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花葬  作者: 淡屋林檎
1/6

1.罪証

神が求めているのは、

犠牲ではありません。


愛です。





[コーディ]


高く白い天井、

冷たい床、

白い無機質なベッド、


何もない。

希望も絶望も。


時間さえ認識する必要のない空間で夢を見ていたわ。


ふわふわと天から純白の羽根が舞ってアタシに降りてくるの。


それは途切れることなく降り続け……



それでもまだ永遠は見つからない。




[ウィリアム]


天使を見た。


静かで何も無い部屋。

そこでただ残された時間。

死を待つだけの自分。


ここへ来た日から、涙と過去を捨てた。だから自分が何者なのかも知らない。何の興味もない。


ここへ来てどれくらい経つのか見当もつかないが、あの日。初めて踏み入れた部屋で、幻覚と踊っている天使を見た。現実を映してない瞳で天を見上げ、愛しげに空間に触れる。


何故、興味を覚えたのか、その姿に惹かれたのかは分からないけど。


ただ、無性に欲しいと思った。痛みが俺の身体を支配してしまわないうちに手に入れなければ…


最初で最後の望み。



天使の腕の中で眠りたい。



[コーディ]

ふわふわと舞う羽根に混じって桜の花びらが吹き込んできた。そこに窓があったことさえもアタシは知らなかった。

初めてその窓から外を覗いてみた。桜の木があって、すでに花は満開。

そこに、寂しい瞳をした人が立っていたの。


アタシはその人の瞳が忘れられず………


恋をした。






鏡の前に座り込んで、そっと手で触れる。


『ジニー、起きて』


この鏡はアタシとジニーを繋ぐ、唯一の場所。


『おはようコーディ』

ジニーは鏡の中でニコリと笑って、アタシの頬に触れる。アタシも同じように、ジニーの頬に手を伸ばす。


『コーディ、なんだか嬉しそうね』

『うん!素敵な人を見つけたの!あの窓から見える、桜の木の下に立っている人よ』


アタシが窓の方に視線をやると、ジニーも窓の方に視線を向ける。


『ジニー、アタシ少し疲れたの。代わってくれる?』


『勿論よ、コーディ』



こうしてアタシは深い眠りに落ちる。




[クロルド]

僕はこの病院でカウンセラーを担当している、クロルド。この場所は、様々な事情で、恐らく二度と世間に戻ることのない患者がほとんどだ。


…ここは病院という名の牢獄。ただ死を待つだけの何もない病室。それをいつものように一部屋ずつ巡回していく。


いつも床に座り込んでいるジニーが珍しく窓辺に立っていた。


僕の存在を認めると、ニコリと微笑んで両手を差し出す。窓から見える桜。きっと風で舞い込んできたのだろう…その花びらを両の掌に乗せて見せる。


「綺麗だね」


そう言ってジニーの髪を撫でてやると、甘えたように寄り掛かってくる。



愛情に飢えた子供。


幼い頃に両親を亡くし、親戚に引き取られたが、そこで虐待を受け凌辱された。


その時のショックでジニーの時は止まり、子供のままいつも夢を見ている。

精神的なもので口は聞けない。笑顔を見せるようになったのも、ここへ来て数年経つが、最近のこと。




ジニーは僕の袖を引っ張って窓へ導いた。

そして桜の木の下にいる人物を指差し、じっと僕を見る。


「彼に興味があるの?」


コクコクと頷くジニー。

よりによって何故、彼に興味を持ってしまったのか。

「彼の名前はウィリアム。ある残酷な罪を犯したんだけど、精神障害で罰を与えられなかったんだ。犯行後に自殺未遂を起こしたが、自らの手で死ぬことは許されず、結局は病に身体を蝕まれ、ここへ連れてこられたんだよ。そして自分の終生を悟ったのか、彼は記憶を捨ててしまった。もう恐らく長くはないだろうね。気付いた時には、もう手遅れだったんだから。持って一年…くらいかな。自分の手で死ねなかったっていうのは、法に裁かれない彼…犯罪者への罰かもしれないね」


半ば嘲笑混じりに言ってやった。いくら記憶がないと言っても、奴は犯罪者なのだから。

近付くのは危険だ。


「彼には関わっちゃいけないよ」


もっともジニーは一人で病室から出ることはないので…直接会うことはないだろうが。


風が吹いて桜の花びらが舞い込んでくる。ジニーの髪に絡んだ花びらを払う。


「じゃあね、ジニー」



挨拶がわりだと教えたキスをした。

何も疑わないジニーは目を閉じて僕に委ねている。






【ここにも小さな罪がひとつ】




[ジニー]


『コーディ、起きて!』

クロルドが部屋から出て行ったあと、アタシはすぐに鏡の前に座り込んだ。


『おはようジニー』

鏡の中のコーディはいつもの笑顔でアタシの目の前に座り込んでいる。


『コーディ、彼の名前をクロルドから聞いたわ。彼はウィリアム、犯罪者よ!クロルドが彼とは関わるなって…』


『犯罪者…それでもアタシは彼を…。ジニー、代わってくれる?』




[コーディ]

クロルドとジニーは彼を犯罪者だと言った。

アタシは彼がどんな罪を犯したのか知らない。

ただ、彼の寂しそうな瞳が忘れられないの。


彼…ウィリアムに近づきたい。初めての衝動。


何かが音を立てて崩れていくような気がした。

降り積もる綺麗で柔らかな羽根の中に、埋もれるように横になり、目を閉じた。




[ウィリアム]

この体はいつまで持つのだろうか。

痛みが日々を重ね、痩せゆく身体に限界を感じる。

早くしなければ。


薄暗い廊下を壁伝いに歩いていく。

もう、自分の足で歩くことすら苦痛になってきているようだ。

かなり長く感じた道程を経て、あの部屋に着いた。

妙な期待を抱え、そっと扉を開けると、部屋の中央で何かと戯れるようにあの人が寝そべっていた。

どこか虚ろな目をして。

現実離れした姿に、しばし見とれてると、ふと目が合った。

大きく見開かれる瞳。

起き上がって、じっとこちらを見ている。


「名前…何て言うの?」

呼んでみたくなって、聞いた。すると俺の前まで歩いて来て俺の手をとり、掌に細い指先で『コーディ』と書いた。


「…コーディ?」

復唱すると、はにかんだように笑顔を見せた。

「もしかして喋れない?」


コーディはコクンとうなずいた。

少し表情を曇らせて。

俺の言い方が責めているように聞こえたのだろうか?

そんな気持ちは全くなかったので、頭をなでた。

じっと見つめられる。

吸い込まれそうな程綺麗に澄んだ瞳。


「コーディ」

呼んでみると、コーディは柔らかそうな唇で声にならない言葉をつむいだ。

そして机の上から紙とペンを持ってきて『ウィリアム』と書いて見せた。


「なんで俺の名前知ってるの?」


『クロルドにきいた』

考えながら、ゆっくりと書き綴る。言葉を書くのさえもあまり得意ではないようだ。


クロルド…カウンセリングの奴がそんな名前だったような気がする。

あまり良い印象は持っていない。奴も俺が嫌いなのだろう。そういうことは本能で分かる。奴に俺のことをどんな風に聞いたのだろうか。


「…そいつ、俺のこと良く言ってないだろ?」


遠回しに尋ねると、コーディはギュッと抱き着いてきた。一瞬、なにが起きたのか分からなかったが…コーディはただ俺に安心をくれたのだ。


コーディは俺の腕をとり、窓辺へ歩く。ゆっくりと、時々気遣うように俺の顔をうかがいながら。そして、窓からみえる桜の木を指差した。


その桜の木は、なんとなく惹かれて、花が咲き始めた頃からよく足を運んでいる場所だった。


あの桜の木の下で眠りたいと願って。


ちょうどコーディの病室の向かいに、俺の病室が見える。距離があるので、よくは見えないが。


コーディはその桜を指差しながら、また声にならない声で『ウィリアム』と言った。

「こっから俺を見て…クロルドに聞いた?」

コーディは俺の顔をうかがいながら、ゆっくりと頷いた。俺だけじゃなく、コーディの方も興味を持っていてくれたのだ。


この部屋へ来てからコーディと一緒にいると、先刻までの苦しさが嘘のように落ち着いていた。

この感覚は一体何なのだろう?


その日から、コーディが何も無かった俺の全てになった。


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