その後 1
「わざわざ呼び出しちゃったけどさ、ホントになんかわかると思う?」
「そう思ったからお願いしたんだ。もっとも応じてくれるとも思ってなかったけどな」
今日は寒くは無いが少し風が強い。俺のネクタイ、月仍のリボンとスカートが靡く。
ゴールデンウィークから二週間。午前授業終わりの午後。月仍と覆花山の山頂に居た。
「残留思念。確かに父さんの文献の中にあった。……書斎に放りだしてあった以上ランちゃんは軽視してると思うし、中身を見れば書いた父さんだって否定的だった。だけど……」
ランちゃんの過去を見たときに思った。
強烈な記憶が生まれたときは、その場に記憶のかけらが落ちる。そう言う可能性は否定出来ない。
いつも通り、具体的になんか説明出来ないんだけど。そういう事はある、かも知れない。とだけは言える。
場所やものの過去を見るならば、それは存在するかしないかさえわからないサイコメトリーの能力が必要。
そう言う能力者を探し出して、協力してもらえるならば。
父さんの最後の日を見ることはあるいは出来るのかも知れない。
だが、俺達兄妹も含め何らかの能力者は、誰にもバレない様にひっそりと生きているはず。能力の方向性を絞った上で能力者を探すのは、事実上不可能と言って良い。
一方、残留思念がもし存在しているのなら。たとえて言えばそれは人の記憶のかけらのようなもの。見るべきものが記憶のかけらだと、そう言うのならパストコグニションの能力者には可能なはず。そしてパストコグニションの能力者ならば、俺には心当たりがあった。
だからあえてランちゃん、にーちゃんには内緒でコンタクトを取った。
「本当に見えるかどうかは話が別なんだけどな」
「……来たんじゃ無い?」
ダーク系のスーツの男女二人を連れて、茶色の地味なジャケットを着た中年男性が杖をつきながら遊歩道を上ってきた。光人善道である。
「お久しぶりですね陽太君。と、そちらは月乃さんですね。初めまして、光人善道と言います。大変な目に合われたのでしたね、黒石先生に伺っております。言葉で言っても足りないでしょうが、私の監督不行届が事の原因。本当に申し訳なく思います。その後、体のお加減は如何でしたか?」
「初めまして。愛宕月乃です、こんにちは。……えーと頭痛が治まってからはもう、全然」
月仍の薬物中毒は入院半日で抜けた。
要は手っ取り早く洗脳を進める為、トランス状態にするために薬物を使った様で、いきなり精神を潰すほどの投薬は当然ながらしていなかった。
自分の専属巫女として末永く使うつもりだったのだから当然と言えば当然だ。
むしろその後大変だったのは、と言うか今でも大変なのはにーちゃんとランちゃんだ。
かたやにーちゃんはいくら銃で脅されたとは言え、その相手の内臓に損傷を与えた上、背骨を潰し足をへし折った門で、過剰防衛の疑いがもたれて現在も仕事帰りに警察に寄って事情聴取を受ける日々が続いている。
但し足を折ったのだけはにーちゃんでは無いのだが、これは当然話が出来ない。俺としては歯がゆい限りなのだが、彼の立場としては。
――覚えていませんが僕がやったと思います。と言うほか無い。
一方のランちゃんは理路整然と話が出来るはずの目撃者ではあるのだが、何しろ能力関係の事については全てNG。
そしてそれを省いてしまうと、何故ここにいたのかまで含めて話が全くつながらない。
ランちゃんは二週間経った現在もキレたり記憶が混乱したりしたふりで誤魔化しつつ、にーちゃんの警察での供述を元にして、懸命にストーリーを練っている。
ここまででようやく半分くらい筋書きが決まった様だ。
「取りあえず、陽太君からお話があるのでしたね。――あなた方は車で待っていて下さい。あとで電話をします。――大丈夫です、問題はありません」
付いてきた二人は怪訝な表情をするが、それでも一礼して上ってきた道を降りていく。
「善道さん、あなたはいい人だと思う。だから全面的に信頼してこの話をするんだと言う事を、先ずは言っとく」
「ありがたいことです。陽太君と月乃さんには既に返しきれないほどの義理がある。それでも信用して頂けるならそんなにありがたいことは無い」
「あなたがいい人で無ければランちゃんもにーちゃんも酷い目に遭う事だけは確定だ。だからあなたはいい人だと俺が決めた。もし俺が間違ってて悪い人だったら愛宕家を全滅させれば良い。組織なんか無くたって俺達兄妹含めてもあなたなら一ひねり、簡単なはずだ。これからするのは、俺達からするとそれくらいの話だ」
「何を差し出せば良いのか見当も付かないのですが、陽太君の信用にお答えするのになにか証拠は要りませんか?」
「要らない。俺達はテレパスの双子だから腹の中は見えないけれど、言葉の本質は見えてるつもりだ。俺達が間違ったなら、それは化かし合いに負けただけ。……自信はある!」
「荒巻の悪意さえ払いのけた君達なればこそ、それを言う資格が有る。先の見えた短い命だが、それでも私は君達の信頼に応える必要があるでしょう。宜しい。君たちの信頼に応えうる良い人であるように、文字通り死ぬまで努力する。それで身の証としましょう」
先ずは知っているはずの俺達兄妹の能力の説明。
そしてあの夜何があったのか。
俺と月乃の視点からベンチに腰掛けてもらった善道さんに話して聞かせる。
当然テレパシー以外の能力発動の件は初めて聞く情報なはずだ。いい人だと信用している以上、全て。包み隠さずに話す。
「……。先週、黒石先生からおおよその話は伺いましたがそれ程とは……。正直、言葉も無いとはこの事だ。本当にみなさんがご無事で良かった、本当に……」
「善道さん、わざわざ来てもらった理由はここからだ。父さんが失踪した件については、大筋をランちゃんの記憶で視て、知っている。そう言う認識で良いですか?」
「確かにこの山なのでしたね。陽太君の頼み事の見当は、だから付いていますよ」
「出来るんだったら、陽太からだけじゃ無く私からもお願いします」
「……残留思念、善道さんはあると思いますか?」
「なるほど、そう言う言い方をすれば良いのですねぇ。――ありますよ、そう言うモノはある。但し、なんと言ったら良いのか、ふむ。こういう言い方は巫山戯ている様で不謹慎な気もするが、賞味期限のようなものがある。……内容が劣化したりするわけでは勿論無いですが、人としての念が薄くなる。端的に見えづらくなると言い換えましょうか。当たり前のことです。あくまで零れてあふれた意思なのであって、人では無いのですからね」
見てもらうのは人から零れた記憶のかけら。時間が経てば薄れてかすれる、当然そういう事はあると思う。
だから月仍と俺がここにいる。
「月乃、一回だったらスタンピードでは無いよな?」
「それは屁理屈って言うんじゃ無い? ……ま、出来るかどうかやってみても良いと思う」
「良し、じゃあ始めよう。――善道さんのパストコグニションはわかるか?」
「ん~。――わかる、いけると思う。フルパワー×2で善道さんを持ち上げんだよな?」
それにアンプリファイヤには覆花山のパワースポット効果が乗る。元々善道さんの力自体が強力だから、考えられないような規模でパストコグニションが発動するはずだ。
かすれて風化した記憶も、残ってさえ居れば。だからある程度見えると思う。
「さらに俺がお前のトランスミッタを借りて、視えたもの全てをお前に生中継する。相手がお前ならいけると思う」
「生中継は超大変。そんな強引なことすると、頭痛で寝込むことになるぞ?」
「明日は休みだ、構わない。どうせここでなきゃ出来ないし、二人で見なきゃ意味が無い」
なにも言わず善道さんは賽銭箱のあった手前付近まで歩くと立ち止まる。
「多分この辺ですね。おおよその日時がわかりますか? ――結構です。引き延ばせてほんの数秒、しかもどんな思念なのかは見当も付かない。……覚悟が出来たなら声をかけて下さい。何時間でも待ちますよ」
どうやら善道さんはなにも言わずとも記憶のかけらを見付けたようだ。
「いや、すぐ始めます。……月仍、良いな?」
「オーケー、いくぞ。アンタのコントローラだけ、持ち上げんだな? ――どうだ!」
「よし、こっちもわかった。持ち上げる。こうか?」
「すげぇ、こんな感じなんだ。行くよ善道さん。――陽太、トランスミッタはいける?」
「つかまえた。――善道さんお願いします」
「世界が、見える……? なんという力。これも思し召しか……。では、始めます」 善道さんはしゃがみ込むと右手を地面に付けた。
疑似プリメインアンプを抱えて登ってくる男性の視点。多少ごつい印象の手の甲、時折見える腕時計、見たことのあるシャツの袖。父さんだ。音声は一切無い。
賽銭箱の前。背負っていたリュックを降ろして、襟を正すと背を伸ばして十円玉四枚と五円玉を放る。四十五円(始終ご縁)があります様に。
――日本の神様はだじゃれが好きなんだよ。だいたい、お賽銭けちって十円だったらとうえん、なんつってな。縁遠くなっちまうらしいぞ。ランにはよく言っておかねぇとわがんねな。今だって相当なのに更に縁が遠くなったら目も当てらんねぇ、
昔、父さんが笑いながらそう言っていたのを思い出す。柏手を打って頭を下げた父さんが、何を願ったのかまではわからない。
そして銀色の箱にリュックから引き出したコードをつなぎ、皮の手帳を開くと何事か書き付けるが内容は映像がぼけて見えない。そしてその指がスイッチを入れる。その瞬間、世界が歪んだ。
いきなり覆花山山頂に地割れが走る。ここだけ感情が一緒に視える。
――テレキネシスが暴走した? 三倍でも大きすぎたか!
確かに父さんはその時そう思った。
地割れに飲み込まれる瞬間。賽銭箱の脇、放り出された茶色の皮の表紙の手帳が見える。
――あれだけは、人目に触れては!
瞬間、小さく手帳の下にも地割れが口を開ける。
そして片手でぶら下がった状態で最悪の事態は終焉を迎える。地割れがすぼまり始めるという形で。結局手が滑って地割れに落ちる寸前で映像は唐突に終わった。
今回は意識していたからわかった。今ので二秒かそれくらいだ。きっと善道さんが、ほんのコンマ何秒で終わる映像を理解しやすい様に引き延ばしてくれたんだろう。
「何よ! なんなのよ! 今の!!」
『本当に父さんなのか!? 今の!!』
立っていられなくなってその場に片膝をつく。流石に無理をしすぎた。
『ESP系能力の副作用は循環器系に来るんじゃねーかと考えてる。……心臓とか血管な』
ランちゃんの言葉を思い出す。心臓が口から飛びだしそうで、脈を打つごとに頭痛がする。視界には星が飛び、目の裏も痛い。とにかく答える。
「そうだ。間違いない」
そして地面に片手をついてしゃがんだまま動かない善道さんも肩で息をしながら言う。
「五年も前の記憶の残滓がこれほど鮮明に見えるとは、なんという力……。以前、黒石博士に見せて頂いたご記憶とも一致します。今のは愛宕宗太博士で間違いないでしょう」
「自分のテレキネシスで地面を割って、自分で飲まれて、そのまま自分で元に戻すなんてあり得ない!」
「あったんだ。全て事実だ、受け入れろ! じゃないと前に進めない! 俺達も、ランちゃんやにーちゃんも、みんな……。とにかく善道さんをベンチに。月乃、手を貸せ!」
這々の体でベンチにへたり込んだ善道さんは、落ちた肩を更に落として言う。
「あまり良くないものが視えてしまったようです。……例え軽蔑されて恨まれようとも、やはり軽々にお話を受けるべきでは無かったかも知れない」
「いえ、良かったんです。父にあわせてくれて、ありがとうございます。――無理をしてもらってすいませんでした。……おい、月乃?」
「……ありがとうございました、無理に持ち上げてごめんなさい。頭、痛くないですか?」




