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土曜日2

「何も無いなぁ。それはそれで記憶通りなんだけど」


 俺達の通う県立。それが田んぼの真ん中に設立した事により、そのまわりだけは広い道路が整備されている。南は駅まで、東西は田んぼを越え住宅地の入り口まで、そして北は何も目印が無かったからか覆花山まで。

 何も無い田舎の町の事であるから、県肝いりの学校が出来る事は旧先岡郡近隣三町村が合併したことも含めて、新規で道路を作りたくなるほどの一大事だったんだろう。


 就職率七割超を誇ったものの最期は定員割れを繰り返した元県立先岡高等学校と、一学年十人強しか生徒を確保出来なくなった元峰田村立峰田中学校。


 隣り合うこの二つの敷地が合体したのが今の峰ヶ先中高で、高等部用に一応新校舎は建てたし中等部用に増築もしたけれど。

 建物全てを更新したわけでは無く、中等部の教室や特殊教室やら部室棟は、程度の良い元の施設を使うかプレハブの建物。体育館とかプールやなんかはだから初めから二つある。

 基本的に高等部校舎の新築以外でやった工事と言えば、そこだけ立派な旧中学校と旧高校をつなぐ渡り廊下を作って、グラウンドの間にあった金網を無くしただけ。

 学校二つ分であるので敷地は広いが、建物を壊していないので、生徒数に対して建物が多い。いずれ田舎の中学校と田舎の高校、二つを混ぜたのが現峰ヶ先中高、と言う事だ。


 広い学校の敷地と一直線に延びる黒々とした道路。それが田んぼの中に浮かんで見える。学校は丘の上に位置しているのだが、ここからみると駅からの高低差なんか無いに等しい。


「柵も腐っちゃってるね。……どんだけお金かけられないの、ここ」

 いかにも手作り感あふれる転落防止の柵はペンキが全てはがれ、月乃の言う通り見るからに腐っている。転落防止の役にはもう立たないだろう。

 更に一部にはいかにもと言う色と形のキノコが生え、蜂の巣らしきものもぶら下がっている。

 近寄りがたいオーラを放っているこの柵は、だからある意味転落防止の役目を果たしてはいるのか……。いや、普通に直せよ!


 『自然散策路展望台。自然に親しみゴミは持ち帰りましょう。』そう書かれていたはずの看板も色あせ、強調するために赤で書かれた“ゴミは”の文字のみ完全に消えている。まるでここのキノコか蜂の巣を持ち帰れ、と言わんばかりのイヤな看板になってしまっていた。


 公園。と呼ばれているとは言え、ブランコや滑り台がある訳では無い。あるのはそこそこの広さの空き地。草むしりはキチンとされているらしく、背の高い雑草は見当たらない。

 そしてその空き地の北の端。小さな社があった。


「前に来たとき賽銭箱、あったよな?」

「あったよ。覚えてる」

 腰の高さくらいの小さな社。賽銭箱があったのは間違いない。その前にボルボと自宅、それに大学の研究室のキィの下がった革製のキィホルダーが落ちていたと聞いたからだ。

 賽銭箱さえなくなった社には果たして神様は居るんだろうか。とりあえず来る前からそうするつもりではあったので、月乃と二人、ネクタイとリボンを正すと社の入り口? にお互い5円玉を一枚ずつ置く。


『ご縁があります様にっつってな、だからお参りの時は五円玉を持っていくんだどさ。昔の人も俺とおんなじくらいには駄洒落が好きだったんだべな』


 昔父さんが言って居たのをぼんやり思い出す。

 二人共、背筋を伸ばして小さな社に二回お辞儀をすると、パンパン。柏手を打つ。

 ――父さんが一体今、何処で何をしているのか。教えて下さい。

 目を閉じたまま、もう一度お辞儀をしてゆっくりと直る。目を開けて隣を見ると全く同じタイミングで同じ事をする月夜と目が合う。

 特に打ち合わせやタイミングあわせなんかしていない。……双子、ね。


「……パワースポット、か」

「さっきからなんなのよ。唐突にぼそっと喋んないでくれる?」

「さっき自分で言ってたろ? なんかわかる気がするなって。筋肉痛は変わらないけど、なんか気分がスッとするって言うか、アガるって言うか……。お前は?」

「言われてみるとそんな感じだね……。なんだろ、頭ん中がクリアになるって感じ?」

「月仍の記憶はあたり、か。――超能力だったらそう言うの大事なんじゃね?」


「ランちゃんがなんか知ってそうだけど、帰ったら。……聞く?」

 4年にわたって資料を調べた。と昨日ランちゃん本人が言っている。当然雑誌の原稿も手元にあるだろう。この類の話で彼女以上に頼もしい協力者は居ない、のだけれど。

「自分たちで雑誌とかもう少し調べよう。――内緒で来てるから怒られそうだし」


「……にーちゃんがここに来るの嫌がってるって、知ってるもんね。ランちゃん」

 “だいちゃん”に対してもおねーさんのポジションを取る彼女である。もし内緒でここに来たのがバレれば、にーちゃんに隠し事をして心配をかけたとして間違いなく怒られる。

 それにランちゃん本人も、俺達がここに来る事にはそもそも否定的だ。にーちゃんの事がなくても基本来るなとは言われている、やはり怒られそうだ。


「月乃。いずれ話の切り出し方、考えておこうぜ。パワースポット的な話になったら協力して貰わないとお手上げだし。何回か来るならどっちかに車出して貰わないとだし」

「見た目と違って意外と堅いんだよなぁ、あの二人」

 見た目。金髪家出女子高生と明らかに元ヤンキー。意外と堅物な二人である。



 小さな社にお祈りを済ませてしまえば、あとはする事はもうない。

 特にペンキを塗ったあともない、頂上の公園唯一の施設、学校の方を向いたいかにも丸太を切りました的なベンチに月乃と二人、腰を下ろす。一番手のかかって居なさそうなこれが、一番痛みが少ない気がする。素材そのまま使った方が持ちが良いってことなのかな。

 見晴らしが良い、とは言え畑と田んぼ、そして遠くに町並み。その途中に巨大な県立の敷地と、そして真っ直ぐに延びるきれいな黒々とした道路。それしか見えるものは無い。


「やっぱ、何もないか……」

「落ち込む必要無いだろ、そこまで込みで予定通りなんだから。それに完全にハズレって訳でも無い。少なくともパワースポットの件は来なきゃわからなかったしな」

「……かえってハードル上がった。ランちゃんの協力無しでどうやって調べんのよ?」


 父さんは几帳面な人であったので自分のコラムや寄稿の載った雑誌、新聞は全て分類して書斎においてある。

 切り抜きや抜粋でないのはその文章が載った雰囲気や時代がわからなくなるとイヤだからだ。と自分で言っていた。なので書斎に行けば月乃が見たという雑誌は間違いなくある。

 ……あるのは良いが、それを見つけてその後。どうする。


「パワースポットを研究しようとしてたのかな……。超能力と関係あり、って事?」

「わかんねぇよ。……超能力の話なんか、昨日話聞くまで知らなかったんだし」

 但し、オカルト関連については好きだったらしく、それっぽいどう見ても研究資料とは思えない本がずらっと並ぶ書棚はあるが、父さんの名前の付いた本は勿論一冊もない。

 雑誌のコラムにしてもそう言う題材を扱う事もあったが、それに関しては一般人から見たオカルトを語っているだけ。いずれ専門家ではない。


「パワースポットを測定しようとして測定機器を降ろしてここまで運んできた、とか?」

「何を測定する気だ? どんなマッドサイエンティストだったんだよ、父さんは」

「……だよね」

「だいたいそんな大がかりな事をするんなら助手が必要だろう? だったら絶対弟子のランちゃんが知らないわけない。それに、もしそんな事があったとして隠せないだろ。――ランちゃんだって。あん時に警察から話、聞かれてるんだから」

「警察か……。良い思いでがないんだけど。私たちの味方なのかな、ホントに」




 尊敬する大事な先生が行方不明。そして警察の事情聴取であからさまに愛人関係を疑われ、そこから派生する誘拐、殺人、死体遺棄、保険金や相続の詐欺。第一通報者の黒石蘭々華は当時それらの重要参考人になってしまった。

 保険や、預金通帳、現在のみならず過去の人間関係まで全て調べられて“容疑”がなくなるまで1ヶ月以上かかった。

 あのランちゃんが多少言動がおかしくなったぐらいなのだ。


「キミ達とは確かに一般的な家族ではないのよね。あたしが仲良くしていたのは財産が目当てだった、のかもね」

 俺達に標準語で話しかけてきたときは、大事なお姉さんである彼女が遠く離れてしまった様で二人で夜、泣き疲れて寝てしまうまで泣き続けた。

 基本、気配りの人である彼女が、小学生相手にそんな言動を取ってしまうほどに。当時のランちゃんはそれほどまでに追い詰められていた。


 当然にーちゃんも同じ目に遭っているのだが、流石にそこは元ヤンキー、良くも悪くも警察の制服やパトカー、警察署で気遅れするようなことは一切なく。

 捜査に来た人を玄関から叩き出す事数回。場所を変えて、警察での事情聴取では自分の事のみならず、ランちゃんの件について壮絶に噛みつき担当の刑事さんと揉めに揉めた。と言うかお互い手を出さないまでも、単純に喧嘩になった。


 元不良だがタチの悪い事に馬鹿では無い。当然口げんかになれば黙る事は絶対あり得ない。体術だけではケンカ百段は取得出来ないのだ。

 悪い事に相手が警察であったので、なにをどう言えば相手が困って言葉につまるか。それをよく知っていた分、刑事さんを混乱させて怒らせた。

 そしてそれ以上に自分も怒った。



 ――ランさん、黒石さんにワビを入れるまで、それまでアンタの事は絶対に許さない、アンタとは話もしないからそう思え! だいたいたかが田舎の地方公務員風情が何様のつもりだよ? いい気に成るにも程があるとおもうのだが? 


 ――へぇ? 善良な一般市民にそういう態度と言葉遣いなわけだ? まぁ気にしなくてもアンタみたいなヤクザ崩れの下っ端とじゃ、“怖くて”なにも話する気にならないしそれに。今の発言については、所長に謝ってもらうまで今日は僕は帰らないからそのつもりで。

 ――勘違いしてるようだから教えてあげるけど、アンタがいくらここで形だけ謝っても、もう何の意味も無いからね? アンタの今の仕事は僕に謝るために所長連れて来る事だけだから。

 ――それが出来なきゃさっきのアンタの発言を今夜中に地元二紙と全国主要紙の新聞の読者欄に投稿して、更にインターネットでも夜中の間に全力で拡散する。まぁするのはそれくらいだけれど。

 ――ところで黒石さんにマスコミの友人が多いのは知ってますか? ……じゃあ専門がインターネット上の情報の伝達と拡散なのは? ――言質取られないように発言には注意した方が良いよ? アンタの言動についてはかなり怒っていたから。それに今思いついたんだけど“僕が”そのネットワークを借りるっていう手もあるよね。

 ――いずれお腹も空いたところだし、早く所長を連れてきてくれないかな?



 結果。態度の悪い、主にランちゃんを“虐めた”刑事さんとは大激論になり。

 二週間程、警察と家と職場。この三角形を往復することになった。


 けれど数ヶ月後、制服の人がスーツ姿の数人を伴ってお菓子の箱を持って謝りに来た。にーちゃんはそれに対してはキレる事もなく、――こちらこそ感情的になってご迷惑をおかけしました。今後も叔父の事については、どうかよろしくお願いします。と、普通に挨拶をして見せた。

 何をどうしてそうなったのかは知るよしもないが、容疑者扱いした上に失礼な言動があったとして警察のエライ人、多分所長さんに頭を下げさせたのだ。


「ケンカってのはさ、事後も含めて完全勝利でなきゃ意味が無いんだよ。……お前らが一番辛いのに迷惑ばっかりでさ、ごめんな」

 手塚元参考人は、そう言って警察の人が持ってきたお菓子を口に放り込んだのだった。




「俺達から見るとイメージ悪い感じだけど警察は敵じゃない。南署の人達なんか今だってがんばって父さんを探してくれてるじゃないか。むしろ味方だよ」

「敵じゃ無いというのもわかるんだけど、そう言う意味ではがんばってるとも思わない。他にもいっぱい仕事があるんだから、まぁそれはそれでしょうがないんだろうけどさ」


 事件性の無いただの家出人の捜索。それも5年も経ってしまえば、もう月単位で見ても進展など何も無い。

 警察だって暇じゃないし、それでも何かのついでであっても探してくれている。それは嫌みや当てこすりでなく理解出来ている。

 むしろ二ヶ月に一回、駐在さんでは無く刑事さんが家に話を聞きに来るくらいだから、かえって時間を割いてくれている方だと思う。


 どうしてもその対応が気にくわないというなら探偵をつかう手もあるんだろうけど、見つからなくとも料金はかかるし、その料金は今の俺達には払えない。子供の出世払いを受け付けてくれる様な探偵はゲームやマンガの中では何度か見かけた事があったが、少なくとも我が南谷川町には居なかった。


「いずれ基本収穫無し……。あー。この距離帰るの、つれぇ!」

 我が家の屋根など見えるはずも無いが近所のスーパーは見えた。いかにも遠い。

「下りだから楽ちんだってば。……多分」



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