木曜日(祝)5
【LOG:02 / FR : +152 LR : L47 / AbilityPerson(s) : Multiple /
Last : Yesterday / / now : No signal】
ナビ画面にその表示を出したまま町営バスの終点にボルボが止まっている。
結局アビリティ・ディティクター以外で頼りになるものが無い。
だから取り急ぎ、にーちゃんに専用のバッテリーを与えられたその機械がギリギリ届く範囲の空き地。
峰田浄水場と書かれたバス停と、町営バス転回場/一般車両の駐車を禁止します。
と書かれた看板。
そして運転手用なのだろう。仮設トイレがおいてある砂利敷きの駐車場。
エンジンの止まったボルボのなか。俺達はそこに居た。
「ランさん、距離はここで間に合うものなのかい?」
「最大二百mだから完全アウト、ホントはね。但し覆花山でツキが力を使うなら拾える、計算上設計レベルの四倍超で反応くるはず。それにヨウの分のレシーバも拾うと距離も方位も出せなくなるが、そんときゃヨウが居る位置を特定出来る。ま、こっちは保険だから」
ディティクター自体は能力の大小は表示が出来ないし、複数箇所で反応があった場合位置の特定も出来ない。
ついでにボルボから外す事も出来ない。
不自由な機械ではあるが、能力発動に俺が気づけない時はこの機械だけが頼りだ。
「だいちゃん、電源はドンくらい持ちそう?」
「一晩は大丈夫。たぶん夜明けまではいける。それに予備のバッテリーも持ってきてるし、エンジンかければ電源は車からに切り替わる。その辺の心配は要らない」
昨日既に実験してしまった可能性だってあるのだが、今晩一晩はここで様子を見る事にした。
ちなみにかかってきた固定電話とインターホンはもれなくランちゃんのケータイに転送される。
――だから留守番は要らない、あたしも連れて行け。とそう言う話し合いがあったと言う事だ。
「さすがにちょっと寒くなってきたな。エンジンかけようか?」
「ありがとう、でも良い。この車アイドリングうるせーから、近所から通報されっつぉ?」
一番近い家でも歩きなら五分はかかりそうだけど。助手席のランちゃんは持ってきた膝掛けを足にかける。それに実際寒がりなのはどっちかというとにーちゃんの方だし。
「それに寒いったって、アパートよりマシ。あそこで寝るときは命がけだもん」
精神的に追い詰められたときの避難所は、それ自体が命がけの場所であるらしい。
「だから引き払っちゃえば良いのに。荷物はガレージの二階に放り込んどけば良いだろ?どうせ使わないものだろうし。……古い建物だとは聞いたけど、なんで命がけ?」
「今の時期と秋口以外は危ない。冬は凍死、夏は熱中症で死んじゃうリスクがある。ま、あそこで寝るときは落ち込んだときだけだし、そうそう落ち込んだりしねーさ。……月に二回くらいしか泊まらねーし。だから電気とガス、止めてんだ」
二週に一回。むしろ想像以上の頻度で落ち込んでいた。
「そんな事してたらそのうち本当に死んじゃうよ……。書斎に籠もってても、結果は同じじゃないか。だったら帰って来なよ。ヨウとツキも、もちろん僕も大歓迎だ」
「ちょっとあっためてることがあるんだ。上手くいったら、そしたらあの家に……帰るよ」
「わかんないけどさ、お姉ちゃんが一緒に暮らしてるのはおかしいことじゃないだろ?」
「……。そう、だいちゃんは間違ってねーよ。――ちょっと、おしっこしてくるわ」
わざと雰囲気をぶち壊す、そう言うのは全く躊躇しないよな。
……そしてにーちゃん、最後のはいわなくて良かったのに。
「急に機嫌が悪くなった気がする。僕、なんかランさんを怒らす様な事言ったか?」
「……トイレに行きたいって、言いづらかったんじゃ無いの?」
当人だってその気が無いわけじゃないのは見てればわかる。だったらほんの少しで良いから気付いてあげて欲しい……。
ランちゃんもにーちゃんも二人とも大人の資質を問われるくらいに不器用だ。助手席のドアが無造作に開くと不器用な人の片割れが帰ってきた。
「水道はともかく紙もねーでやんの。女の子だから気になるんだよなー、そう言うの」
「手が洗えないことも人として問題視しようよ、ともかくって……」
「今だって、もしもポケットにテッシュが入ってねがったら大変なことになるとこだったんだぞ。具体的に説明すっと、パンツが大変なことにるどこだった」
「そこは具体的な説明は要らないよ!」
「水道は、まぁ仕方ねーさ。男と違って直接どっか触る訳で無し。勝手に借りといて文句ばっかりっつーのも。……あれ? バスの運ちゃんは直接つかんじゃってるよな?」
「僕にふらないでよ!」
ボックステッシュ持ち歩いてても驚かないよ。
ジャージの内ポケットに何でも入ってそうだしね。
いずれ雰囲気を一気におかしな方向にねじ曲げてしまった。流石言霊使い。
自分の去就で真面目な話はしたくない、と言う事か。考えてみたらここ数日、ランちゃんだって極限状態なのにアパートに逃げ込むことも出来ない状況に追い込まれてる。
頼りがいのあるお姉さんなのは間違いないけど、あまりにも頼りすぎだ。
家族内最年長ではあるけれど、それ以上に繊細な人でもあるのは俺もにーちゃんも知っている話。
「大体、ランさんは女性なんだからもう少し言葉にデリカシーが……」
ふと、頭の中がざわめく感じに気付く。触るのでも潜るのでも、読み取るでも書き込むでも無く脳みその中を意味も無くうごめいている感じ。
ピピッ。ナビの表示が変わる。【Signal reception......Please wait.】
――なんだこれ。言葉でも映像でも無いものが頭の中で形になろうともがいているのだろうか。はっきり言って気持ち悪い。……ただその訳のわからないもの。
それには月仍の色が付いていた。
「月仍……? ――ランちゃん、月仍だっ!! 言葉でもイメージでも無い、意味のわからないものを全方位に出してるっぽい。場所は覆花山、にーちゃん!」
「でもディティクターはまだ……」
「だいちゃん車出して! 方位の計算に時間かかるんだよ! それに意味の判らんもんを送ってる来てるなら薬でラリってっかもしんねー! ヨウが言うなら覆花山で間違いねーよ、とにかく急いで!」
車が走り始めると頭の中の訳のわからないものも、わけがわからないままはっきりする。発信元は覆花山の頂上、行った事がある以上それはわかる。
【LOG:03 / FR : Unknown LR : Unknown / AbilityPerson(s) : Unknown /
Last : 0min】
駐車場が見えてきたあたりでナビ画面の表示が書き換わった。




