第3話 變化の兆し ~ヘンカのキザし~
少女の名前は、櫟原 志乃という。"櫟原"という漢字は、"くぬぎはら"とも読むため、彼女のことを"いちはら"と呼ばず、"くぬぎはら"と誤って呼ぶ者もいるらしい。ただ、少なくとも漢字圏ではないフロールにとっては、読み間違えはないだろう。熊沢さんも、"いちはら"と言われて、この漢字は思いつかなかった。熊沢さんでも、書かれても読めない気がするが……。
「”ところで、どうして、あんなところにいたんですか?”」
熊沢さんが日本語で問いかけると、志乃は
「”それが、大人達に追われて……”」
「”どんな人にですか? 辛いことだと思いますが、私とお嬢ちゃんが協力しますよ”」
「”大勢の人たち……。私は何もしてないのに……”」
そう言って、落ち込む志乃。フロールは言葉が通じなくとも、懸命に元気づけようとする。
「”そうだ。螢は?”」
「”ケイ?ですか?”」
「”彼が助けてくれたの……。手を差しのばしてくれたの”」
「”私たちは会ってませんね。では、まずそのケイという少年を探しましょうか。特徴を教えてください。”……。お嬢ちゃん、どうやらケイという少年を探すことになりそうです」
熊沢さんは、漁港で少年3人(シェイ、ケン、ヤイバ)と会っているが、名前は聞いていなかった。聞いていなかったので、その中にケイという人物がいる可能性はあったが、志乃のために敢えて言わなかった。今の状態で、落胆して欲しくないからだ。
「”あと、差し支えなければ、追われる前の話を聞いてもいいですか? 何か分かるかもしれません。お嬢ちゃんにも同時通訳するので、ゆっくりとお願いします”」
熊沢さんは、志乃の話をフロールに分かるように同時通訳する。志乃によると、
*
直近で覚えていること。格子。鉄ではなく、木製の格子が視界を遮る。大きく体が揺れる。床や壁も揺れる。船の中のようだ。
志乃は、腕を後ろで縛られていた。身動きが取れない。しばらくして、気を失った。
次に目が覚めると、砂浜にいた。縛られていたロープはボロボロで、自由に行動できる。志乃は、海岸から逃げる。しばらくして、人々の声が聞こえる。自分を探しているようだと感じた。
無我夢中で逃げて、日没し暗闇が襲う。洞窟かそれとも森林か、はたまた建造物の中なのか。少女はボロボロになった衣服と心身で、力の限り走る。後方では、人々が叫んでいる。
物陰を探し、身を隠す。人々はこの暗闇の中、焦っている様子で
『”畔柳さん、見つからないです”』
『”やむを得ん、糟谷頭領に報告して、捜索範囲を広げるぞ。この島から逃げられまい”』
足音が遠のく。しかし、疲弊により、その場から動けない。そこに
『”お困りかな? 力を貸そうか”』
と、フードを被った少年?少女?が、手を差し伸べる。声は中性的で、フードにより顔が分からない。口元だけでも性別は判断できない。志乃が『”きみは?”』と聞くと、
『”螢。星空 螢”』
そう言った。
*
「”星空 螢。性別が分からないような、中性的な子ですか”」
熊沢さんは、漁港であった少年達は合致しないと考えた。やはり、言わなくて正解だったようだ。
「頭領って?」
フロールが熊沢さんに翻訳された話を聞いて、そう聞いた。
「団長と言いますか、簡単に言えば一番偉い人ですね。代表ですよ」
おそらく、漁港にいた人物の頭領が糟谷という人物だろうか。ただ、臆測でしか無い。確証を得たい。
「今晩は、身を隠した方がいいかもしれませんね。明日以降、何が起こるのか。もしものときは、お嬢ちゃんの魔法でお願いしますね」
「本が無いから……」
「家で練習してたのでは?」
熊沢さんがそう言いますが、フロールは首を横に振ります。フロールの強みである魔法ですが、まだ頼れるだけの域に達していないようです。
*
夜の漁港。シェイたちは、漁港近くにある建物で作戦会議中である。漁師達とは完全に別の建物である。ただ、その方が都合がいい。向こうから監視は来ないだろうし、ある程度大胆に動く。ただ、見つからないように。
頑なに名前を出さなかったが、部外者がいなくなれば、普通に喋っていた。
「”頭領からの指示だ。眞勢と柴山は、あの少女を探せ。夜は動かないだろうし、どうせ一人だ。鴨志田と河邉、記井は、俺とともに海上捜索に行く”」
「”畔柳さん、他は?”」
「”おそらく、もう捜索に向かっているはずだ。早く見つけたヤツに報酬が多くなるとでも、嘘を言ったのだろう。龍淵島近海で海保や他の船舶に見つかったらアウトだ。昼間の海がもっと落ち着いていれば、こんな夜に捜索しなくてすんだものを……”」
畔柳という人物が、頭領からの指示を伝えているようだった。シェイは、ケンとヤイバにそのまま翻訳して伝えると
「何か、捜し物か?」
ヤイバは、考えられそうなことをいくつか頭に浮かべる。ケンは、自分達の国には無いものが気になり、
「"カイホ"っていうのは?」
「確か……、海上保安庁だったかな。早い話が、海の警察だな。警察はさすがにあるよな?」
と、シェイ。畔柳たちの会話から、龍淵島近海も海上保安庁の管轄内らしい。どうやら、龍淵島は、未知とか空想とかの国では無い。おそらく
「海上保安庁に言葉や名前から考えるに、この龍淵島とかいう島は、日本の島みたいだな」
「日本……」
ケンとヤイバは何故か一瞬反応が遅れ
「もし日本が遠い外国ならば、同じ世界ということか?」
ヤイバが結論を急ぐような言い方をするが、ケンは冷静に
「多分、それは分からないと思う。同じ世界かどうかなんて……。未来とか過去とかってことも考えられるし……」
この世界が同じ世界である可能性はあるが、確証を得られるには、どうすれば良いか。かなり難しい問題だろうが、今はそれよりも
「頭領の方に向かうか、海に向かうか……」
シェイはケン達に判断を委ねるようで
「海は追えないだろうし、遮るものがないから、見つかるかもしれないね」
ケンの言うとおり、いくら暗いとは言え、見つかる可能性が高し、そもそも船が無い。
「潜入ってなると、そっちもリスクはあるな」
と、ヤイバ。リスクなくして、得られるものはなさそうだ。シェイは頻りに自分の右手の指を確認し、
「ある程度なら、見つかる確率を減らせるかもしれない」
To be continued…
『黒雲の剱』でよく異字体を使っているので、こっちでも各話タイトルに異字体とかを使用したけれど、読めないね。