第5話 獸の眼光 ~ケモノのガンコウ~
漁師を装うこの集団の目的は分からない。でも、断片的に分かることを整理すると……
龍淵島の半分が崩れ、金銀財宝が海に沈んだ。それを探すべく、見つかりにくい夜に島の近海で捜索している。そして、少女に何かを見られた。
糟谷夫妻は笑った。不気味に笑う。
「これでは勝てぬか……。手加減はなしだ。こちらも本気で行こう」
そう言うと、糟谷頭領は声を上げ上半身の服を破き、獣の姿を曝け出す。狗吠により威嚇するようだ。
シェイは魔力の残量を確認しながら
「どうして、大柄な敵が本気出す時って、服を破きたがるんだろうな」
「さぁな。まるで獅子だな……」
と、ヤイバは剱を構え直す。ケンは一呼吸の後、
「負けるわけにはいかない。手を抜けば、それ相応の被害が出る」
ケンとヤイバは、黎明劔隊と逢魔劔隊の発足直後の騒動に巻き込まれ、多くの被害を出した。もう負けられない。過去、勝敗だけで見ると、ケン達が快勝したことは無い。
「お前らは、知りすぎる前に、葬り去ってやる」
糟谷頭領こと獅子のような人物は、鋭い牙を見せ、眼光で3人を睨む。どうやら判断は速いようだ。普通なら、知りすぎた時に消されるのだろうが、今回は知りすぎる前に消されそうだ。
「ケン、ある程度の殺傷は覚悟しろ」
「分かってる」
ヤイバに言われ、ケンは覚悟しているようだが、ケン自身ではまだ迷っているようだった。
「魔力は回復するまで時間がかかるから、もしものとき以外は期待しないでくれ……」
シェイは自分が無力であることを痛感していたが、もしものときは、魔力が空になっても魔法で援護する覚悟だ。
頭領は鋭く伸びた爪でヤイバ達を襲う。大きな肉体ではあるが、その動きは素早い。左の爪をヤイバが剱で防御するも、頭領の力が強い。子どもと大人の力の差が現れている。
振りかぶった右の爪を、ケンが剱で食い止める。両手を止めても、口の牙が襲う。ヤイバは、もう一本剱を鞘から素早く出して、牙の攻撃を防ぐ。元々3刀流のヤイバだから、2刀流はいい加減ではない。
「まだまだ」
頭領は、今の体勢から一度ひいて、すぐに体を捻りながら、右の爪を高速で振る。ヤイバが2本の剱をクロスさせて防ぐが、弾かれる。すぐに次が来る。ヤイバは弾かれた体勢のまま後退して、ケンが次の攻撃を処理する。
攻防は一度でも気を抜けば、大きなダメージとなる。一方、シェイは、戦いに参加しない夫人の方に注意を払う。いつ割り込むか分からない。まだ何も仕掛けてこないのが謎だった。現状、1対2である。夫人が攻撃に参加すれば、ケン達は圧倒的に不利である。2人というアドバンテージがあって、やっと同等に戦えているのだから。
それに、下の階から応援が来ない。仲間が多いあちらの方が優位である。
*
納屋の外が騒がしい。熊沢は、隙間から外を見る。フロールが目を覚ましたらしく、瞼をこすりながら
「どうしたの?くまたん?」
熊沢は、フロールの方を向いて、口元に人差し指を立てた。フロールは声を抑えて
「外に誰かいるの?」
「えぇ。おそらく、彼女を探しているのかと」
熊沢の想像通り、外の人物達は志乃を探していた。建物をひとつずつ、中まで調べているようだ。このままでは、納屋にまで捜索の手が伸びるのも時間の問題だ。
「このままだと、非常に危険です。隠れるか逃げないといけないですね」
「でも、こんな真っ暗だと逃げ切れるの?」
フロールは心配そうに言った。熊沢は、いつもの調子で嘘でも「大丈夫ですよ」と答えるべきだろうが、言えなかった。 相手がどんな武器を持っているか分からない。
外には少なくとも2人はいるみたいだ。シェイが漁港で畔柳が話すのを聞いていた。
『”頭領からの指示だ。眞勢と柴山は、あの少女を探せ。夜は動かないだろうし、どうせ一人だ。鴨志田と河邉、記井は、俺とともに海上捜索に行く”』
つまり、眞勢と柴山であろう。眞勢は、長髪の女性で年は四十ぐらいだろうか。柴山は細身の男で、こちらも四十ぐらいだろうか。会話が辛うじて聞こえるが、姿が見えないというのに、頑なに両者の名前を言わない。
「”一体、何処に行ったんだ……”」
「”そう遠くまでは、逃げられないでしょ。協力者でもいない限りは”」
と、眞勢は言うが、柴山は協力者がいる可能性を考えているようで、
「”もし、その協力者がいたとしたら? 現に、無人島のはずなのに、なんで人がいるんだ?”」
「”ただ、本部が動いたとしても……、この島にたどり着くまで、まだ時間はあるはずよ”」
眞勢の言う"本部"とは、何のことであろうか。少なくとも、眞勢達にとって、味方ではないようだ。
柴山は苛立っているようで、転がっていたバケツを蹴り上げたり、ドアを蹴り破るなど乱暴に探す。
「”どこにも……、いないじゃないか!”」
「”そんなに暴れたら、敵対してしまうわ。あわよくば、味方にできるかもしれないのよ”」
眞勢の考えでは、志乃の状況次第で、この島に誰もいないことを告げ、頼れるの者が私たちしかいないことから、無条件に仲間にすることを目論んでいるようだ。頼れる者がいないと知ると、1人では何もできない。判断は1つしか無い状況をつくる。
だが、その話は熊沢に筒抜けである。ここまで目論見がはっきりしていると、志乃が眠っているのが唯一の救いであろう。彼女が聞いたらどう思うだろうか。
「お嬢ちゃん、私たちの目標を決めましょう」
「目標? いっぱいあるけど……」
フロールは右手の親指から順番に数を数える。
「ひとつ目は、飛蝗くんと合流すること。ふたつ目は、彼女を安全な場所に逃がすこと。みっつ目は、私たちの帰還です。他は?」
「あの人達が悪いことをしてるのなら、止めたい」
「お嬢ちゃん、なかなか難しいことを言いますね……」
熊沢は漁師を偽る彼らの正体は全くもって想像できていない。それに、星空 螢という人物も見かけていない。彼女を救うなら、コンタクトがあってもおかしくはない。
「相手の全貌が分かりませんし、相手が極悪かも分からないですよ」
「でも、志乃ちゃんを探しているみたいだし、船に閉じ込められていたんでしょ?」
フロールは純粋に、志乃を本当の意味で救いたいと思っているのだろう。熊沢には、それがダイレクトに伝わる。
ただ、謎が多い。魔法を自由に出せないフロールと、ジョークぐらいしか言えない熊沢。2人だけでは、志乃を守りきれるか怪しい。全滅の場合もある。シェイ達の行動を待つべきだろうか。ただ、シェイが彼らを怪しんでいればの話だが……。
熊沢が考え込んでいると、フロールは声を抑えながら
「くまたん、外見て」
「何かありました?」
熊沢が外を再び覗くと
「”ここだけ誰かが歩いた後があるな”」
冷静になった柴山が、真新しい痕跡に気付いた。この近辺はアスファルトではなく、ある程度硬い土ではあるが、植物が折れているなど、よく見れば最近誰かがいた痕跡がある。隠れているとはいえ、そこまで考えていなかった。浅はかだった。ちゃんと、周辺にまで気を配るべきだった。
「まずい展開になってきました。もしかすると、居場所がバレるかもしれません」
熊沢は周りを見渡す。最悪、壊れた農具を使えば時間は稼げるだろうか。眞勢達の足音が、納屋のドアの前まで徐々に近づいてくる……
To be continued…
早いもので、2018年も終わりが近づいています。
『龍淵島の財宝』は年を越して、もう少し続きますので、よろしくお願いします。
よいお年を。