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土曜日1

 ブルーのワイシャツとジャンパースカートの二人組が、自転車にブレザーを引っかけ、ペンキが完全にはがれて木の色さえ無くなったベンチでへたばっていた。

 いや、へたばっているのは俺だけで、隣の月乃は既に歩いて小さな山の上り口をざっと一回りしてきている。


「き、きっつう……。なんだよ、なんの修行だよ。3日続けたら必殺技とか身につくぞこれ! ダラダラ坂がこれほどキクとは。太ももと、ふくらはぎが、完全に逝った、回復しねぇ。これから山登りなんか、もう出来ねぇよ!」

「私だって着かないかと思ったよ……。新道はずっと上りなんだね。何が公園よ。……道がきれいなのに誰も自転車で来ないわけだわ、こんなの。当たり前だよ」


「だいたい、帰りだってチャリで帰んだぞ、ふざけんなよ運動部! こんなの、必殺のビームとか出せるようになる前に、……家までたどり着けないで死ぬわっ!」

「まぁ陽太、そう怒んなって。ここまでキツいとは予想外だったけど、帰りは別の道があるんだ。本屋の裏まで下り坂だから、学校から帰るよりよっぽど楽だよ。……多分」

 月乃はそう言いながらスポーツドリンクをよこす。

 【みんなできれいにつかいましょう。覆花山健康遊歩道。田中地区町内会連合が清掃、手入れをしています。】そう書かれた色あせた看板の前。

 五〇〇ミリのペットボトルはあっという間にからになる。自動販売機が無い事を事前に思い出して良かった。


 入学祝いとしてにーちゃんの実家に買って貰った色違いの2台の自転車はカテゴリとしてはシティサイクル。いわゆるママチャリではあるのだが、学校が坂の上にある事を考慮して一応3段変速である。しかし15分にわたる上り坂には全くもって役者不足だった。

 女子サッカー部2年生レギュラーの月乃でさえ回復には多少の時間を必要としたくらい。吹奏楽部兼帰宅部の俺がへたばるのは当然だ。


 何かがわかるなんて思っていない。ただ、時間をかけて父さんの最後の日をなぞってみたい。5年越しで俺達兄妹の希望が叶ったところである。



「取りあえず駐車場、は何も変わってない。様に見える、と」

「ロープが切れたくらい、かな」

 車の大きさに四角く砂利に打ち込んであるロープ。

 黄色と黒の縞模様だったはずのロープは白黒模様になって、所々ほつれてすり切れている。その四角が5つ。ボルボが最後に止めてあった駐車スペースは一番登り口に近いだけあって一番ロープが傷んでいる。


「ここに頭から止まった。何でだろう、父さんはいつだってバックで車を止めてた」

「言ってたじゃない、トランクを開けたの見た人居るって」

「でも父さんはトランクいつでも空だった。洗車道具だって使うときしか積まなかった」

「だからその日は何か積んでたって言う事、……なんだろ。なんだったんだろね、荷物」

「そう。元から積んであった物は無いんだから、トランク開けるなら荷物がある」


 ――当時だってボルボくらい珍しくも無いよ。と、にーちゃんは言うが田舎のとらえ方は違う。赤いワゴン、それも外車。どうあっても目立つ。

 だから近所の人が父さんが来た事を覚えていた。いや、正確には。車の種類はわからなくとも、赤くて長い外車のワゴンが来た事は覚えていた。

 そして車が強烈なインパクトを与える分、運転手は存在が希薄になる。車から降りたはずの男性を覚えている人はほぼ居なかった。

 トランクのドアを開けた事を覚えている人が居ても、どんな人が開けて何を取り出したのか。なんて事は誰も覚えていなかった。


 ランちゃんが警察の人と仲良くしているのは、警察が調査した秘密にするまでも無い、こういう話を聞き出してくるためである。ここまでの話も情報源は全てランちゃんだ。


 ――素人が聞き込みに廻ったところで誰も、何も、話しちゃーくれなかったからなー。わざわざ髪も黒くしたったによー、小説とかドラマみてーにはやっぱ、いかねーわ。と笑いながら過去形で言っていた事があったのを思い出す。

 つまりランちゃんは、そのドラマのまねごとを一通り自分でやったんだ。と言う事に今更ながら気が付いた。

 そしてそれが駄目だったから自分の研究、父さんや大学の名前、使えるものは総動員して半ば強引に南署にパイプを作って、今も維持してる。と言う事なのか……。

 あの見た目でその行動力、ギャップありすぎだろ! 


 小さな駐車場から続く、階段があったり無かったりする細い道を見上げる。

「ここを上っていったのは間違いないのかな?」

「あんたが死んでるうちにぐるっと見てきた。駐車場の両脇畑でその先は藪。道以外は雑草が非道くて山にあがれ無いし、畑にも山にも足跡とか絶対残る。それは警察とかはなにも言ってないみたいだし。だったら道を上ったんだろうし、それならここだけ、だね」

「……何しに、来たんだろう」


「そうそう、パワースポット!」

「ん?」

「そう言う記事をね。雑誌に書いてた事があるんだよ。要は引きこもってないでたまにはハイキングに行こう的な記事。思い出したんだ、そう言うのが雑誌に載った事がある」


「なぁ、愚妹よ。こことは関係が無いのでは無いかね?」

「良く聞け愚弟よ。私はその記事の載った雑誌を見た事があるのだよ。今思い出すとさ、場所は具体的に書いてなかったけどここみたいな気がする」

「気がする、とかさぁ」

「断固として気がする。はっきり覚えてないのに、それ以上どう言えっつーのよ?」


 記事の乗った雑誌なら書斎にあるはずだ。あとで覗いてみればわかる話。

 但し自転車での修行の後の話になる。忘れない様に上着から生徒手帳を取り出し、パワースポット、雑誌と書き付けると、そのままブレザーを羽織る。

 登るならばカバンも置いていくわけにはいかない。月乃と二人、自転車と看板をチェーンで結びつける。


「もう良いの?」

「時間を食っても仕方が無いからな。明日休みだから筋肉痛で寝てる事にする」

「少しは体、鍛えたら?」

「別に。普段のチャリ通には関係ねーだろ。俺は自転車の選手になるつもりはねぇ」

 足場の悪い小道。入り口だけはコンクリートの棒が数段置いてあるのだが。その後、階段風に積んである石は浮き上がり、丸太は半分腐ってふかふか、その上コケが生えていて滑る。

 普通に歩きづらい。最近整備されたと見える銀に輝く金属の手すり。それも入り口から2m分しか無かった。


「おい陽太。下ばっか見てると、それはそれで転ぶぞ?」

「いや、珍しいコケが生えてるなと思って」

「は?」

「小五の時、夏休みの自由研究で先生にコンビ課題禁止にされて。あんとき俺、コケの研究したろ? 家の庭に三種類コケがあったんでそれ標本にしてお茶を濁そうとしたやつ」

「そう言えばそうだったね」

「にーちゃんには木材組み合わせて本棚でも作っておけって言われたんだけど、かえって難しそうだったから。……その後意外とコケには詳しくなった」


 結局のところ近所を一日かけて廻ってだけで、なんと合計十二種類ものコケを採取。ホクホクで模造紙に各種類の生えやすいところを下書きしたところで、飽きた。

 まとめがおざなりだったせいか特に褒められもしなかったがコケには詳しくなった。――但し今のところ、なんの役にも立っては居ない。

 今だって、そのせいで足下が危ういと言われたばかりだ


「あ。ヤな事思いだした。あん時私はランちゃんに無理矢理“手伝われて”ラジオ作ったんだった」

「あれってヤなこと、だったか? 確か褒められたんじゃ無かったっけ」

「危うく全校朝礼で表彰されて、県立科学館の夏休み作品展に出品されるとこだったの! 先生に泣いて頼んだのよ? 私が一人で作ったんじゃありませんって……。なんで夏休みの課題で、しかもちゃんと提出したのに泣いて許しを請わなくちゃいけないのよ!」


 お互い普段から双子でコンビは鬱陶しいと思っているのに、いざお互い単独で何かやろうとするとそれはそれで上手くいかないと言う話だ。無駄話をしながら山道は続く。


 初めから頂上の見えている道のりは、足場が悪いせいでまだ終わらない。

「……こんなに歩きづらいのに、何を持っていたんだろう」

「なんて?」

「さっきの話の続き。荷物を出したんなら、当然上まで持ってったんだろ? この道を」

 小道を上る人が居た人は確認された。それが父さんかどうかは未確認、手ぶらだったかどうかも不明。少なくとも大荷物を持ってたら目立つはず、なんだけど。


「カバンとかなら後ろの席でも良いよね。わざわざトランクに積むような荷物か。デカいって事だよね……?」

「歩くだけでもこんだけキツいのに、だぞ」

「父さんは自転車では来なかった。それは確か。――少し鍛えた方が良いよ、やっぱり。……ひ弱な男子はモテないと思うし、自分の身内がモテないのはそれは少し悲しいし」


「ちょっと待て。あんま気にした事なかったけど、悲しくなるほどモテないのか、俺っ! ――それに、標準的にはどっちかっつうとお前の体力が有りすぎんだよ!」

「すぎては居ないよ。筋肉も脂肪も必要かつ十分。かわいい顔、モテないのがおかしい」

「同じ顔して何言ってる! お前がモテるなんて話、聞いた事ないぞ!」


 べ。と舌を出すと月乃は走り始める。

 だから、この状況下で走れるのがどうかしてるって言ってるんだよ。

 その月乃は道の先、ぴょんととび跳ねると姿が消える。……山の頂上は、もうすぐそこだった。


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