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木曜日(祝)6

「ヨウっ、待て!」

 駐車場では無く山の入り口に黒い大型セダンが一台。

 入り口を封鎖する様に止めてある。

 ボルボが止まるよりも前にドアを開けて飛び出した俺は、取りあえず車を迂回しようとしたが、スーツの男に止められる。


「通行止めだ。帰れ」

「誰が帰るか!」

 男ごと迂回しようとした瞬間、肩口を捕まれて、あっさりと革靴で蹴り飛ばされた。


「痛っ、……てめぇ、何すんだよ!」

「その程度で済んでるうちに帰れ、くそガキ」

 いつの間にか男の数は二人に増え、片方は木刀を持っている。

 大きな木が無いとは言え遊歩道以外は実質歩けない。

 無様にひっくり返ってしまった状態から起き上がるが、俺はただ睨む以外出来ない。

 ――シャキン。後ろで金属質の音がした。


「あんたらはどこの組の人間だ? 堅気のガキに手を出すなんてたいしたクズっぷりだね。任侠も近頃じゃだいぶん安くなったものだ」

 俺の後ろには、いつの間にか雑誌の裏の通販で売っている様な伸縮式の警棒を右手に、指出しの皮手袋をしたにーちゃんが立っていた。

 そう言う準備は一応してきたらしい。相変わらず全てにおいて用意周到だ。



「やくざじゃねぇよ。わかったら早くガキ連れて帰んな」

「なら立場は一緒だ、安心した。前にやくざをボコった時は警察よりも後が面倒だったし。先に手を出しておいてごめんなさいで済むとか、小学生みたいな事は言わないよな?」


「どっちがやくざだ! とっとと帰れ。それならこっちもこれ以上は何もしねぇ」

 多少気の抜けたような声。だが、にーちゃんは聞いた事の無いドスのきいた声で答える。


「断る。天下の公園をおまえ達やくざ崩れが封鎖する理由は無い。今すぐそのうすらデカい車をどけてここから居なくなれ。今日のところはさっきの件も含めて、それで勘弁してやる。……あまり僕を怒らせるな」


「てめぇに指図(さしず)される謂われはねぇ!」

「同感だな、こっちもあんたらの命令に従う義理は無い。……どうしても避けないなら、こちらはその車とあんたら二人。叩き潰した上で踏みつけて通るだけだ」


「たった一人でカッコイイじゃねぇか、チンピラ崩れの兄さんよぉ。女の前だからイキがってんのは良いけどな、いろいろ後悔する事に成るぜ?」

「チンピラ崩れ? お門違いだ、僕は善良なる一般市民だ。……もとい、町民だ」


 にーちゃんが一歩前に出るのと同時にランちゃんが俺の肩を抱いて一歩下がる。

「怪我、ねーか? 荒巻の取り巻きだ。ツキは上に居る、間違いねーが。これでは……」


 きっと昔、こんな感じに一人で殴り込みをかけて一人で酷い目に遭ったのだ。

 口喧嘩ならば百戦錬磨の言霊使い、ランちゃんが居るが、実力行使となればランちゃんは勿論、俺も多分役に立たない。

 俺を蹴り飛ばした男は素手だがよく見ればやたらにガタイが良い。もう一人は木刀。


 ――ちくしょう! 何も出来ないのか!

 そう思った瞬間、月仍の気配を感じる。やはり山の上だ。

 そしてみるみる頭がクリアになる感覚。パワースポット。ここは、そうだったじゃないか。

 そして俺はテレキネシスの能力者だ。そう書いてあったのだからそうだ。



「月仍ぉ! 居るなら力を貸せぇえ!!」

 頂上まで、声が届くか。俺は受信は出来ても送信が出来ない。



「月仍様が目的か! 荒巻さんの読み通りとはな」

 月野様と来た、使い方までランちゃんと光人善道の予想通り。やはりお前等が……。



 声は月乃に届いたらしい。月乃が力を持ち上げているのがわかる、テレキネシス。

 使ったことは無いけれど、能力は手足の延長。

 使い方など教えてもらう必要は無かった。


 足下の砂利が音も無く俺を取り囲む様に少しずつ浮き上がる。

 ランちゃん以外それには誰も気付かない。

 彼女はスッと前に出てにーちゃんに並ぶ。

 小さく動く唇。ささやく声はパワースポット効果とアンプリファイヤで能力全般が持ち上がった俺にも聞こえた。


『ヨウがなんかしてる。……今はその場から動かないで。巻き込まれる』


 小指の先ほども無い石のかけらがほんの百粒程度。

 くそ、覆花山と月乃の後押しを受けてさえ砂利はこんなに重いのか。



「さて兄さん、月仍様はあきらめな。今なら怪我しないで帰れるぜ?」

「彼女は間違いなく僕らでもらい受ける。そこをどけないというなら、ただで帰れないのはそっちだ。本気で明日も太陽が見られると思っているのか? 本当におめでたい限りだ」

「ふざけてんじゃねぇぞ、コラ!」



 砂利は最大限に持ち上がった、高さはこれ以上無理。そして力も十分に乗った。説明しろと言われても説明のしようが無いが、とにかく乗った。だから俺は思いきり叫ぶ。

「ふざけてんのは、――どっちだ!!」



 廻りに浮いていた無数の砂利が消え失せたのと同時、黒いセダンは爆発音と共に煙に覆われた。

 但し視界が閉ざされたのはほんの一瞬。

 再び視界に入った車は、窓という窓が全て割れ、こちら側のタイヤが一本破裂してホイールが地面に付いている。

 ボディにも無数の穴。まるで散弾銃で撃たれたかのようだ。


「ただの石つぶてでタイヤを切る。銃弾並みの速度……? そんな事、出来んのか!」

 ランちゃんが呟く。

 そして一瞬戸惑ったものの、状況を見て取ったにーちゃんは警棒を掲げ、何かの合図を送る様な仕草で更に一歩前に出る。

 ガタイのいい男は車を見て放心し、もう一人は木刀を取り落とした。



「車のスクラップ費用はただにしておいてやる。……なにとケンカしてるつもりだったんだか知らないが、そんな事だからやくざにも成れない半端ものなんだよ、おまえらは。もう一度だけ言う。たった今、そのポンコツと一緒に消えろ。――次は無いぞ。殺されたくなければ、二度とその薄汚い顔を僕の前に見せるな。この町から、たった今。出て行けっ!」


 にーちゃんとしても決して全てを理解した上ではったりをかましたわけでは無いだろうが、二人の男は片側のタイヤが無くなった車に慌てて乗り込むと、おおよそ車とは思えない音を立てながら駐車場を出て行った。


「荒巻を捨てて逃亡か、どこまでも安っぽい連中だ。――ヨウ、あれはお前か? どうしようか本気で困ってた。今のは真面目に助かったよ、ありがとう」



 初めから二対一。しかも俺とランちゃんが後ろに居る状況は、ケンカ百段とは言えかなり厳しかったらしい。

 しかし、状況の変化に即応してこちらを振り向きもせずに、居ない味方に一時停止の合図を送るとか、やはりにーちゃんはタチが悪い。


 体が急激にだるくなる。立っていられない、片膝をついてしゃがみ込む。

 能力の使いすぎだ。テレキネシスには使用後に全身筋肉痛のリスクがあるらしい。

 太ももや腕、背中がだるくて痛くて熱い。



「どーしたヨウ! ……大丈夫、なのか?」

「大丈夫、だよ。ちょっと力が抜けただけ。……パワースポットとアンプリファイヤだ。その二つがそろわなきゃ、あんな事出来ない。――月仍が持ち上げてくれた。間違いなく上に居る! もたもたしてらんないよ、行こう!!」


「立てるか? ……おっと! ほれ、肩貸す。つかまれ。――だいちゃん、上に居るのが荒巻だけとは限らねー、気ぃつけてな。……あたし、その。だいちゃんに無茶しないで欲しいんだよ」


「無茶は承知だ、それでもツキは僕らで取り戻す。僕は頭も悪いし要領も悪い。今だってヨウに助けてもらったし。……それでもせめて、出来るときには無茶くらいはしないとさ。無理な事は初めから出来ないからね」

「いちいちかっけーんだよ。……文句言いづれーじゃねーか。ムカつく!」


 ――『本当に、気をつけてね』。

 俺の体重を半分背負ったランちゃんは少し顔を赤くして、小さな声で。

 しかし、それは“言わなかった”。どれほど心配しているかよくわかる。

 だから俺も精一杯、張った声を腹から出して言う。



「ランちゃん、大丈夫。……一人で歩ける」

 肩から手を外して一人で立つ。

 今、ランちゃんが心配すべきはにーちゃんだけで良い。

 月明かりで照らされたコケで滑る階段。もう少し鍛えておけか、そうかも知れないな。


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