第19話 それぞれの歸還 ~それぞれのキカン~
鐘の音が鳴っている。さらに、フロールが
「鐘の音以外に、耳がキーンってする」
と、高い音について指摘する。でも、熊沢は
「私には聞こえないですね。聞こえる帯域が違うからですかね? 飛蝗君は?」
忘れてはいけない。フロールの前では、シェイとは呼ばず、飛蝗君と言った。フロールが素朴な疑問として、
「飛蝗君って、耳はあるの?」
「えっ、それ……今、聞くの?」
せめて、館の中で最初に会った時に聞くようなことではないだろうか。しかも、ここまでかなりの会話をしている。唐突な質問に、シェイも回答に困っている。
ちなみに、飛蝗の耳は胸と腹のあたりにあるそうです。
「なんか、変なにおいしないか?」
ヤイバがそう言った。まだ仰向けのままだ。ケンはにおいを嗅ぎ、
「確かに、食べ物じゃ無いけど……、芳ばしいというか……」
と、感じたままに言った。さらに、ヤイバは外の様子に気付いて
「船が光を発してる?」
全員が船を見る。フラッシュみたいだけど眩しくは無い。
シェイは考え込み、
「最初に聴覚……。次に、嗅覚。そして、視覚……」
すると、ケンがひとつの可能性に気付く。
「これ、船からの攻撃じゃ無いのか?」
なぜそれに早く気付かなかったのだろうか。この攻撃が何かは分からない。でも、もしも何らかの暗示や一種の催眠のようなものだとしたら、意識のある今のうちに逃げなければ。
灯台の階段を急いで下りる。途中にある扉を、フロールが魔法で解錠する。
中は狭く、窓も無い暗い部屋だ。そこに、知っているものが2つある。1つは、熊沢が不注意で開けた、黄色と黒のゼブラ柄の扉である。もう一つは、直径が1メートルの"時空の狭間"である。まだ苦労せずにくぐれそうな大きさだ。
音やにおい、それに壁を挟んでも瞬くような光の変化が、まだ続いている。
別れの言葉は、短く。事が事だけに、急いで戻らねば。
ケンは、フロール達に
「いろいろ、ありがとう。頑張ってね」
シェイがいなければ、言葉が通じなかった。熊沢のバイクによる合流がなければ、灯台に行く前に状況を把握しきれなかった。フロールの魔法が無ければ、首長竜のときや船からの攻撃も防ぎ切れなかった。
シェイは、ケンとヤイバに
「こちらこそ、助かったよ。ありがとう」
ケンとヤイバがいなければ、糟谷頭領の情報や戦闘を対処し切れなかっただろう。それに、船からの刺客についても、魔法の使えないシェイと、戦闘はできない熊沢では太刀打ちできなかった。
「また会う時は、ゆっくり話せる時がいいですね」
と、熊沢。ヤイバもそれに賛同し
「次に会うときは、このあとどうなったかの話でも聞かせてくれ」
別れは、笑顔で。こんな状況だけど、短い期間を助け合った仲である。フロールが最後に
「またみんあで会おうね」
"みんな"には、志乃と螢も含まれている。次に会えるのは、果たしていつだろうか。それぞれが、もとの世界へと戻る。
*
朝6時。ワイドショーは、トップニュースとして、糟谷容疑者たちの事件と、龍淵島の壊落を報じていた。報道の内容は、30分前に行われた警視庁の記者会見の情報に基づいている。
「昨夜、龍淵島にて糟谷容疑者をはじめとする13人の容疑者が逮捕されました。この事件は、先日、居酒屋にて、被害者に集団で暴行し、被害者の持ち物を盗み、さらに船を盗んだという事件でした。糟谷容疑者たちは、昨夜まで危険海域に指定されている龍淵島で身を隠していたところ、警視庁の特課が逮捕したとのことです。糟谷容疑者たちは、容疑について全面的に認めており、盗んだ物がもともと盗難品であると供述しています。警視庁の調べによると、もともと盗難品であった証拠が見つかったとして、被害者である水上容疑者を窃盗の疑いで逮捕しました」
さらに、龍淵島に関して、
「続いてのニュースです。政府は、龍淵島近海の危険海域に指定されている範囲を広げる発表をしました。昨夜の捜査の際、龍淵島の壊落の可能性が高まっている事が分かり、危険海域を広げるとのことです」
今回の事件と、龍淵島に関してはトップニュースだったが、あることに関して全く触れられなかった。
糟谷たちの正体については、警視庁が記者会見で触れなかったため、報道されないのは理解できるが、空に現れた船について、何も情報が報道されていない。カメラや機械に映っていないから、報道されないのではない。まるで、船が空に現れたこと自体が、なかったことになっている。
間近で見た悠夏でさえ、本部に戻っても船のことは何も言わなかった。
本部でメンテナンスを終えた警部は、
「龍淵島では、信じられない光景でしたが、あのあとどうなったんですか?」
「あのあとって? 容疑者を捕まえた後のこと?」
「いえ、船ですよ」
「船? あぁ、畔柳たちが乗ってた船の持ち主について? 実はあの船、畔柳の知り合いの船だったことが分かって、その人は一旦被害届を出したけど、船が無事だったことと、事情を知ったらしくって、被害届を取り下げるみたい。被害者が被害届を取り下げるのであれば、警察としては、これ以上船の窃盗に関しては、何も言えない」
悠夏がそう答えたことに対し、警部は眉間に皺を寄せた。まぁ、ロボットなので、本当に眉間に皺は寄せられないが。そんな表情に感じられた。
「警部?」
「全然違います。忘れたんですか? 宇宙船ですよ」
警部が直球で言うと、悠夏は笑って
「宇宙船? 警部、何の冗談ですか? 龍淵島で、いつの間にかシャットダウンしていましたし、ウイルスにでもやられたんですか?」
「宇宙船、見たでしょ? もしかして、記憶を消されたとか……?」
「警部、これから容疑者一斉逮捕に関して、特課の報告に行きますよ。変なこと言わないでくださいね」
どうやら、唯一覚えているのは、シャットダウンしていた警部だけのようだった……
*
紅ずきんが目を覚ますと、館の廊下にいました。すぐに、飛蝗くんと熊沢さんを起こします。
「みんな、起きて」
「もう朝ですか? Good morning」
と言いつつ、熊沢さんは欠伸をしました。眠そうです。飛蝗君も目を覚まして
「なんで、廊下で寝てるんだ……?」
「確か、くまたんが扉を開けて……。あれ?」
紅ずきんは、そこで記憶が途切れているみたいです。扉を熊沢さんが開いたのは覚えていますが、その直後のことが思い出せません。
「なんか、変なdoorでも開いてしまったんですかね……?」
熊沢さんも、覚えてないみたいです。そうなると、飛蝗君は
「……。全然、思い出せない」
どうやら、全員が龍淵島での記憶を失ったようです。
「まぁ、いっか。館の出口を探そう」
紅ずきん切り替えがが早く、館の脱出方法を引き続き探すようです。
*
焚き火の火は、かなり前から消えている。ケンとヤイバの耳元に、聞いたことのある声がする。
「ケン兄ちゃん? ヤイバさん?」
目を覚ますと、声の主であるニンと、その兄ジンがいた。ジンは
「こんなところで野宿か。風邪を引くぞ」
ケンは、目を擦って
「あれ? ファクトリーシティに行ってたんじゃ?」
「うん。戻ってきたよ」
と、ニンが元気そうに言う。ジンは、ヤイバが体を起こさないので
「ヤイバ、大丈夫か?」
ヤイバは、かなり倦怠感に襲われているようで
「なんか、とっても疲れた」
「外で寝るから、疲れが取れなかったんじゃないか?」
と、ジンが言う。ヤイバは「そうかなぁ」と、否定も肯定もしなかった。どうやら、宝玉を使用したことを忘れているようだ。それどころか、見覚えの無い空の水筒に気付いても
「こんな水筒持ってたっけ?」
螢のことや龍淵島での出来事を覚えていないようだ。
*
目の前には、海峡と大きくて白い吊り橋が見える。海峡には、潮の流れによって出来る渦潮が発生している。
螢は、志乃がさみしそうな表情をしているので
「大丈夫。またみんなと会えるよ」
「うん」
志乃も頭では理解しているようだ。でも、くぐる前は溢れそうだった涙の雫が、くぐったあとに溢れた。螢と志乃は、フロールやケン達のことを覚えている。志乃をもといたところに、最後まで送り届けるため、螢は一層気を引き締める。
彼らの冒険は、まだ終わらない。これからもいくつもの困難が待ち受けているだろう。再び会える日まで、それぞれ自分達の道を歩み出す。
ケンやフロール、悠夏達は、船から聴覚・嗅覚・視覚などを利用した攻撃により、渦中の記憶を失った。もしくは、封じられたのか。いずれにせよ、思い出せない。だけど、再会した時に、少しでもキッカケがあれば、全てを思い出せるだろうか。
龍淵島の財宝である、守護石かつ首長竜は、船に捕まった。まだ解明されていないことがある。空飛ぶ巨大な船の謎。螢と志乃の昔の記憶。
龍淵島の物語は幕を閉じるが、まだ冒険は続きそうだ。
THE END...
最終回。最後まで、ありがとうございました。
『紅頭巾Ⅱ』×『黒雲の剱』第3部×『エトワール・メディシン』×etc...
それぞれの作品と、さらに螢と志乃の新たな物語も考えておりますので
今後とも、よろしくお願いします。




