木曜日(祝)1
まんじりともせず夜が明け、スッキリしないまま朝食を食べ、行動の指針を考える前にインターホンが鳴った。時刻はまだ八時前。
『おはようございまーす。おやすみに朝早くすいませんが警察でーす。南署の方から来たんすけど。――やぁ、どうもすいません。手塚広大さんは、ご在宅っすかねー?』
「手塚は僕ですけれど」
ネクタイを締めてスポーツブランドのグランドコートを羽織った男性は、インターホンのカメラに身分証を開いてみせる。後ろのパーカーを着た若いもう一人も、一度カメラに近づくと一礼して同じく身分証をカメラに見せ、後ろへと戻る
。
『南署生活安全係の林谷ともう一人、こちらは瀬水と言います。妹さんはお戻りでは無いすか? ――そうすか、ご心配すね。実はその件について、昨日のウチの鍛冶屋係長とのお話の続きをしたいんすけど。これから少ーしばかりお時間を、宜しいすかね?』
ランちゃんが紹介したのはエライ人だったらしい。
「今、開けます」
にーちゃんが玄関に行くのと同時にランちゃんは二階に上がる。どうやら来た人間を知っているようだ。眉毛が若干怒っていたところを見ると五年前、ランちゃんを取り調べた人が来たのかも知れない。
警察の仕事もしているのにそう言うえり好みは良いんだろうか。――俺のケータイが鳴る。
「あのさー、ランちゃんさー。――はい? ――テーブルの上? うん。電源入ってる。RECには……、なってない。――わかったやっとく」
顔見知りの刑事が来たので、居るのは知ってるだろうが会いたくないと言う事らしい。単に寝不足でご機嫌斜めだったようだ。デジタルレコーダーの録音ボタンを押すとストラップをにーちゃんの椅子の背もたれに引っかける。リビングに通されたのは父さんの件を担当している人とは違う人達だった。
その刑事さん達は小一時間話をすると帰って行った。
「昨日の夜も街の方で探してくれてったって。今日からはある程度人を出して探してくれるらしい」
「どーだか。その辺あたしは懐疑的だよ、先生の時の事がある。もっとも今や南署の生活安全係は顔見知りだから、そう言ったプラスのバイアスがかかってくれる事を祈るけど」
知り合いの家族だからがんばって探す。ランちゃんが言うのはそう言う事だ。本来あってはいけないのだろうけど。
「むしろその叔父さんの件を結構引きずっててね。雑誌やテレビにもたまに出てる人だったわけだし、その人が失踪して五年。手がかりすら無し、というのは結構プライドに来るものらしい、そしてツキはその娘。当面それなりの規模で探すって」
「プライド? 田舎の警察でも週刊誌やスポーツ紙は怖いっつー事だろ?」
「そっちも段取りをしてると言う事? ……。やっぱりランさんは敵に回したくないな」
「一応ね。ま、インターネットも含めて叩こうと思えばいくらでも手段はあっけど」
「初めからそう言う前提なんだ……。ランさん、もう少しだけ信じてあげようよ」
父さんの時に受け身に回って失敗した。とはっきり公言しているランちゃんだ。
何かあった場合、週刊誌に叩かせてネットで炎上させるくらいの段取りは数日でつけるだろう。メディアやインターネット、この辺は実は専門分野でもある。
意外とねちっこい性格も相まって、にーちゃんの言う通り敵に回ったらかなり面倒くさいだろうな。
「あの荒巻っておっさんの事、警察に言えればなぁ」
「だな。お前の話なら車種はアルファードかベルファイヤ、それだけでも調べて貰えたらだいぶ違うけど……。なにしろ警察が動く以上僕らは今日は待機、で良いな? 二人とも」
「……なら、黒いミニバン。アルファードっての? それ、あたしが目撃しようか?」
「は? ……言葉の時系列がおかしいですよ? ランさん」
「ミニバンが止まってんのとほぼ同時刻、あたしも現場に居た。ミニバンはわかんねーけど、あたしはあの近所の人には間違いなく見られてる。車から降りた以上髪が目立つから、聞けば覚えてんだろ。――レンタカーにツキの姿を見て何が起こったのか茫然自失になっているところで、学校帰りのヨウに合う。五分や一〇分の辻褄なんざどうにでも成る」
「無茶な!」
「単なる無断外泊だと思ったし、警察は先生の一件で信用出来ないから今まで話そうと思えなかった、と。その後、善道氏のところに何しに行ったのかさえ誤魔化せれば問題ない。――シナリオは無理が無いようにもう一段練る。担当は当面林谷クンだね?」
「……無理に状況を動かすと相手を刺激するんじゃないか?」
「このプラン、使うかどうかはだいちゃんに任せる。――少なくとも警察は、あたしが証言を誤魔化すなんて微塵も思ってない。ナンバーを抑えてる以上、レンタカーの件は警察が動くならそれこそ一発だ」
次々と事態を引っかき回すアイディアだけはポンポン出てくるな、ランちゃんは。
そして俺も一つ思った事がある。この流れなら言うだけ言ってみても良いだろう。
――ランちゃんに一つ、お願いがあるんだけど。唐突に言ったのでテーブルの向かいに座る二人は一度こちらを見てから、顔を見合わせる。
「なんだ、改まって?」
「……もう一度あの人に会ってみたい。……光人善道に」
「は?」
「え?」
「敵なのか、味方なのかはっきりしておきたい。……それに本当に荒巻と関係ないならむしろ探すのを手伝ってくれるんじゃ無いかと思うんだ。昨日は一切そんな話は無かったし、あとで来た電話でもやっぱりその辺はなにも言わなかったんだろ? その辺も直接会ってきっちり聞いておきたい」
「一理あり、か。良ーだろー。――だいちゃん、あとでちょっと留守番を……」
「ランちゃんは駄目だ。昨日はぼやかして言ったけど、実際のところ腹の中は良い事も、悪い事もこれまでの事全て。洗いざらい全部見られてんだぞ。それこそ、小説や映画に出てくるみんなに嫌がられるテレパスみたいな能力なんだ。どんな手を考えてもこれまでの知識を使うなら、何考えてるか全部バレる。ランちゃんが全く知らない知識を今から仕入れてそれのみで会話するとか、そんな事不可能だろ? 敵だったらどうするの? やるかどうかは別にして、そもそもケンカが出来ない。やる前から向こうの圧勝だもの」
「ほぉ、ケンカになる可能性があるのか……。なら、僕の出番だな。確かに一理あり、だ。やはりただ待っているのは僕らの性には合わない、ちょっとだけ事態を動かしてみよう。――ランさん、光人善導氏にアポを取って欲しい。月乃の兄として直接お話を伺いたいとそう言ってくれれば良い。もちろん余計な事は言わないし握手は絶対にしない、他にも注意点があれば教えてくれ」
「だいちゃん、あの……」
逡巡するのはよくわかる。だってその青年、手塚広大に対する気持ちは今だって奔流のように頭の中に渦巻いているのだろうし、そしてそれは当然、光人善道の知るところである。
昨日の俺のつたない説明でも、ランちゃんならそれは十二分に理解したはずだ。
「電話も繋がるんだし、わざわざだいちゃんが行く必要が……」
けれど光人善道は善人だ。その前提で無ければ弱みをダースどころかグロス単位、段ボール単位で握られたランちゃんはこれから間違いなく酷い目に遭う。
そしてそれはあの人の頭の中にあってもう取り返しが付かない。
だから彼は善人だ、俺がそう決めた。
「それに。行っても、昨日以上の話は何も……」
そして昨日のパストコグニションに巻き込まれたときに気が付いた。
少なくとも俺に対しては最大限での能力発動は出来ないだろうと言う事に。これは理屈では無いので説明はしづらいし、見えた映像に触れる事になるのでランちゃんにも相談出来ないが、
俺がコントローラであるからなのだろうとそこまでは俺でも考えつく。
「だいちゃん、インターの前なんだよ? 休みで混んでるから三〇分以上かかるし……」
イジェクション、と説明書にはあったあの能力。
相手の能力を妨害するどころか乗っ取る事が出来るコントローラは、居ないはずのイジェクタの能力者でもあると言う事だ。
完全に乗っ取れるかどうかはともかく、何かあれば悪あがき程度は出来る。
あの力が目の前で次回発動した時には邪魔をするくらい出来る自信がある。としか言えない。
月乃のアンプリファイアがあればもしかすると拮抗出来るかも知れないが、今は居ない。
光人善道の力が異常なまでに大きいからこそ出来るのかも知れないが、にーちゃんに同行すれば少なくともにーちゃんを守る事は出来る。
だから俺が行かないと意味が無い。
「本当は僕一人で行きたいところだけど、ヨウを連れて行けば能力発動も読めるんだろ?」
「俺がもう一度会いたいんだ。置いていかれたら本末転倒だ!」
「あぁわかってる、僕からも頼もう。――と言う話になったのだけれど。……ランさん?」
「……はい。電話を、かけます。……ヨウも、連れて行ってやって。下さい」
弱々しいながらも抵抗を続けていたランちゃんが、折れた。
「よし、決まりだ。――ヨウ、制服で良い。着替えろ。……出かけるぞ」




