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木曜日(祝)2

「昨日伺った黒石の義理の弟で、愛宕月乃の後見に当たります。手塚と申します」

「当教団当主の光人善道です、手塚さん。それと陽太君、でしたね。黒石先生よりお話は伺っております。お二人ともどうぞお楽に。――お客様にお茶をお願いします」


 昨日のスーツ姿とは違って、今日は神主のような服装の光人善道はそう言うと俺達に椅子を勧める。

 全く表情が動かないのは昨日と同じ。なまじ人当たりが良い分何を考えているのかまるで読めない。



 言葉の通りお茶が出てくるのかと思ったが、事務服の女性がコーヒーを三つ持ってくる、それを応接テーブルにおいて下がると大きな部屋には三人きり。


「黒石先生より大体の事情は伺っております。お忙しいところでもございましょうから、挨拶などは抜きで構いません。早速御用向きを伺いましょう」


「あ、えぇと。どうお呼びすれば。――はぁ。では善道さん、と呼ばせて頂きます。なにぶん僕は学の無い人間なもので、失礼があればそこはご勘弁を願います。……それでは。単刀直入に伺います。荒巻と言う人は見つかりましたか?」

「手は尽くしていますが、荒巻の行方は未だ……」


「そこです。僕の方でもそれなりに調べさせてもらいました。光の人善行会、地域はもちろん、県下でもトップの宗教法人。のみならず、今や全国でも名前が出るほどの巨大組織だ。もちろん企業や役所と一緒にしてはいけないと、そこは一応理解した上で家族としてはそれでも納得がいかない」

「何が、でしょうか?」


「それほどの団体が全力を挙げて探せば、昨日の今日だ。人一人見付けるのは容易い。だがそのような動きがあるようには僕には見えない。何故善道さんがそうしてくれないのか」

「割ける人員には限りがあると……。良いでしょう、お話ししておきましょう。多少つまらない話になりますがご容赦を。そして不躾ながら私からも一つ伺いたい事がございます。宜しければで結構ですので後ほどお答え頂ければと思いますが、如何でしょう」 



「よくわかりませんが良いでしょう。僕の知っている事であればお答えします」

「それで結構。――実は教団存続の危機なのです」


「……えーと」

「そうは見えないかも知れなせんが、医者からはもってあと二年と言われました。今年の初めの事です。一般的には現世利益を追求するはずの新興宗教教祖が夭折。笑い話にも成りません。……もっとも私本人は出来る事はおおむねやったので満足していますが」

 いきなり話が、地区大会を突破出来る勢いで走り幅跳びした。わけがわからない。


「それが荒巻氏とどんな関係があるのか僕には……」

「彼は私亡き後の当教団を仕切ろうとしています。……だから生きている内に跡取りを決めるとそう言っておりました。――私のような神より授かった力を持つものを探すのだと」

「善道さんのような、力……」


「私のように忌むべき力である必要は無いでしょう。むしろ信者のみなさんが分かり易い力である方が良い、そしてお若くて見栄えのする方ならばもっと良い。……失礼ながら、昨日の黒石先生のご記憶にあった月仍さんは、そう言う意味では彼の探している条件に当てはまる。――ここから私が伺いたい事です。手塚さんは月乃さんがどのようなお力を授かっているか、ご存じですか?」 


 にーちゃんに聞くまでも無い。ここ数日の家族会議の様子はきっとこの人は知っている。視て、聴いたはずだ。それでも聞く。にーちゃんに誘拐の理由を納得させるために。

「……話だけは」


「あまりこういう表現は宜しくないが、洗脳した上で神の御使いとして御託宣を信者の皆様へお知らせする、そう言う役目に就けようとしているのでしょう」

 そこまで出来上がってしまえば、もう自発的にはうちには帰ってこない。



 洗脳を解くためには途方も無い時間と、気の遠くなるような手間がかかるのだと、それはにーちゃんとランちゃんが以前、新興宗教の話になったときに話し合っていた。

 その時は、まさか自分達にそんな事が降りかかってくるとも思わずに。



「尚更です! そこまでわかっていながら、何故探してくれないんですかっ!!」

「荒巻の方が組織運営、端的に言って経営のセンスがあるから。ですな。誰しも貧乏なよりはお金に余裕があった方が良い。――既に腹心と呼べるものは十人もいない。むしろ勘ぐられて逃がされてしまうでしょう。申し訳ないが私の立場では静観するのが最善です」

 ――とは言え出来る事はある。光人善道は神主の格好で椅子の上、姿勢を正す。


「私の運転手が車のナンバーを覚えていました。県庁の脇にあるレンタカー会社の所有する車です。以前に同じ車を借りているので覚えていたそうです。――黒石先生はおそらく黒いアルファードの情報を探しておられる。違いますか?」


 あとで電話で話したなら別だけど、この人には昨日ナンバーの話はしていない。ナンバーが出てくるなら、それは俺と話したランちゃんの記憶。……やはりこの人は本物だ。


「――黒石はナンバー以外知らなかったはず……! ついでに、と言ってはなんですが、よく使うホテル等でお話を聞いてもらえないですか!?」

「数カ所当たりましたが、目撃はされていません。青い自転車も町内はもとより街の方もそれなりに探させましたが未だ発見には至っていません。白の携帯電話も同じく探させては居ますが、この人数では流石に……。お役に立たずに申し訳ない」



 ランちゃんの記憶を読んだ以上それくらいの先回りはこの人ならするだろう。

 頭も回るし、少ないと言う腹心も良い人である上に切れる人達に違いない。

 なので遠回しに聞いても意味が無い。直接で無いときっと受け答えを流される。

 ――だから。



「馬鹿なので直接聞きます。あなたは俺達の味方だと思って良いですか? 月乃とランちゃん、じゃない蘭々華さんを虐めない、陥れる事は無いと、はっきりここで言えますか?」

「おい、ヨウ!! いくら何でも! ――済みません、なにぶん子供の事なので……」


「構いません。なんとなくですがわかります、陽太君もお力を授かっていますね。ならば私のしている事はさぞや醜悪に見える事でしょう。しかし、それで救われる方も居る。過去を無かった事にしてしまう事で今の自分を見失ってしまう。忘れて自分を守るつもりがかえって傷つける。どんなにむごい、凄惨な過去であろうと、その上に成り立っての今。思い出さずに生きる事は出来ましょうが、完全に切り捨てる事などは出来ないのです」

「そんな事は聞いてないです!」



「私は自分を無くして困っている方の背中を押すだけです。――昨日、黒石先生に仲良くして頂きたいと言いました。あの方は見た事も無いほど聡明で精錬、純粋だ。私などお話しさせて頂くのも恥じ入るほどに。見た目だけで無く内面まで含めて全てが可憐な方だ。お考えを見せて頂いて尚そう思った。そんな方はそうは居ない。その上お力についてわかっておられる。だから素直にそう言った。約束しましょう。黒石先生にも月乃さんにも。もちろんお二人にも。私は決して敵対などはしません」


 優しいのか厳しいのか。相変わらずわからない彼の目が、俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「荒巻は見つかった時点でクビにしましょう。それで教団が持たずに潰れるのと言うならそれで良い。やはり私は間違っていた。――組織を荒巻に任せるべきでは無かった」


「僕の理解など表面上でしか無いでしょうが、あなたは本当の人格者なのでしょう。……失礼かも知れませんが、あなたの様な人が何故。その荒巻という人を重用したんです?」

 光人善道は少し肩の力を抜くと目を閉じる。


「組織というものは大きくなれば望まずとも自分のまわりにはイエスマンしか居なくなるものです。その中、荒巻だけは私に直接意見する事が出来た。何故なら……」

「…………何故なら?」


 再び目を開けた時、先ほどの力強い光はもう無かった。ぐっと老けて見える。ランちゃんのように童顔なのでは無い、あの目の輝きこそがこの人の年齢を若く見せているのだ。



「彼には私の力が通らなかった。どんな半生を送ってきたのか、何者であるのか。私は彼については履歴書と彼の語る言葉のみでしか知らない。だから重用した。誰もノーと言えない私が間違えたときのカウンターとして。……結果的にはその判断自体が間違っていた」


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