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木曜日(祝)3

「今さっき。南署の林谷クンから電話あった。ツキの自転車、カギがかかったまんまで学校の近くで見つかったとさ。チェーンロックはシートの下に巻き付いたまんま使ってねーから、ツキが目を覚ます前に置いてったんだろー。南署で検分中だが、現在目立った破損箇所は無し。跳ねられた上で誘拐、みたいなパターンでは無かったよーで、そこは一安心だ」


 俺の見た実況中継では自転車が映らなかった。誰も口にしなかったがそれは全員が心配していたのでそこはランちゃんの言う通り一安心。かなり限定的な安心ではあるが。


 昼下がりのリビング、帰りに買ってきたコンビニ弁当が三人の前に並ぶ。簡単ににーちゃんと二人、光人善道との会談を報告する。


「ヨウ、ありがとう。……本当に確かめてきてけだのが」

「俺の用事のメインはそれだったからね。あの人は多分信じて良いと思う」

「……そんなにランさんの個人情報が彼に漏れたとは知らなくて」


「それもヨウに感謝なんだ。……誰にも話さないって約束、守ってくれてんだな」

 少なくともあんな話をにーちゃんに話せるわけが無い。我慢出来なくなったらその時は、庭に穴でも掘って叫ぶしか無いだろう。葦が生えてこない様に気をつけないとな。


「僕の知らない間に良い男になったな、お前」

「そ、それはそれとして。――ちょっと話を整理しよう」

「そうだな、簡単にまとめてみようか」


「先ず荒巻と彼に近い二名、計三名は現状月仍と一緒にいると思われるが行方不明。そしてレンタカーの線は追いかけても無駄だって。借りるときも荒巻本人は来なかったし、返しに来たのは教団の人でさえ無かったって言ってた。多分お金で雇ったんだろうって」

「潜伏先の特定も出来なかった……。一瞬で八方手詰まり。素人探偵なんかこんなもんか」

 お茶のペットボトルをテーブルに置くと、にーちゃんがため息を吐く。ただ、やたらに瞳が輝いている人がその隣、俺の向かいにいた。



 ――まとめるっつーなら、こっちの話も聞いてくれよ。あっという間に弁当を食べ終わったランちゃんは、弁当の容器をプラ。とにーちゃんがマジックで書いたゴミ箱に放り込んでお茶のペットボルトを脇に寄せ、小型のノートPCとタブレットをテーブルに広げる。


「こいつは警察のサーバーとは知り合いじゃねーが大学のサーバーとは結構仲が良い。電子化された過去の新聞や雑誌、犯罪や、宗教のデータベースなんかは閲覧し放題だ」

 但し手段はイリーガルなんだろうな、……そうやってわざわざ威張って言うからには。大体大学の外からそんなものにアクセス出来る方がおかしいとは、俺でさえ思う。


「昨日写真を善道氏にメールでもらってさ、顔が詳細にわかったんで調べが付いた。荒巻 諸人(あらまき もろひと)は偽名だ。本名、県 佐喜男(あがた さきお)。何故偽名かと言えば宗教関連を専門にしてる詐欺師だからだ。例えば十五年前の恒久平和修道会の件、この時は信者の家族と義憤に駆られた市民に教祖以下二名が殺され十二人が重軽傷、結局教団は崩壊してるが、専務理事だったこいつは事件直前にドロン。このときに持ち出した資産は最低でも二億と言われてる。タイミングが良すぎんで実行犯に情報を流したという疑いもあるくれーだ」


「被害者に戻るべきお金だろう、それは……!」

「その通りなんだけどねー、だいちゃんが怒ったってしゃーねーから先ずは落ち着いて。……その後のデカいヤマは七年前、終末観世音研究舎の事件」

 突然にーちゃんの顔に険が浮かぶ。確かに新興宗教の類は嫌いな人だけど。


「知ってるよね。高校生が一人で殴り込みに行ってそこから半年で組織解体まで行ったってヤツ。映画にも成った事件だし。主役、だれだっけ。あんまり役にはあってなかったな。……まぁいいや。いずれ事件の概要は知ってたんだけどそこにも荒巻の顔を見付けてさ。で、雑誌の記事を見直してたら被害者弁護団の協力者の中に先生の名前があった。それに気付いたのがついさっき」


 事件の概要は俺もなんか聞いた事がある。高校生が鉄パイプとキックだけで友達の家族を何とかしようと……。あれ?


「この高校生、だいちゃんだろ?……殴り込んだ高校生はだいちゃんと年齢が重なる。先生が一時期、だいちゃんの話を一切しなくなった時期ともね。ケンカして病院送りになったとだけ聞いた。先生は完全に秘密にしてたわけだ。やっぱりヨウは先生の子供だよ」

「……秘密って程でも無いけれど。終末観世音でボコボコにされた高校生は、確かに僕だ。映画になったとか知らなかった……。恥ずかしい限りだ、申し訳ない」


「なんで主役が知らねーのよ、結構流行った映画なのに。……内緒にしてたの責めてるわけじゃねぇってば。――道理でやたらに新興宗教に詳しいわけだ。ただ暴れに行ったんじゃ無くて事前にちゃんと勉強していったんだろ? 嫌みじゃ無くて、素直に感心してんだ。だいちゃんならきっとそうすっと思うし、そうで無ければ周囲から共感は得られねー。未成年で情状酌量の余地はあっても絶対不起訴処分には成らねー案件だ。やり過ぎだもの。……先生は犯罪心理学者ではあるが法律の専門家じゃねー以上、検察の判断をどーこーなんて当然出来ねー。過剰防衛、と言うより普通に暴行。それに器物損壊多数。でも多勢に無勢、未成年だし社会的制裁も受けた。他の被害者家族の嘆願もある、被害届も出てねー。みてーな感じで処分保留で不起訴にしたんじゃねーかなーと」


 ――ま、あたしも法律は専門じゃねーからその辺、実は良くわかんねーんだけどさ。そう言いながらとなりのにーちゃんを見る。


「……馬鹿だったからな。本気で組織ごと潰そうと思っていたんだ。だったら叩くヤツの名前と組織がどうなってるかくらい知らなければ話にならない。要を潰せば組織は崩れる、なんて聞いた風な事を思っていたから……」


「やっぱそうか、マジでかっけーや。その頃からだいちゃんなんだなー……」

 そう言うとランちゃんは、気の抜けた顔でぽぉっとにーちゃんを見つめる。にーちゃんを褒めたときに結構な頻度でやるしぐさ。



 但しにーちゃんから見るとこれはかなり嫌みっぽく見えるらしく、――いや、済まないランさん。……と、こうなるのだけれど。

 だけど今ならわかる。これって半分以上本気でやってたんだな!? 

 せめて腹の中を知っている俺の前では自粛してくれよ……。



「なんでそこで謝んだよー。褒めてるつもりなのにさー。ま、切り替えて。――違う名前を名乗ってはいたが、そこの会計のトップもやっぱり荒巻。多分この時は五億は抜いてる。被害者救済の資金が足りねーって大騒ぎになってたのは知ってっかと思うけど、またしてもこいつは警察が本格介入する数日前に現金、有価証券と共にまんまと逃げ果せた」


 新興宗教専門の詐欺師。会計として潜り込んで教団のお金をせしめて姿を消す。本来はそう言うスタイル。


 ただ今回は違う。奇跡を直接見せつければ、人が集まる。その効果を目の当たりにしたから。人が集まるとお金も集まる、そういう理屈だとは先日聞いた。

 光人善道はああいう人だからお金に興味が無かったんだろう。だから自分がそのまま成り代わろうとしている。人助けでも、救世でも無くお金のために、月乃を道具に使って。



「今までの話でわがんねがったのは、どうしてあの光人善道氏が荒巻を重用して重要ポストにおいてたか、だったんだげんと。なるほど、パストコグニションが通じねーってんならうなずける。善道氏ならばそれを理由に自分の近くに置くべな。どーにも融通の利かねー馬鹿真面目な人みてーだからよ。ステレオタイプの悪人だった方が分かり易いのに」


 あの能力を持って、しかも余命宣告まで受けてそれでも尚、動じないあの精神力。あの人が本当の悪人であったなら。教団本部を建てる半年間があれば、冗談事では無くウチの町程度ならあっさり乗っ取って、名実ともに町を教団のものに出来たはずだ。


 だが、実際に教団をあそこまで大きくして人とお金を集めたのは全て荒巻。

 自分が教祖になるかどうかは知らないが、組織とお金をそのまま自分が引き継ぐために。その為に全精力を上げて組織を大きくして自分の支持者を増やしていった。


 そして教祖の余命幾ばくも無い事を幹部はみんな知っているだろう。ならば荒巻に乗っておけば自分の居場所だけは確保出来る。現世利益、と皮肉っぽく行っていたのはこういうことなのかも知れない。

 教祖様の側近はさっきの話なら今やほんの十人弱。今や荒巻こそが光の人善行会だ。



「とゆー訳で。取りあえず南署、行ってくっから」

 ノートPCを閉じるとタブレットをジャージの懐に突っ込みランちゃんが立ち上がる。

「ランさん? ……何を唐突に」


「全くねつ造無しで林谷クンに話せるネタが出来た。荒巻は指名手配犯だべ? 見付けたなら通報すんのが一般市民の義務だ。あたしはツキと一緒に覆花山で手配中の横領犯に会ってるべよ。少なくともこれで捜査員に荒巻の写真を持たせる事が出来る。昔の雑誌を眺めていたら見た事ある顔を見付けた、会ったのは現在行方不明の妹と一緒の時。当然探す側は色々推測出来るだろ? ヨウがいた事は聞かれないから答えねー、と。……あ、やべ、見たの雑誌じゃねーや。ここはなんか誤魔化さねーと」


 顔がわかるほど鮮明な写真があったのは大学のデータベースなんだろう。

「荒巻の良い様にはさせねー。少なくともこれで光善館乗っ取りは頓挫だ。ざまーみろ。ついでに警察に捕縛させて、高校ん時のだいちゃんの分も仇を取ってやっつぉ!」

 そう言いながらトゥデイのキィリングをくるくるまわす。


「善道氏の顔と組織を潰す事には成るかも知れねーけど、こればっかりは背に腹は代えらんねーからな。一応当人には伝えて同意ももらってるんだけど、そこは、なんか心が痛むかんじだなー」

「どれだけ段取り魔なんだよ、いつの間にそこまで……。僕の事はおいといて。ランさん、ホントにお願いしても良いの?」

「あたしゃ何やらしてもからっきしだもの、御用聞きぐれーしか出来る事ねーべ?」



 当然にーちゃんの顔は?マーク。ジャージ女は普段通りに、にっと笑うとリビングを出て行く。新興宗教の教祖様と直接会談をセッティングして警察の動きさえ手玉に取りハッキングまがいの手法まで駆使して情報を手にする才女。


 ホントにどうして普通の生活だけが出来ないんだろうな。本気で惚れ直して見つめてるのに嫌みだと思われるとかさ。可哀想になってくるよ。……双方のためにも説明して、あげたいなぁ。


 数分後、若干不安定なエンジン音がガレージから出て行った。



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