木曜日(祝)4
「そんなに上手くいくものなんだ……」
「県警本部が動くとさ。週明けには警視庁から応援も来るって。恒久平和会と終末観世音は教団本部が東京だったからな。捜査本部が残ってることもあって。まぁ、状況の展開がはえーはえー」
二時間後、ランちゃんはリビングに戻ってきた。警察に詐欺師を見付ける様に全面的に鞭を入れて。
月乃が一緒にいると言うなら荒巻を見つけるのとは同義。話を大きくした狙いはそこだ。
しかも一緒にいる可能性は仄めかしてきたのだろう。
目の付け所と話の持って行き方、もはや言霊使いだ。能力の一種と言っても良い。
「ただ、やっぱりだいちゃんの言う様に様子を見た方が良かったのかも知れねーと、無理に状況を動かさねー方が良かったんじゃねーかと、多少不安ではある」
「上手く警察も動かせたからツキもまもなく見つかるだろうし、実質覆花山買収阻止もほぼ確定。僕なんかは多少安心しても良い場面なんじゃ無いかと思うのだけれど」
「荒巻個人を警察が捜して、更に教団からは三行半。そう思うと状況はある意味若干――」
『と言うか、むしろツキにとっては非常に』
「――不味くなったのではねーのかと」
飲み込んで話さなかった分も含め、にーちゃんも納得した様だ。
警察が自分を追うならもう教団には戻れない。
その教団も既に教祖光人善道自らがクビを宣告している。
そうなれば月仍は逃亡の邪魔にしか成らない。要らないのだ。
「まだ大丈夫。荒巻はクビになったのも警察が大がかりに動いてるのも、今はまだ知らないはずだ、そうでしょ? だからこそ今のうちに俺達が月乃を探さないと」
光人善道は、荒巻を逃がさないためにあえて何もしていないと言った。そして、警察が全力を上げて荒巻を追う事を決めたのはついさっき。
今のところ両方、本人は知りようが無いが、知ってしまったなら月仍をいったいどうするのかは簡単だ。
きっと殺されてどこかに捨てられる。
それくらいは平気でするだろう、考えるまでも無い。
だから今は単純に月乃をどう使う気か。考える事はそれだけで良い。
荒巻に考えが追いつけば、月仍はそこにいるはずだ。
「警察にはスピード勝負を願うとして、あたしらは考えるより他出来ねーか。確かにな。……状況を知らんと言う前提なら、覆花山で実験がしてーかな。あたしなら」
「昼間は不味いが、夜は夜で低いとは言え山だからな。照明が無いから明かりをつけたなら周り中から目立つ。ならば早朝か夕方だが夕方は県立の生徒がいるだろうし、この辺りは農家も多いから、夜明け前後はむしろ目撃される可能性が高い。ヤツになったとして、どこでどう動けばいい……」
「にーちゃん、夜でも良いんだよ。……階段も頂上もあの山は大きな木なんか無い。細かい事をするわけじゃ無いから、月さえ出てれば明るさは十分だ。それに夕方過ぎればあの辺は近所の人だって誰も行かない」
月読命は夜の神様、その巫女に選ばれたのは月乃。
その彼女が月明かりの元で御託宣を告げる、どこまでも月がついて回る。
演出としてはこれ以上無いだろう。
本番の時はきっと建物や照明が用意される前提だろうが、予行演習としてもそこはやってみたいはず。
「今夜も月は出ている、か……。なら、僕が2,3日。駐車場を張ってみようか」
「気持ちはわかるけど、その辺は考えねーとな。ツキの通学ルートが詳細にバレてたくれーだ。ランサーとトゥデイとボルボ。車種とナンバーは、こっちの顔共々荒巻には割れてると思った方が良い。……あのタイプの詐欺師は段取りには手間暇を惜しまねーもんだ。だからっつって何しろあの狭い駐車場だ、レンタカーでも警戒されるだろうしなー」
――段取り。段取り、なぁ……。ランちゃんが自分で言った言葉に自分で引っ掛かる。
「自分の巫女に、なじょして洗脳するつもりだ。しかも短期間で……。そう言や過去にも協力者を突如増やしてんな。……やはり長期間ツキを接触さしとくのは不味い」
組織に入り込むと一気に自分の支持者を増やし、強力無比なパストコグニションまでをもすり抜ける詐欺師荒巻。
そんな事普通なら出来ない。
……いや、待てよ? ――そう、例えば。月仍なら。……出来るじゃないか!
「ランちゃん、自分では気付いていないトランスミッタ。もし荒巻がそうだったら同調するヤツも増やせるし、パストコグニションをすり抜けられると思うんだ」
「前半はわからんでも無い。が、後半がわかんねーな。もう少し具体的に説明してみ?」
多分光人善道の“過去見”はパストコグニションとレシーバの複合能力。
過去の事象を全て見抜くのも実は“体験者が直接解説を付けてくれる”からだと俺は思う。
――ホームビデオを思い出せば良い。
無編集の映像と音声だけでは第三者には意味が半分もわからないのが普通じゃ無いか。
字幕が付いてようやく状況がつかめる様なものだ。
「ホームビデオ? 運動会とか家族旅行みたいなやつか?」
「ちょっとだけ見えた画の話、しても良い? ――ありがと。……例えば。鏡に映った中学生くらいのランちゃんがお風呂場でリンスのボトルを持って困ってる、様に見える。それだけじゃ何がどうなってるか、俺にはわからなかった。でも画像に合わせて中学生ランちゃんの声が言うんだ。
『リンスがねぐなってっつ。やんだなぁ、髪がギシギシだずぅ』
って。だから俺にもわかった、……この子はリンスが無くなって困ってる」
普段の喋り方が地域不詳の東北弁っぽいのは、自分の訛りを隠したいから。
本来はバリバリの山形弁。標準語も家に下宿に来た当時は怪しかったくらい。
だから中学生くらいなら独り言だって絶対山形弁のはず。
光人善道の能力を俺が本物認定した理由の一つだ。
「ちょ、ま、その訛りって、まさか! ホントに見たのか、女子中学生のお風呂タイム!! しかもそれあたしぜんっぜん覚えてねーし! だいたい実家の風呂場で鏡に映ってたら、それは、馬鹿! おまえ……。その、いろいろと、見えっちゃってっぺず!!」
もはや何処の言葉かわからなくなって、真っ赤になったランちゃんがテーブルをばんばん叩く。金髪ジャージ女にも恥ずかしい事はあったらしい。
鏡の中には俺とタメくらいの長い髪の可愛い女の子。
お風呂だから当然服なんか着てない。
大きな鏡だったし。湯気で鮮明じゃ無いにしろ、確かにいろいろ見えちゃったんだけど。
こないだまで一緒にお風呂に入ってたのに中学時代の入浴シーンは恥ずかしいらしい。
そう言えば大学生になる前の自分は、あまり人に見せたく無いランちゃんなのだったな。
あまり突っ込まれると記憶がむしろ鮮明になって俺も多少困るんだけど……。
「他には何を見た! 前言低回だ、詳細に全部教えろ! 見だものみなだっ!!」
「まぁまぁランさん。――取りあえず続けろ、なんか言いたい事がわかってきた」
「……あの人の見え方はそうだって言う話。レシーバと、後は何でも受け入れちゃう度量と精神力。それで付随するイメージを翻訳して解説付きで人の過去が見える。……但し」
――解説無しだと何もわからない? 少なくとも行為自体は本人視点で見えるんだ。少し弱いんじゃ無いか? ちょっと顔の赤いにーちゃんが表面上冷静に返す。
となりの人が取り乱してる理由を考えたら、にーちゃんは内心穏やかじゃ無いだろうな。
「さっきの話だって女の子が長い髪に気を使いながら洗ってるところまではわかる」
「だからますますなんだ。トランスミッタなら無意味な言葉を交ぜて飛ばす事だって出来る、さっきの場面で」
『ケチャップ無いからソースかけちゃおうかな』
「って聞こえたらどう?持ってるのが例えリンスだって、見えた映像さえ疑わしくなっちゃうだろ?」
意識的にやってるか、自然にかは知らないけれど。きっとそれをやっている。
そうやって言葉や記憶に迷彩をかけなければ、光人善道を欺く事は不可能だ。
「それに俺。一度、あいつの“声”を聞いてる。トランスミッタでおかしくない」
「そして普段は無差別に自分に協力する様に、その方が都合が良いんだと廻りにバラまき続けるのか、しかもそれを毎日無意識に……。確かにトランスミッタならば出来そうだ」
「ヨウ、今回の件が落ち着いたら話があっからな! ――ともあれ、詐欺師としてはそれで一財産稼ぐのもおかしくねー。だが、そんならそれで更に不味い事に成るぞ。……荒巻本人がトランスミッタの能力に気付けば、見た目以外はツキが全く不要になる。つまり」
つまり。今は考えなくて良い、と先送りにしていた可能性を考えなければいけない。
「ツキは今度こそ本格的に命の危機にさらされる。――ヨウ。一つ話しておきてーことがある。出来っか出来ねが、今は机上の空論だが頭に入れといてくれ……」




