第13話 被疑者の供述 ~ヒギシャのキョウジュツ~
警視庁での取り調べが始まる。居酒屋での暴行と盗みについては、あっさりと認めた。
眞勢 妙子。42歳の女性。犯罪歴は無し。出身は三重県管轄の龍淵島地方。現在、東京都在住で、専業主婦。内職を主に行っている。住まいは、築78年のアパート。他の犯行一味と同じアパートで暮らしている。事件当夜について、
「糟谷さんが隣の個室との壁に耳を傾けて、少ししたら急に立ち上がって、隣の個室に向かったんです。最初は、なぜ立ち上がったのか分かりませんでした。酔っていて、頭が回っていなかったとかそう言うのではなく、単純にボーッとしていたからかもしれません。結局、騒動になってからは止めることもできずに、ただ仲間からの説明で状況を理解しました」
龍淵島で、志乃を探していた時とは違い、終始落ち着いて話していた。
柴山 晃匡。37歳の男性。犯罪歴は無し。出身や在住、住まいも同じ。当たり前だが、号室は別だ。とある建築会社の大工である。事件当夜について、
「かなり飲んでいたので、覚えてないことが多いです。あとで、仲間達からいろいろと聞かされたのですが、騒動の時は、ほとんど寝てたみたいです」
柴山も、志乃を探していた時と全く違う。志乃を探していた時は、焦っていたのだろうか。
鴨志田 栄。記井 千紘。河邉 敏治。他のメンバーも、供述は似ていた。矛盾も無い。事件の確信に迫るのは、3人の供述であった。
畔柳 吉城。52歳の男性。犯罪歴はなし。営業マンである。畔柳の供述は、他のメンバーと違っていた。
「一連の指示を出したのは、私です。糟谷さんが直接メンバーに指示は出していません。糟谷さんは耳が良い人で、隣の個室にいる水上の会話を聞いたのです。水上の話していた相手は分かりません。しかし、我々の聖地に踏み込んだ開発計画を推進した本人であり、我々のかつての同胞です。何が目的なのか知りたくもありませんが、水上は我々を裏切った。ただそれだけのこと」
水上とは、今回の被害者である。かつての同胞らしい。
糟谷 佐由利。52歳。主犯格の妻。犯罪歴はなし。パートと主婦。糟谷夫人の供述は、自ら様々なことを語っていた。
「夫が水上に暴力を振るったのですが、止めることはできませんでした。むしろ、内心では夫と同じように水上が憎かった。彼のせいで、どれほどの同胞が追いやられたか……。都市開発により、居場所を失った私たちは、いくつかのグループに分かれて、日常に紛れましたが、音信不通になった者もいました。龍淵島のときは、資源による人間の移動だったため、仕方なくと考えていましたが、今回は違い、水上が自らの懐を潤すために仕組んだものでした。挙げ句の果てには、掟を破って龍淵島の守護石を盗み出したのを知り、私たちはそれを元の場所に戻すことを目的に、龍淵島へ向かいました。しかし、社は崩落に巻き込まれて跡形も無く……」
どうやら、水上が盗まれたと言っていたものは、水上が龍淵島で盗んだ物だったようだ。守護石については、主犯格の夫が供述した。
糟谷 泰典。54歳。主犯格。犯罪歴は無し。農家であり、野菜や米は、道の駅などに出荷している。
「週末は、みんな集まって飲みに行っていた。そしたら、隣の個室から取引の話が聞こえてきた。こういうのは、聞いてはいけないと酒を飲んで忘れようとしたが、聞いたことある名字だったんで、ほんの少しだけ聞いてしまったんだ。水上という名字に反応して。すると、水上に対して相手がお礼を言っていた。謝礼とか言っていたな。それ以上聞いてはいけないと思ったが、知っている土地の名前が出て、さらに都市開発の話がでた。偶然にしては出来すぎている。決め手となったのは、相手がこう言った。『水上さん、同胞を裏切るような行為をしてまで、大金が必要だったとは。しかし、おかげさまであの土地は、都心のベッドタウンとして人気の街になりました』」
糟谷の供述に対して、担当する警察官は「それで隣の個室に行って、殴ったのか?」と聞いたが、糟谷は首を横に振った。
「裏切り行為とは言え、水上にも事情があったのだろうと、酒で忘れることにした。騒動を起こして今の生活までも失うの訳にはいかない。結局、その後の話は何も聞かなかった。そこから40分ほどして、そろそろお開きにするかどうか話が出た時だ。鉢合わせするとマズいと思い、隣の個室に聞き耳を立てた。すると、電話をしているようで、その電話の後会計に行くならば、おそらく鉢合わせになるだろうし、今お開きにするか微妙だった。ふと、電話の話が耳に入ってきた。宝玉を買い取って欲しいと。どうやら相手は宝石店か何かのようだ。売り物の話になった時、耳を疑った。水上は、故郷の守護石を売ろうとしていたのだからな。故郷と言えば、龍淵島だ。龍淵島の壊落の話は、飲みの席で少しだけ話題が出た。壊落の原因がそれと繋がった。ただ、確証は無かった。守護石は、龍淵島を厄災から守るもの。言わば、島になくてはならない物だ。それを盗んで売ろうとしているのなら、止めなければならない。だが、次の一言で私の理性は崩壊しました。酒を飲んでいたからなのか、それが余程のことだったのか。ここまでは鮮明に覚えてますが、騒動の詳細は覚えていません。その一言が何だったのかも……」
犯行一味の取り調べが一通り終わり、被害者を守護石を盗んだ疑いで、任意の事情聴取を行う。
水上 健二郎。35歳の男性。暴行事件の被害者であり、窃盗の容疑者でもある。任意の聴取に同意はしたが、尋問には黙っていた。警察官が「黙認か?」と言うと、ゆっくりと首を横に振って「回答を拒否します」と言う。
それぞれの供述について、捜査本部で報告すると、小渕参事官は、「上の人はいないが、会見の準備を行う。推測や誤った見解をもとに、朝のテレビで報道されたのでは、かなわないからな。なんとか間に合いそうだな……」
現在の情報を元に、日が昇る前に会見を開始して、朝6時までに終わらせるつもりらしい。
「守護石というものが何かという情報は、まだ手に入ってないのか?」
「守護石について話をしたのは、糟谷容疑者だけですので、他の容疑者には、順番的にまだ訊けていません」
「すぐに、他の容疑者から情報を聞き出せ。化け物ではない事を祈るだけだな……。念のため、向こうが信じるか分からないが、国土交通省と海上保安庁に報告だな」
参事官はそう言って、電話で国土交通省と海上保安庁へ報告を入れた。龍淵島が沈没する可能性があると判断したらしく、危険海域の見直しを行うとの回答だ。どうやら、ここ最近の不可思議な現象が多く、対応が変わったのは警視庁だけではないようだ。
糟谷容疑者たちは、表向きでは人と同じように処理を進める。というより、今の法律的に人ならざる者を罰する術が無い。人型で無くても、人として処理するしかないのだ。
「面倒な世の中になったものだ。時代には柔軟に対応する必要はあるが、そのうち無理が出そうだな……」
*
供述書が、悠夏のタブレットにPDFファイルで送られてきた。
「警部。全員の供述書が届きましたよ」
「あと、参事官からのメール本文に、"もし龍淵島に怪物が出たら、器物損壊という建前で逮捕してください"って書いてあるんですが……」
「え? 巨大怪人とか出るの?」
警部と二人して、言葉を失った。笑えない話だ。そういうのは、正義の巨人とかヒーローにお願いしたいものだ。メールの最後には、"命を大事に"と書かれていた。それを見て、悠夏は「参事官。レベルが足りません!」とだけ言った。
To be continued…
いや、レベルの問題で解決するのだろうか……?
警部と悠夏が活躍する物語は、まだ設定が決定しておらず、
手探りな状態ですが、書いていて楽しいキャラになりそうです。
連載の際は、どうぞよろしくお願いします。




