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木曜日(祝)8

 目は荒巻の拳銃を凝視したまま。ゆっくりと右手を開く。

 ポケットにあった何かは、落ちないでその場に浮いているようだ。

 パワースポットと無差別アンプリファイヤのお陰だ。


 ただ、さっきと違ってやはりスピードが上がらない。荒巻を打ち抜いたりは出来ないから意表を突いてぶつける程度。

 その後は飛びかかって押さえるしか無いし、それでどこまで効果があるものかは疑問だが、それでも気をひく事さえ出来たなら。

 それなら俺が撃たれても、後はにーちゃんがやってくれるから問題ない。



 ……時間切れだ。腹を決めて、叫ぶ。

「お前なんかにランちゃんを撃たせるか! こっち向け、くそ詐欺師!!」


 叫んだこちらに銃口が向く。だが引き金を引くよりも、五百円玉が荒巻の眼鏡をへし折り、のけぞらせる方が早かった。足下がふらつき月仍の方へ二、三歩よろける。


 そして俺が走りだそうとしたとき、無表情の月仍が明後日の方向を向いたまま、不意に腕を横に伸ばし荒巻の足に触る。

 ――パキン。乾いた木が折れる様な音がすると同時。

 右足のふくらはぎのあたり、間接の無い部分が折れ曲がった荒巻は悲鳴と共にバランスを崩す。


 サイコキネシスだ!


 あいつも使ったことは無かったはずだが、動かないはずの体を動かし、使ったことの無いその力で足を無造作に折りにいって、きっちり成功しやがった!



 荒巻が倒れる前にはにーちゃんが彼の目の前に走り込み、すぱーん! と布団を叩く様な音と共に警棒が彼の鳩尾付近にまともに入る。

 雑誌の広告では超硬度を誇っていた警棒がしなり、悲鳴さえ上げずに荒巻のからだがくの字に折れ曲がったところでひゅん、警棒がうなりを上げ、今度は背中に鈍い音と共にもう一発。


 荒巻が手放した拳銃を蹴り飛ばし、頭にとどめの一撃を入れようとして思いとどまる。

 かしゃん。にーちゃんが放り出した多少曲がった警棒は、地面に落ちると無機質で硬そうな音を立てる。

 ジャンパーを脱いでその袖で動かなくなった荒巻の腕を縛り上げる。



 鹿又達にけちって五百円しか貸さなかったら、会話の引き延ばし工作から始まる愛宕家四段コンボの二段目は発動せず、間違いなく誰かは撃たれていた。

 男は格好を付ける事だって重要なのだとたった今、命がけで学んだ。



「ランさん、ツキを!!」

 ランちゃんはすでに月仍に駆け寄って彼女の巫女服から覗く手足を点検している。

 自分の命はどうでも良いのに、他人の命には過ぎるくらいに敏感だ。


「薬キメられたみてーだ、今はラリってるが、大丈夫、ちゃんと生きてる! ――畜生、ツキの腕に注射なんかしやがって! てんめぇー、荒巻ぃ! ぶっ殺してやるっ!!」

 身動き一つしない不抜けた表情の月乃を抱きしめ、荒巻を睨んでランちゃんが叫ぶ。


「ランちゃん、お願いだから落ち着いて! ……今は月乃を!」

 さっきまで殺される気満々だったくせに、今度は本気で殺しかねない。

 ああ、もう極端から極端に! 体は上手く動かないから使えるのは口だけ。


 但し月乃、と言う言葉には反応してくれた。ランちゃんは荒巻を睨むのを止めて月乃を強く抱きしめる。

 自殺願望モードとぶち切れデストロイモード以外にモード移行してくれるなら、もう今はそれで良いや。



「……月乃、聞こえてるか? ――お前、今“答えられる”か?」

『体は動かないけど頭はだいぶ普通に考えれるようになった。それより上手く足、折れたか? 触れたのは良いけど、間接視野でしか見えてないから真横じゃ見えなくて』


「完全に骨折した、やっぱりわざとか。――大丈夫か? 何かされなかったか?」

『なんで、おっさん達の前で着替えるのにこんなパンツだったんだ……。一番子供っぽいヤツじゃないか。パンツも、ブラも』

「いきなりそれか! 馬鹿じゃ無いのか!? かえってその方が良かっただろうが!!」



 ホテルの部屋の様なところで巫女服に着替えている映像付で月仍の声が飛んでくる。

 これはパストコグニションじゃ無い。自分で見た、鏡に映った映像を思い出したのか。

 下着姿をおっさん達に眺められた上に子供扱いされた屈辱も直接画に乗って伝わってきたが、それ以上の被害は無いようだ。こんな事が出来るのも覆花山に居ればこそだ。


 子供扱いされたと言う事はおっさん達の中にロリコンが居なかったと言う事でもある。

 月乃が何を思っているかはともかく。良かったな。としか言いようが無い。



「とにかく他は何にも無かったんだな。――体はどうだ?」

『さっきは根性で腕を動かしたけど、基本動けないし喋れない。けど頭はもう大丈夫』


「体動かないだけなんだな? ならコントローラを持ち上げてくれ、出来るか?」

『で、何すんの? ……んー良いや、後で聞く。急ぐんだろ? さきに持ち上げるぞ』



 荒巻の“スイッチ”を探す。

 ――能力発動用のスイッチやつまみ。お前ならそれが見えるはずだ、とランちゃんは言った。

 そしてそれを壊せばあくまでイメージ上での話だから一時的であるかも知れないが、能力発動は不可能になると思う、と。


 探すのでは無く俺の中でイメージすると言う事なのかも知れないが、それがわからなければコントロールは当然出来ないから同じ事だ。

 どちらにしろ、コントローラである以上。それは見えるはず。


 イメージの中に現れたスイッチやつまみの付いた華奢な箱。

 それをテレキネシスを全開にして叩き潰すと荒巻から感じていた能力者の雰囲気が消えた。上手くいったみたいだ。

 詐欺師としての重要スキルの一つだったトランスミッタは封印された。


『トランスミッタの気配が消えた……。陽太がやったの? そんな事、出来るんだ』

「お前と二人、そろってないと無理だけどな。今やってみてわかった」

 もう立っていることも出来ない、今度こそ、その場にぺったりと尻をつけ座り込む。



「さっきからなにをぶつぶつと。――ツキの意識が、……あんのかっ!? いがった~」

 ランちゃんは月仍に覆い被さる様にしてへなへなと崩れる。普段の野良猫博士モードに戻った様だ。


「お前のだろ。お金の“使い方”を考えろとよく言うけどな。今回は良い使い方だったよ」

 にーちゃんが傍らに歩いてくると五百円玉を俺に手渡す。あの状況でよく見えてるな。

 そのまま月仍と一体化したランちゃんの横まで歩くと、多少気を使いながら声をかける。


「ランさん、救急車の手配。任せて良いかな? ……僕は状況を説明する自信が無い」

 ――わかったー、任せて。まるでリアクションの無い月仍を抱き枕の様に抱きしめたまま、ごろんとレジャーシートに横になったランちゃんが電話を取り出す。

 ……だが電話をかける先は一一〇番でも一一九番でも無く携帯電話。



「もしもし、黒石です。林谷クン、まだ仕事してっか? ――ならすぐに二、三人連れて覆花山にこぉ。荒巻を確保したから殺そーかと思ったけど林谷クンにけでやる。県警本部の捜二を出し抜いて大手柄だ。良かったな、あたしと知り合いで。――それと救急車の手配を大至急。ダウナー系の何かを強制投与された急性薬物中毒が一人、被害者は十四才の女の子。現在意識不明、呼吸、脈拍はやや不正。薬物の種類が不明だから先岡中央じゃ無理だ、救急車が直接南センター病院のERか復興記念病院に行く様に話付けてけで!」



『ランちゃんに言って! 意識はある、不明じゃ無い! すごくある!!』

「目と口が半開きで、しゃべりも動きもしねーヤツの意識の有無をここでどうやって確認するんだよ。意識不明で良いんだ、ランちゃんは、知っててわざとそう言ってんだから」

『う~』



「但し、十分で救急車が来ねがったら荒巻はあたしが殺す! ――黙れ! 大事な妹拉致られて薬キメられたんだど! 警察は捜査願いを受理しただけ、探してくれねーから結局このザマだべ! ついでに家族全員、銃で撃たれるとこだったんだぞ! この状況で、どーやって警察を信じろっつーんだ! ――うっせー、そんときゃあたしを逮捕しろっ!」



 警察に状況説明をしつつ、患者の容態を説明しながら救急車の手配を搬送先まで含めて警察経由で先回りさせる。

 ここまでやれば田舎のこと、救急隊にも病院にも否は無いだろう。

 まぁ、警察に頼み事をするときに脅すのはこの人くらいだろうけど。


 刑事さんの携帯にかけたのはもう一つ、録音されないからかも知れない。

 要するに文句を言いたかったんだろう。

 まだ、デストロイモードの余韻が残っちゃってるだろうし。


 言いたいことを言い終わると電話を文字通り放り投げたランちゃんは動かない月仍にほおずりをし、髪を撫で、半開きの口から垂れたよだれを袖で拭き散る。

 にーちゃんは二人の近くにしゃがみ込んでただそれを見ている。



「ヨウ、本当に何も無かった、っつったんだな? ――良かったよ、本当に。あたしが馬鹿だった、うかつだったんだ。許してくれ。辛かったろ、苦しかったろ、怖かったろ。ごめんなツキ。あまりにも考え無しだった。……なんもねくて、ほんてんいがった、うぅ」


『いつまで動けないんだ、こんなのかっこわるいよ……。ランちゃんに泣かれても困るし』

「知らないよ、病院行ったらわかるだろ。……俺だって。もう、動けない」



 さっきの五百円玉は直接腕に来た。

 右腕は重しを付けられた様に重く肩も動かない。そもそも全身がだるいし痛い。

 もう立ち上がることさえ出来ずにそのまま大の字に倒れ込む。

 月明かりの下、頂上でだいぶ遠くから救急車とパトカー、二種類のサイレンが近づいてくるのを聞いていた。



 救急隊の人と刑事さん達が息を切らせて上がってくるまではランちゃんの電話からほんの十分少々だったはず。

 だけど何もしない、出来ないその時間は、後で思い返すとほんの一分だったようにも一時間だったようにも思えるし、その時何を考えていたのかも、実は良くは覚えていない。



 ただ、横を向いた視界の先、座り込んだにーちゃんのポケットから半分こぼれたキィホルダー。ぶら下がる様な形になったボルボのキィが、月の光を跳ね返して光っていたのだけは鮮明に覚えている。




 そしてゴールデンウィーク後半の連休。月仍は頭痛、俺は全身筋肉痛。

 二人ともパワースポットに強引に持ち上げられた能力の副作用で、寝て過ごすことになったのだった……。



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