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木曜日(祝)7

 何も無い頂上は、月光に照らされて意外と視界が効いた。

 あるものは腐りかけた柵に丸太のベンチ、そして小さな社。

 だから社の前に人影が二つあるのはすぐにわかった。


 スーツを着て眼鏡をかけた痩せた男が立つ傍ら、場違いな虹色のレジャーシートを敷いた上に座る赤と白の巫女の様な格好をした少女。

 気の抜けたぼんやりとした表情まではっきりわかる。月乃だ。


『ちっ。下の馬鹿共はどうした!』



 ――なるほど、まだ自分の能力には気付いていない。

 薬か何かで半分意識を失った月乃のアンプリファイヤは、今は無差別発動状態。

 この場に居る全員の能力全般、全てが持ち上がってる。荒巻でさえ例外では無い。 やはりこの男はトランスミッタだ。


 息が上がって深呼吸したいくらいだが、胸を反らして、制服のズボンのポケットに両手を突っ込んで、精一杯イキがって。

 あえてテレパシーで聞こえた声にそのまま返す。 



「もう居ない。通販の警棒と、金髪ジャージ女と、ひ弱な中学生にびびって車ごと逃げちゃったよ! アンタは明日の朝六時四十五分、バスの始発まで帰れない!」

「……何を言っているのかな少年、意味がわからない」

「ならあたしが分かり易く言ってやる! ……妹を帰せ。洗脳なんかされてたまっか!」


 ――! 場所と月仍の相性を踏まえた上で一気に洗脳のステージを進める気だったんだ。ランちゃんがあえて言わなかった“可能性”にはこれも含まれていたのか。


 だが荒巻は全く臆するところ無く平然とこちらを見返す。

「誰かと思えば黒石先生ですか。洗脳などしませんよ、そもそもが神より使わされし巫女、ご記憶を取り戻すだけで良い。我が教団が御身柄を見付けるところまで含め全ては……」


「おめーの信仰はいったい何だ! キリスト教、仏教、そして神道! そんな節操の無いヤツが何が我が教団だ! 宗教はなー、この日本じゃ逃げ場を失った人の最後の命綱なんだ。それを金儲けの道具にしやがって、それを金額に換算しやがって、それを食い物にしやがって! そんでどの面下げてそだごどかだりやがる! 光人善道氏に同じ事を真顔で言えっか!? 彼はおめーが教団乗っ取りを謀ろうとしていることまで全部知ってたぞ! 何かをゆーならその前に、恒久平和会と終末観世音から抜いた金を全額戻してからだっ!!」



 ランちゃんがキレた。

 彼女の仕事は人の内面を観察すること。

 そして彼女の宗教は命がけのアパート。

 宗教にすがるしかない人の気持ちがわかるんだろう。だからキレた。


 その最後にすがったわらの一本々々に値札を、しかも嘘の価格の書かれた値札を貼る男に。



「もうボディガードも居ない。妹を帰せば少なくとも僕らは何もしない」

「幸い場所も良い。むしろあなたたちに黙って冥界へと降りて頂きますよ。我が教祖様にも、後ほど少し寿命を早めてもらうとしましょう」


 そう言うと、懐から黒い塊を取り出す。

 ――拳銃!! おまわりさんの腰に付けてるヤツ以外で始めてみた。

 かなり小ぶりで、月に照らされたそれはプラスチックの質感。

 そしてその銃口はこちらへと向けられる。


「拳銃……? 何故そんなものを!」

「先ずは色々と事情をご存じな様子の黒石先生から。なに、多少のタイムラグしか発生しない。三人そろって冥府でも奈落でも地獄でも。仲良く好きなところへ行くと良い」


 にーちゃんがランちゃんを庇う位置へ、微妙に位置をずらした以外誰も動けない。

 アンプリファイヤは俺を特定せず無差別発動状態。

 そして俺個人も二度目。砂粒を飛ばすのには流石に力が足りない。

 月仍に呼び掛けることが出来ないから、力のこれ以上の上乗せは期待出来ない。


 それに出来たとしても砂や石に力を乗せるには時間がかかる、

 明らかに石が浮くのが見えるし、その状態で無いと仕込みが出来ないのはさっきわかった。


 月仍の能力を肯定しているのだ。荒巻はそれを目の錯覚では無く、力の発動として認識するだろう。

 ついでにさっき荒巻のテレパスに直接答えてしまった事もある。

 誰がやっているかなど考えるまでも無い。仕込みに時間がかかればバレる。


 せめて石でも拾うことが出来れば。

 手に持っているなら力を乗せるのには手間は要らない。

 ポケットの中に硬いものがあるのに気付く。

 この際何でも良い、握りしめたままポケットから手を出す。

 どうやら力は乗せられる。簡単では無いが言う事は聞いてくれそうだ。


「素人が撃ったところで当たんねーよ! 10m以内だって外れんだぞ!」

「そうでしょうけどね。でも十発以上あるんだから三発くらい当たるでしょう、練習だってそれなりにしてますしね」


「グロック17……、改造エアガンじゃねーみてーだな。ならば十五発、一人頭五発ずつってか? どうやって日本にそんなものを持ち込んだ!? やくざもんなら、おとなしく中国産のメッキトカレフでも持っとけ!」



 これはさすがにわかった。ランちゃんは会話を引き延ばそうとしている。

 しかもその間も月仍を助けるためにどうするか、考え続けている。

 右手の中。さっきの砂や砂利より明らかに大きく力の上乗せも薄い。力が上手く乗らない、スピードも遅い。

 けれど時間をかければその分くらいは速度は上がりそうにも思う。

 今はランちゃんに期待してぎりぎりまで力を乗せることに専念しよう。



「さすがにオタク文化に造詣が深くていらっしゃると評判の黒石先生、拳銃にもお詳しい。トカレフは扱いづらい上にセーフティが無い。単純に危ないですからね。私の様な素人が使うにはちょっと向かない。グロックがちょうど手になじむんですよ。日本人向けとしては最高だと思いますが?」

「グロックのセーフティだってぜってー素人向けなんかじゃねーべ! 素直にガバメントとかP230でも使えば良いじゃねーか! なんだ、その意味のねーこだわりは!」


 ランちゃんは自分を庇った位置のにーちゃんより更に一歩前に出る。

 そう、にーちゃんがランちゃんを庇いたい様に、ランちゃんはにーちゃんを傷つけたくない。これは切実に。



 ここで思い出す。彼女は普段、無理矢理押さえつけているだけで自分の死にはそもそも躊躇も恐怖も無い。

 あるのはあろう事か願望、憧憬。それが叶うことが念願でさえある。

 更に今ならにーちゃんを庇って死ねる。これは現状で考え得る最高の舞台だろう。自分が十五発全部受けて死ねたらもう最高だ。


 その辺は言霊使い、だから初めは致命傷にならない場所に撃たせるようにわざと誘導してる可能性がある。

 しかも運良く、いや運悪く。一発で即死したとしても、荒巻に隙が出来れば後ろに控えているのは特殊警棒を構えたケンカ百段。

 拳銃の脅威が数秒無効になるなら荒巻を倒せると言う読みなんだろう。

 ならば自分が死のうが、俺を守り月乃を救うことは出来る。


 つまり。十年来の憧れが成就し付録まで付いてくる。

 回りくどい自殺はもう始まっているんだ。

 状況は非常に不味い。――はやく、早く、速く。



「それに日本は銃の所持がそもそも禁止だ! 日本人向けの銃なんか、警察のニューナンブ以外あるかっ!!」

「ふふ……。違いない」


「弾丸の調達だってグロックじゃ、それこそトカレフの百倍面倒なはずだ、何考えてんだ。プラ外装が好みか? いずれ中身は鉄なんだ。護身用の銃に実用性以外を持ち込むとか馬鹿のすることだ。だったらよほど改造エアガンの方が軽くて使いやすい」

「さっきも言ったが扱いやすいんですよ。つまりは命中精度が高い。改造エアガンはその辺がどうしても。――さて、グロックの良さがわかるガンマニアとお話するのも楽しいのですが、そろそろお終いにしましょうか」


「荒巻、てめーはそれでも……、くっ」

 ランちゃんが更にもう一歩詰めるのと時を同じくして、荒巻が腕を伸ばしてゆっくりと銃を目の高さにまで上げていくのが見えた。



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