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土曜日3

『……つの進捗はどうなっていますか?』


 兄弟間のどうでも良い話が始まる直前、大人の男性の声が聞こえた。――気がした。周りには誰も居ない。声はだんだん近づいてくる。


『いくら扱いが空き地とは言え、一応公園風につかっている地方自治体の土地ですからね。手続きは踏まないと。――なるほど、町内会ね。――良いでしょう、今手入れをしている各町内会には無記名で集会所の改築費用を寄付すると、そう伝えて下さい。最近は人が少ない上に建物の老朽化は進む。何処も町内会費では足りない。それで話は付くでしょう。それと頂上に道場は建てますが、それ以外の部分は引き続き公園として解放すると……』


「月乃、誰か居るか?」

「最初っから私らだけでしょ。何言ってんの?」

「幻聴かな……。一旦、降りた方が良さそうだ。帰ろう。ヤバいよ、パワースポット」

 二人が小道に足を向けたとき、ちょうどスーツを着た3人の男が登ってきた。お互い何となく会釈をしつつすれ違う。すれ違ってすぐ、やせた長身に眼鏡の男が口を開く。


「学生が来ているなら公園としては機能している、か。ふむ……。先ほどの話は一時ウェイトの方向で調整を」

「……!」

 さっき聞こえた声と同じだ! 足から力が抜けそうになる。理由は要らない、今は早く階段を下らなくちゃ。腹に力を入れてふにゃふにゃの足を無理矢理動かす。やはり鍛えておけば良かった。

「……! 陽太、どうしたの?」

「降りながら話す!!」



 スーツの姿が見えなくなって、声も聞こえなくなったところで足が動かなくなった。階段の丸太にへたり込む。まだ1/3も降りていない。

「ほれ、がんばれ。下りの方がキツいとは言え、男子抱えて降りるのはさすがに私でも無理だよ」

「そう言う、事じゃ無いんだ。……マジでやばい、ここ。来ちゃ不味かったんだ」

 居ないはずの男の声が聞こえた事、その内容について話す。ズルいかも知れないが俺一人で抱えるには怖すぎる。――しかし、月乃の反応は予想と違った。


「ここを買い取る? 公園じゃなくなっちゃうの!? 冗談じゃ無い、陽太が来なくたって私は来るわよ!」

 ――いや、だから聞こえるはずないんだって。俺の弱々しい抗議は無視される。


『公園を、私物化されてたまるかっ! 何様のつもりだっ!!』

「ちょっ、おまえ、そんなにデカい声で! 聞こえるって!」

「……? デカい声って何? 私、何も言ってないよ」

 じゃあ、今の声はいったい。しかし。どうやらそれが聞こえたのは俺だけじゃ無かった。上からやせたスーツの影が降りてくる。どうやら、例のおっさんには、聞こえたらしい。


「こんにちわ。君たちは県立中等部の生徒さんかな?」

 軽く会釈した彼は口元には笑みも見える。人の良さそうないかにも営業マン的な男性。月仍が不思議そうな顔で会釈を返す。だが俺は答えに窮する。

 だいたい月乃の声が聞こえたならば、相手は面白かろうはずが無い。のだけれど。

「もしや何か困りごとかな? 私で良ければ話だけでも聞きましょう。実は私……」


「済みませんっ! もしかしてまた、私の妹達が何か粗相をやらかしましたかっ?」

 いきなり後ろから女性の堅い大きな声が男性の声に割って入る。

「私も含め、姉弟きょうだいそろってがさつなものですから。何かご迷惑をおかけしたならお詫び致します、どうかこの場はこれで。――おい、立てお前ら。行ぐど! ……では、失礼」


 スーツにタイトスカート。黒縁眼鏡に白衣を羽織り、金色の髪を後ろのやや低い位置で結び、

【人文・心理学部/心理学博士・黒石蘭々華 Dr.Raraka-kuroishi】

 と首から提げたIDカードに書かれた薄化粧で小柄な女性。

 俺達は彼女に引っ張られる様にして山を下りた。




 席に座ると眼鏡を外してスーツの釦を開け、髪もほどく。既に白衣は着ていない。いつものランちゃんにだいぶ見た目が近くなった。喫煙席であるのはにーちゃんには内緒だ。

 細いタバコをバッグから取り出すと、いかにもな使い捨てライターで先端に火を付け吸い込む、タバコの先端が赤く光る。

 そして。ふー。……ため息とともに煙を横に吹き出す。


「だーかーらー。行ぐなっつったろ。あのなぁ、大人が禁止する事には、みな理由があんだっつーの。……いや。いずれ今更だべな。――彩りチーズケーキセット3つ。それとソーセージバラエティ盛りと極上フライドポテト。……ま、飲み物取って来ぉ。話はそのあとだ。――あたしの分? 良いのが? んでは、ホットのエスプレッソでお願い」


 家と覆花山の中間点にある目下貸し切り状態のファミレス。駐車場には色違いのママチャリが2台と、解体屋さんから拾ってきた様な軽自動車が一台。それで全て。

 山から下りてきてすぐ。ランちゃんにここで集合だと言われた。状況的に黙って従うしか無い。


 ずずっ。月仍の持ってきたコーヒーのカップを取ると、若干下品にランちゃんがすする。

「にがっ! 良くみんな、こんなもん飲んでんな」

「飲んだこと、無かったんだ……」

「次回からは普通のコーヒーにするべ」

 そう言うと、砂糖とミルクをいれてカップをかき回す。

「……さて、じゃ。改めて聞くか。何しにあそこに行って、何があった? 何かはあったんだべ? 特にヨウ。おめーは、よ? 顔に書いてあるっつーの」


 ――事ここに至っては、誤魔化しようが無い。

「なるほどな。……だから行くなっつったのに。まぁ事態がここまで来ては仕方ねーや。今この場では不味いけど、あたしがわかる範囲で今日の夜にでもある程度説明してやる。行かせでくねがったホントの理由はちゃんとあんだよ。まぁ犯罪がどうのとか理由は嘘臭かったとは自分でも思うけどさぁ。――あと」


 エスプレッソを無理矢理飲みきったランちゃんはソーセージをフォークに突き刺して、改めて月乃がドリンクバーで入れてきたカフェオレをがぶ飲みする。

 せっかくかっこいい服着てるときくらいおしとやかに、はこの人は。出来ないのでは無くて、しないだろうな。


「だいちゃんがお前らをあそこに行かせたくない理由。聞いてねーだろ? 当人は一生言わないだろーから、あたしが教えてやっから。……本人には秘密にしとけよ」

 ソーセ-ジにマスタードを付けて、噛みつく。パキン、と良い音がした。

「あそこに連れてくと、お前らがどこかにいっちまいそーで怖いんだとよ。初めて聞いたとき、あたしはおかーさんかっ! って突っ込んでしまったもんだよ。――んだげどよ」


 こんどはポテトにたっぷりとケチャップを付けて、しかし口には運ばず見つめる。

「だいちゃんは本気でそー思ってんだ。大事な家族、大切な兄妹だって、彼は恥ずかしげも無く堂々とそー思ってる。だからそこだけは汲んでやってくんねーか、……頼むよ」

 ――んだがら。ポテトを飲み込むと、急に真顔になって二本目のタバコに火を付ける。


「もう行くなとは言わねー、行きてーならそんで良い。あたしからもだいちゃんに頼む。キチンと説明もする。ただ、絶対内緒では行くな。行くってんなら当面あたしかだいちゃんが一緒。これが条件だ。……そこの双子、似た様な顔しゃーがって。約束、出来っか?」

 ほぼ月乃と俺は同時にうなずいた。そこまで言われて知らない、とは言えない。


「よーし、良ーだろう。それを条件に飯をおごってやる。弁当は食ったんだろうけど腹減ってんだろ? それこそ顔に書いてあんだっつの。心理学者舐めんなよ? ――晩飯? 中坊だ、すぐに腹減るべ。成長期なんだから今、おっぱいと身長に栄養回さないとあたしみてーになるぞ?」

 ――ヨウはおっぱいに栄養回す必要は無ぇべげどな。そう言いながら呼出ボタンを押す。一瞬送れてちょっと離れたところでチャイムが鳴った。


 ハンバーグセットが二つ、運ばれてきたのを見ると、仕事が残ってる。と言って伝票を持つとランちゃんは居なくなった。――あとは夜、な。そう言い残して。


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