表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/40

金曜日3

「そうそう、酔っ払う前に用事済ませておかなくちゃ。だいちゃん、これね? 物理的に壊れちゃってるからアレなんだけど、OSはどうでも良いから取りあえずメモの拡張子のデータ吸い出して欲しいんだ。……五〇万までならキャッシュで即払えるっつってて」

 ハンバーグとポテトサラダをつまみに、ビールの入った長い缶をあっという間に飲み干したランちゃんは、ジャージの内ポケットから青いビニール袋に入った平べったい機械を取り出す。

 つーか、ジャージに内ポケットとかあるもんなのか?


「そんなにかかるの? ――大事なものなんだろ? またそんなぞんざいな扱いを」

「だからカバンに入れねがったの。あたしのカバンの中の方がよっぽど危ねーもん」

 ランちゃんのカバンの中身……。確かに意味のわからない堅いものや、鋭利なもの、不必要にとんがったものやなんか入ってる気がして危なそうだ。うかつに手を入れたりしたら絶対危険だ。


「ワードとエクセル、か。jtd、ってなんの拡張子? 普通の業者でわかるものなの?」

 袋に張り付いていたメモを見ながらにーちゃんが聞く。こう見えて意外に書類をいじったりする仕事もしているので、データの種類がわかったんだろう。

 ぷしっ! と新しい缶を開けながらランちゃんが答える。


「ふーん、あんま使わねーか。昔からPC触ってる人ならみんな知ってるよ。一太郎って言うワープロの拡張子、ワードみたいなソフトな。昔のお役所はさ、書類は一太郎で表組みはエクセルだったんだよ。学校つったって中身はお役所みてーなもんだもの」

「素人考えだけどさ、大学だったら専門の業者居るんじゃ無いの? だったら出入りの業者の方が安くて確実なんじゃ無いかと思うんだけど。僕だって、ただ頼むだけだし」



 ランちゃんはすぐに答えずに長い缶をぐっと傾ける。そして、ふう。と息をついてから、ふと真顔に成って声のトーンが落ちる。――勿論、理由はあんのさ。そう言う。

「この中身。表に出したくねーし、大学関係者には存在すら知られたくねーんだ」


「研究論文とか特許絡みとか? だったら普通の業者じゃますます不味いんじゃないの?」

「それな。先生が専用で使ってたPC、そのハードディスクだ。大学内部での拡散を防ぎてー理由は一つ。趣味で研究していた超能力関連の文献が入ってる可能性がある。学内でその辺があからさまに成ると先生の立場、これまでの研究成果までが地に落ちっちまう」


 難しい事は知らないが父さんは心理学の専門家だった。東京から警察の人が協力を要請しに来るくらい、有名だったらしい。

 そう言う人は多分超能力の研究なんかしてるのがバレるとバカにされるんだろう、というのは俺でも想像はつく。

 ……特に父さんはある日突然行方不明になっていると言う負い目が、既にある。


「先生の残したデータや文献、雑誌に寄稿した原稿とかは学内にあったモノは全部集めたし、超能力関係のものについては全てあたし以外の人間は見れねー様に手は打った。残ったのは、起動出来ねーノートからひっぺがしてきたこれで最後」

 弟子を自称するランちゃんから直接聞いた事は無いが、父さんの事に関しては有形、無形問わず悔しい思いをしていたというのはにーちゃんから何度か聞いたことがある。だいたい、ランちゃんは見た目ほどおとなしくは無い。



 その苛烈な性格に関しては、中でも過激な事例をにーちゃんが目撃している。この家で何かの打ち合わせをしているとき。

 とある拍子に冗談で父さんの愛人だったのだろうと言われてマジギレ、偶々家に居あわせたにーちゃんに止められて事無きを得た事があるのだ。

「てんめぇ! 先生と奥さんに謝れっ! それとも今此所で死ぬかっ? なんかかだってみろこのクソ野郎っ!」


 手近にあった箒を掴んで目をむいたランちゃんは、いつもと同一人物とは思えなかった。座敷箒でも間違いなく人は殺せると確信した。

 小柄な女性を羽交い締めにして止めざるを得なかった元ヤンキーは、身震いしながらそう言った。


 父さんの事は、まるで神様の様に尊敬していたランちゃんなのである。ここまで何も“事故”が起きていない方が不思議だとは思っていた。

 そのランちゃんは師匠である父さんの名誉のために、大学中の資料を調べて父さんのものをかき集め、仕事や研究をしながら内緒にするものと公表して良いものをわけていた。

 学校に実質住み込んだり、自身の正義に反して父さんへの悪口や嫌みに耐えておとなしくしていたり。そう言う奇行とも言える部分にさえも一応の理由はあったのだ。



「ここまで四年かかった。そんでもまだ大事な部分が抜けてんだ。これが外れなら、あとはもう、……ねーんだよ、なにもねーんだ」

「ランさん。気持ちはわからないでもないけれど、僕には叔父さんの超能力研究を引き継ぐという風に聞こえたんだけど。……さっき自分で言った事が本当なら辞めてくれ。だって、やってしまったら、ランさんの評価まで地に落ちると言う事じゃないか!」

「その辺はとらえかたの違いだな。はは……、離陸もしてねーのに何処に落ちるって?」


 実は“黒石先生”もそこそこ有名人で、雑誌でコラムを書いたり警察の人が相談に来たりする。

 若くて美人で優秀。――学校と先生の名前あっての事だもんよ。と本人は軽く言うのだが、その人が超能力を真面目に研究する変わり者だった場合。信用も仕事も失ってしまう可能性がある、とそういう事だ。多分本人が言うほど立場は軽くない。


「心配すんなって。表だってなんかするわけじゃねー。弟子としては、なして核心部分を教えてくんねがったのか、そこに興味があるっつーわけだ。大事な部分のみあたしは知らねーんだ。実際、だいちゃんが思うほどシリアスに考えてなんかねーよ。そのハードだってスカ。って可能性の方が事実上たけーんだしよ」


 ――ぷは。……で、とにかくさ。未だ酔った気配の無いランちゃんが缶を一気に傾けてテーブルにカン。と音を立てて置く。既に中身の無い音だ。空の長い缶が2本並ぶ。データの復旧を依頼するためには1リットル分のビールが必要だったらしい。

「出入りの業者に頼めねー理由はわかったろ? 自分でやりてーくらいだけどよ。データ復旧ソフトで中身見てみようとしたけども、うんともすんとも言わねーんだよ。さっきも言ったけど、いくらかかっても良いからデータの吸出しはマジでお願いして」


「一度請け合った以上断ったりはしないし、中身を先に見てやろうなんて事も思わない。けどランさん、結果がどうあれ投げやりにはならないって、今ここで。約束してよ。――黒石博士にも社会的立場ってものはキチンと存在するんだし、そこに何かあれば当然いろんなところに波及する。勿論人質に取るつもりじゃ無いけれど、こいつらにだって……」


 ランちゃんはそれにはすぐに答えずもう一本、今度は小ぶりの缶を開ける。さっきまでとは対照的に、控えめにこくん。とのどを鳴らすと缶から唇を離す。

「わかってる、わかってるよ。全て先生のためにやってんだもん。……ヨウとツキ、それにだいちゃんに迷惑かけたら本末転倒だ。……わかってんだよ。ごめん、だいちゃん」

 私の宗教は君らのお父さんなんだ! 昔、彼女が巫山戯ふざけて言った意味がわかった気がした。




 二階には風呂の他、部屋が3つと物置が一つある。俺達の部屋と、父さん母さんの寝室、そして、ランちゃんがリビングで息絶えなければ泊まるのであろう父さんの書斎。

 物置は日当たりが無いものの、多少の改造と紆余曲折を経て今はにーちゃんの部屋になっている。


 正確に言えば部屋の入り口だけは4つある。俺と月乃の部屋は小学生まで一つだったが入り口は二つあった。

 中学に進学したときに本来壁が出来て二人とも個室になる予定だったのだが、政府の補助金は当然そこまで面倒を見てくれるわけも無く、にーちゃんに負担を強いるわけには行かず、両親の貯金や保険も今は使いたく無い。

 結局、部屋の真ん中にカーテンが吊された。入り口も別である以上、部屋は4つ。と言っても良いのかも知れないが、壁の存在が無い事を持って俺としては未だこの部屋は大きな部屋。なのである。


 そして部屋の壁際。カーテンを挟んで机が二つ並んでいる。机に座った俺はそのカーテンをそっと横にずらす。

「なぁ、優秀なお姉様。数学のプリント、終わってるだろ? 見してくんねーかな」

「はぁ? 全く、自分でやる気無いの? じゃあ歴史の穴埋め、終わってたら貸して」


 ――端から自分でやる気が無いのはお前も同じだろうに。

 俺達の通う県立けんりつ峰が先(みねがさき)中等高等ちゆうとうこうとう学校がつこう、通称県立は設立して間もない中高一貫校であり県下でもトップクラスの進学校。

 そんなに頭の良くない無い俺達が受験を経て自転車で30分かけて通うのは、ケースワーカーという職業の人がにーちゃんに補助金も将来的な育英資金の借り出しも有利です。と吹き込んだから。


 私立よりも公立の方が進学に有利な土地柄故、地元のお利口さんが一山いくらでわんさか集まっている。この状況下で成績を中程度で維持しているというのは、元のスペックを鑑みれば僥倖と言っても良い。

 当然宿題の量も何か勘違いしてるのかと思うほど。なので取りあえず宿題を、国語でテストの点を稼ぐ俺と数学得意の月乃がツーマンセルでこなす。という一点において、この部屋のプライバシーの問題は一旦棚上げにすることで月乃とは既に合意を見ている。

 他の連中はこの量を本当に一人でやってるんだろうか。それはそれで何かが間違っている気もしてくるのだが。


 明日は土曜日。選択者のみの午前授業なのでこのプリントの提出は月曜日。だから宿題が終われば予習とかは今日はもういいや。教科書を机の奥に押しやる。

「ところでさ。……驚いたな、ランちゃんの話」

「タイミング、ってあるんだね。シンクロニシティって言うんだっけ? ところで明日は予定通り?」

「行くよ。お前が行かなくても俺は行く。ゆっくり見てみたいんだ」

「私だって行くよ! 部活も無いし、陽太と同じ事思ってるんだ。行かない理由は無い」


 父さんが最後に目撃され、車や遺留品が発見された場所。覆花山おうはなやま。山と言うより丘と言った方がしっくりくる様な、のぼり始めたら5分かからず頂上に着く小さな山。

 大きな木は生えておらず、名前の通りに冬以外はたくさんの種類の花で覆われている。

 頂上は平たく開けていて展望台風になってはいるがもとより田舎の低い山でもあり、見えるものは一面田んぼと畑のみ。バスは駅から2時間に一本片道三十分弱、最終バスは十六時。

 ボルボが止めてあった、5台止まると満車の石を敷いた駐車場。父さんのキィホルダーが落ちていた頂上の小さな社。今更行かずとも確かに良く覚えてはいる。


 にーちゃんとは何度か行ったことがある。自宅から自転車で1時間以上。小学生の足ではとてもたどり着けなかったからだ。

 頼めば連れて行ってくれるだろうが、にーちゃんは覆花山へ行くことはあまり乗り気で無く、いつかそれを頼むことは無くなった。


 バスを使おうにも一度駅で乗り継がなくては成らず、約2時間弱かかる上片道の料金は400円を超える。往復最短4時間以上は小学生で無くともあまりにも時間がかかりすぎだし、交通費のみ子供料金一人千円は小学生にはあまりに大金過ぎた。


 だが、県立へ進学した事が意外にもこの距離を詰めた。学校からなら30分かからないのだ。そして一年にわたる片道30分の自転車通学は足腰を鍛えた。

 サッカー部の月乃は、それ以上に鍛えられているだろうがそれも悪い話では無い。ママチャリで1時間弱ならいけそうだ。と思えるだけの体力が二人には付いた。

 最近はバスだって百円乗り放題の小さいバスが一時間に一回来るようになった。


 勿論父さんが居なくなってからもう何年にも成るのだ。俺達子供が見つける事の出来る痕跡など、残っていようはずも無いというのは頭ではわかっている。

 名前の通り山を彩る花と、眺望というには多少物足りない景色。行ったところでそれしか無い。でも。



「にーちゃんに内緒で行くのは少し悪い気がするんだけど、ね」

「行きたくないところに無理矢理付き合わせるのはやっぱ悪いだろ。それに、話が出来た場合、最終的にイヤだとは言わないだろうと思えちゃうあたり、かえって頼みづらい」 

 明日は午前授業でにーちゃんは終日出勤。バレずに動ける状況はそろった。


 父さんの失踪自体は俺達兄妹のみならず、にーちゃんやランちゃんにもかなりのインパクトを与えた。

 あぁ見えて実は研究一本槍だったランちゃんは近所の県警南署や雑誌社へ人脈を作り、研究の邪魔になる“仕事”を引き受けるのと引き替えに犯罪に巻き込まれた失踪事件として、今でもそれなりに捜査が継続する様各方面のおしりを叩いて廻っている。


 一方のにーちゃんもまた、ランちゃんとベクトルは違えど父さんを尊敬する一人だった事に変わりは無い。ある意味ランちゃん以上であるとも言える。

 父さんはにーちゃんがヤンキーだった時代、夜通し電話で話していたり、突然車で4時間かけて直接会いに行ったり。実の子供よりも広大を心配している、と親戚間で話題になるほどにーちゃんを気にかけていた。

 そして叔父さんのお陰で高校を卒業出来たから恩返しがしたい。働きながら叔母さんの代わりに家事をやるから住み込みをさせて欲しい。

 と、そう言って家を出てきたのだから。


 だからヘコみかたも相当だったのだが、立ち直って後は失踪自体を忘れた事にしているらしい。だから覆花山、と言う言葉が出た時点で不機嫌になり最悪、「今日は先に寝る」と会話さえ打ち切られてしまう。

 もっとも当時二十歳のにーちゃんが俺達の父兄になる。と言う決断をするのは失踪の1ヶ月後なのであり、落ち込んでいる暇など実質無かったかも知れないので、忘れてしまう。と言うか形でしか気持ちの整理は付かなかったのかも知れないが。


 だから覆花山行きに関して言えばにーちゃんには言えないし、犯罪絡みを疑っている以上ランちゃんに言っても、

 ――警察の捜査以上の事なんか出来ねーべ? やめとけ、無駄足だ。

 と、遠回しに現地には行くな。と言われるのは目に見えている。

 思い出す必要は無いし、調査なんて中学生に出来る事は何も無い。勿論わかってる。


「なぁ月乃。地図とか良いのか?」

「要らない、学校の前から見えてるし、新しい道まっすぐで良いから迷わない」

「ま、確かに」


 何も無いのはわかってる。でも行きたい、理由なんかただそれだけ。それでも良いと思う。

 何も無い、と言うのをある程度大人になった俺と月乃でじっくり確認する作業。それは絶対に必要だと思うから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ