと泳ぎして濡れたからだで、海藻をつまんで食べるウンバボを見て、なんとなくチンバボは勃起した。』
ヤマトはそこまで読むと天井を仰ぎ見る。
「なんだこれ。」
こんなものを読んでいる暇はない。もうすぐ、高校受験なのだ。しかし、正直あまり興味はない、というか実感がない。受験は受かればいいのだ。成績はひと桁だしなんの不安もない。どうせ公立なのでトップ入学する必要もない。花形のバスケ部でキャプテンだし、調理実習で女子が作ったものは大抵自分に集まってくる。教師にも調子をくれてうまくやっているし、正直チョロいこと人生を過ごしている。
「アメリカとか行ってちがう生活したいよな。こんな平凡な、一般の生活は、俺には似合わない。」
しかしながらヤマトは一般の、普通の家庭の、なんの特別なこともないただの中学3年生だ。脳内での自分だけが特別感あふれる選ばれし存在だ。しかし、自分の生い立ちにはなんのスペシャルはなくとも、もちろん可能性は無限大である。いまから目指せば、なんにだってなれる。それが、中学生だ。
「あーー、もっと、俺のすごさを、ちやほやされたい!」
そういってヤマトは椅子の背もたれいっぱいに伸びをする。
「っっ!!」
そして椅子のバランスを崩したヤマトは気を失った。