第8話 限畍の後 ~ゲンカイのアト~
灯台で螢は息切れしている。灯台の下が騒がしくなっており、敵が来たことは分かっているが、動くことが難しい。そろそろ限界だな。螢は壁にもたれた。
*
糟谷夫人は、引き続き語っている。
「一昨日の夜、居酒屋の個室で事件は起きました。隣の個室に、私たちの"敵"がいたのです。敵は、私たちがいることを知らずに酒におぼれて発言しました。聖地を壊した本人であることを示唆するような発言を……。彼は、私たちの同胞であり、裏切り者だったのです。てっきり、聖地が壊される時に、逃げ遅れたか別のグループと逃げたと思っていたのに……」
夫人は、そこで話を終えた。ケンは、ヤイバやシェイに聞こえるだけの小さな声で
「元々は大勢いたうちの1人が、裏切ったってことか……」
「あぁ……、俺たちにはどうすることもできない問題だ。ただ、できることとすれば、これ以上の罪を重ねないように止めることだけだな……」
ヤイバはそう言って、糟谷頭領たちに背を向け、シェイの方を向く。すると、
「シェイ?」
ヤイバの心配する声にケンも振り返ると、シェイが藻掻き苦しんでいる。ケンとヤイバが駆けつけると
「魔法の限界が来たみたいだ」
「限界? 翻訳の魔法のか?」
ヤイバは、現状として知っている魔法のことかと聞いたが、シェイは首を横に振り
「俺の魔法じゃなくて、俺に魔法をかけたやつの限界だ……」
「魔法をかけられていたの?」
ケンが心配そうに聞くのでシェイは、
「サポートの魔法が切れる。詳しくは、後で話すけど、姿が変わっても、攻撃するなよ……」
そう言って、シェイの意識が薄れゆく。
シェイにかけられた変化の魔法は、すでに解かれていた。通常ならば、すぐに元の姿に戻るのだが、事情が通常と異なっていた。変化の魔法の消費を発動者とシェイ本人の両方で補っていた。呪詛石により魔法が使えないシェイが、魔法を使えるようになる。それがどれほどの魔力によって成り立つのかは、だれも分からない。少なくとも、シェイ単独の魔法で持続するのは1分が限界だった。夫人の自白が終わるまで、シェイは無理矢理継続したのだ。翻訳魔法と継続魔法。結果、魔力は底を突いた。
少しして、シェイが目覚めて一言呟いた。
「この呪詛は、いつ解けるんだろうな……」
「意外と、短い眠りだったな。2分だぞ」
そう言ったのは、ヤイバである。目の前の変化に、理解が追いつかないが、シェイが2分ほどで目覚めたのでそう言った。
「話せば長くなるんだけど、見ての通り……。そういう呪いにかかっている」
シェイは飛蝗の姿で、ケンとヤイバを見上げてそう言った。
*
エンジン音は気にならない。アクセルを踏むと、マフラーからの音が思いの外デカい。
「これ、見つかるじゃないですか」
と熊沢はバイクに乗って言った。フロールが、物の時間を巻き戻す魔法で動かせるようにしたのだが、どうやら予想よりも音が出る。
「でも、無いよりは……」と、熊沢が苦渋の決断。
「作戦をおふたりに伝えます。”志乃さんは、途中でお嬢ちゃんと行動してください。私がこのバイクで注意を引きつけますので”。お嬢ちゃん、途中から志乃さんをよろしくお願いします。私が注意を引きつけますので、その隙に灯台の中へ潜入してください」
「分かった。くまたん、頑張ってね」
「お嬢ちゃんこそ、頑張ってください。呉々も、無茶はしないように」
「”熊沢さん、フロールさん。私のために、ありがとうございます”」
志乃とフロールはバイクの後方に乗り、熊沢は2人が正面から見えないように運転する。
「灯台の手前で一度、バイクを止めます。そのときに、草むらに一度身を隠してください。私のバイクで奴らの視線が灯台から離れたら、その隙に」
熊沢はフロールに作戦を再び伝えた。
灯台の前では、柴山が扉に体当たりや蹴飛ばすなどして、無理矢理開けようとしていた。
「”扉が開かねぇ……”」
灯台の外は頑丈にできており、施錠されて入れないようだ。眞勢は、灯台を見上げて
「”中にあの子がいるかもしれないのに、これじゃ、どうすることもできないわね……”」
手を拱いていると、近くからバイクの音が聞こえてくる。それも近づいてくる。
「”誰かが、バイクに乗ってる……?”」
すると、自分達の後方を熊がバイクに乗って、アクセルを吹かして、マフラーの音が。
柴山は熊を見て、すぐに思い出した。
「”昼の熊人間!”」
「”協力者かもしれない……。追うわよ”」
「”相手はバイクだぞ”」
「”この島は無人島。だからそんなに燃料はないはずよ”」
眞勢と柴山が、熊沢たちの作戦どおり灯台を離れる。フロールと志乃は、灯台の扉に近づき、ノブを回すが開かない。すると、フロールが館で実践した解錠魔法を発動し、ドアの施錠をいとも簡単に解除した。
フロールがもう一度ドアノブを回すと、扉は開き、2人は中へ。中からは、ドアロックを回して施錠した。ここまで、作戦どおりに進んだ。フロールと志乃は、階段を上る。灯台の光で、そこまで暗くは無い。
上までのぼると、志乃が一目散に走り出した。言葉を発しているが、フロールは分からない。志乃が駆け寄った先に、1人の少年(もしくは少女)が壁に凭れて気を失っている。
(たぶん、あの人が、螢さんかな)
状況から、フロールはそう思った。ただ、螢の意識がまだ戻らないのが気がかりである……。
To be continued…
シェイ君が飛蝗に戻ったけれど、
文章上は飛蝗とシェイで使い分けしてませんので
以降もシェイと飛蝗の両方の表現が出てきますが、姿は飛蝗です。