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水曜日3

 夕方の道をのんびりと自転車で走る。


 田んぼと畑ばかりの景色から少しずつ住宅が多くなる。

 生け垣や塀で囲われた昔からの農家の人達の大きな家。

 ここを抜けるとスーパーや本屋のある新しい通り、そして自宅のある新興住宅地になる。


「本当は本屋に寄りたかったんだけど。500円じゃなあ……」


 呟いてみたところで財布の中身が増えるわけじゃ無し。

 お小遣い日はだいぶ先ではあるが、休みの前に臨時お小遣いがランちゃんから支給される事がままある。

 今回の連休はそこに期待をかけるしか無いだろう。


 何も無い、退屈で普通の連休。そんな事を考えていたので、いきなりの絶叫はハンマーで頭をぶん殴られた感じだった。

 そしてその絶叫には“月仍の色”が着いていた。



『ヤバい!! 持って行かれる!! 陽太、にーちゃん、助けてっ!! 私!!』

《拉致られるどうして拉致られる私が拉致られるなんで拉致られるマジで拉致られる》



 メインのトランスミッタの方はまともに言葉になっていない。

 何かを取られるとかひったくりにあっているとも思える文章ではあるが、そんな悠長な状況では決して無い事は、説明抜きで俺にはわかる。

 明らかに命に関わるようなそんな逼迫した状況だ。


 そして月乃オリジナルの裏トランスミッタには気分まで一緒に乗ってきた。

 意識的に発動したのか追い詰められて自動で発動しただけなのか。

 状況はよくわからないが内容は間違いなくわかった。


 持って行かれるのは物では無い、月仍自身だ! 誘拐されかけてる!?


 そんなに遠くない、自転車で五分。

 自転車が一気に巡航速度から最高速度にスピードアップしたとき、唐突に映像が頭の中に展開する。

 見えてないのに見えるおかしな感覚、違和感。通常の視覚はあるから自転車の運転には支障が無い。そしてその映像にもテレパシーの色が着いていた。


 もう頭で言葉を紡ぐ事が出来なくなった月乃が、自分の見たままを実況中継することに切り替えたのか。たまたまそうなったのか。

 こんな事を出来るのも驚きだが、近づいているはずなのにどんどん画像が不鮮明になっていくのが気になる。

 つまりこれは意識が徐々に不鮮明になって居ると言う事じゃ無いのか? いったい何をされた!?


 生け垣に囲まれた路地、黒いミニバン、スーツを着た男達、徐々にぼやけていく視界、視界の隅、月仍の左腕にはおもちゃの銃のようなものが突き立てられている。


 その映像が途切れる一瞬前。車のナンバープレートと、そしてスーツを着てこちらを見下ろす男性の顔が見え、そしてカメラが倒れるように映像がぶれると、おそらく気を失ったのであろう月仍からのテレパシーも潰えた。

 意識を失うと能力の発動も止まる。ランちゃんと父さんの仮設が正しい事は期せずしてここに証明された。



 5分かからず現地に着いたが、ただ生け垣と塀が延びるのみ。

 月乃の自転車も、黒いミニバンもそこにはもう無かった。上着から携帯電話を引っ張り出す。



 映像の最後で映ったあの眼鏡の男、見た事がある、覆花山で会った痩せたおっさんだ。

 ランちゃんの読みは正しかった。月仍のトランスミッタはあの男にバレていた。

 そしてその能力をどう使うつもりなのか月乃はそいつに誘拐されてしまった。

 しかもそれを実況中継で見て居ながら何もしなかったヤツが居る。……俺だ。



「――今度は出た、良かった! ――ランちゃん、今から俺が言う場所に大至急来てっ!例の新興宗教に、月仍が誘拐されたんだ! ――月乃が、月仍が拉致られたっ!」



 

「おもちゃの鉄砲みでなのは、無針注射器か。……場所はそこで間違いねーんだな?」

「間違いない、見えた映像とも一致する。そこに黒いミニバンが止まってた!」

「おっさんの顔もナンバーも間違いねーか?」

「間違いない!」


「車種はだいちゃんに聞かなきゃわからんが“わナンバー”ならレンタカー。免許誤魔化して借りたら追い様がねー。いずれ警察じゃなきゃそっちは無理だ。小説や映画と違って警察のサーバーと仲の良いPCとか持ってねーし、元警察官で探偵の知り合いも居ねー」



 家までは目と鼻の先。生け垣と塀に囲まれた十字路の先、ハザードランプを付けた白の初代トゥデイ。

 何故かスーツを着て髪をまとめたランちゃんが、車に寄りかかって左手にケータイをぶら下げ、タバコを咥えて夕焼けに染まる空を見上げる。


「自転車ごと“持って行く”ためにわざわざミニバン用意しやがったな。チャリ通で走る道まで調べてある。なら相手は素人じゃねー。鑑識が見ても証拠も何もみつからねぇ可能性はあるがそんでも……。警察が介入する理由が必要だ。なじょして動かす……?」

「警察に通報しようよ! あのオッサンが犯人だってわかってるじゃ無いか!!」


「出来りゃやってる。問題はお前が電話で喋ったわけでも直接目撃したわけでもねーっつーことだ。どこの世界に中学生がテレパシーで見た映像で捜査を開始する警察があんだ?」

「だって……」


「あたしとだいちゃんでかかれば警察を強引に動かすってのは、出来ねー事ではねーさ。但しその場合お前のレシーバが全面的にバレる。ほぼ間違いなく世の中から抹殺されんぞ。実名がバレたらアウト。具体的には県立に、つーより学校に通えなくなる。実際の能力はともかく、テレパスなんてイメージサイアクだ。近所にいて欲しくねーだろうが? ――ツキの能力が欲しいってんなら、乱暴も、殺されたりも。してねーはずだ、……慌てんな」



『殺される以外の“可能性”も、今んトコは考えんな!』



 ――! テレパシー、ランちゃんの色がついた。……つまり俺にそう言おうとして直前で飲み込んだ?

 他の可能性……。そういう事か! 生きていればそれで良い、という話では絶対無い。

 あいつ、制服の下はまだ子供パンツなんだぞ! Tバックも黒いレースも履くどころか買ってさえ無いのに、そんなヤツが“どうにか”されるとか……。



「俺の事なんか、もうどうでも良いじゃ無いか!」

 そう怒鳴った俺に、聞いたことの無い程、超絶不機嫌な声で返事が返る。


「どーでもいーわけあっかよっ! 下手の考え休むに似たり、落ち着けっつんだ! 今、この時にはぞんざいには扱って良いモノは一つもねー。ほんの一手を間違ったら、全部の取り返しが付かねぐなんぞ。……ツキは、ぜってー取り戻す。どいな手を使ってでも、だ」



 ランちゃんのケータイの画面に灯がともる。本来脳天気な曲がなり始めるはずなのたが、ケータイが演奏を開始する前には電話に出た。


「もしもし。――あぁだいちゃん、悪ぃ。もうウチに着いた? ツキは帰って、ねーよな。――うん、詳細はあとで話すけど概略はさっきの通り。――だけど証拠が何もねー、ヨウの目撃証言はテレパシー。表に出せねーし証拠能力もゼロ、そんなのただの中坊の妄想だ。物証も見る限り何一つ残ってねーし。これじゃこっちは警察に話のしようもねーよ」


 既ににーちゃんに連絡し、当人は家に直行したようだ。


「ただ出来る事はある。南署に行って捜索願出して。――だいちゃんの普段のしつけが功を奏した。今何時? ――ガッコの時の門限は? ――じゃぁそれを連絡無しで破った事は? ――理由はそれで十分。何かあれば警察の怠慢って事になる。生活安全係の鍛冶屋さんって人に話はしておく、書類は手伝ってくれるはず。なにか言われても帰って来ないはずが無い! の一点張りで捜索願自体はいける。能力の件は絶対秘密で宜しく」


 ――それと、ランちゃんの目がすぅっ、と細くなる。ふぅ。タバコの煙を細く長く吹き出す。


「ボルボとヨウ、貸して。――――眠てー事言ってんでねーぞっ! 攫わったんだっ! ツキが今、どだな目に…………。いや、ごめんね。頭に血が上った。――ちょっと確かめてー事がある、――いや、一応今日の予定通りではあんだよ。それとヨウはブレーキだ。あたしが暴走しねーための、さ。――うん。じゃ、鍵、テーブルにおいてて。そだに遅くはなんねーから、詳細は後ほど家で。じゃ、駐在所で無く南署に直接行ってけでね、宜しく」



 電話をポケットにしまうと、ランちゃんは真顔で振り向く。

「こんで明日以降は警察も動く。……一緒に来い。会ってみんべ、光人善道に」





 リビングに鞄を投げ出してガレージに廻ると、もうボルボのエンジンがかかっていた。


「いずれ今日会ってみる予定だった。ボルボは使わねー予定だったけどな」

「え、今日?」

「予約を入れておいた、つー事だ。こないだだいちゃんに怒られる前にな。だから、こだ落ち着かねー格好だ。別にお前の電話で着替えたんじゃねー。出かけるとこだったんだ」


「にーちゃんにはこのことは……」

「言えるわけねーべ。また怒られる……。だいちゃんに怒られるとダメージがでかいんだ。普段温和な上に正論だからな。精神的にずーんと来る。しばらく立ち直れなくなっからさ」

 ……そのにーちゃんより五つ年上なんだけど、ランちゃん。


「その教祖の人がもしも誘拐に関わっていたら……」

「そんときゃ二人ともお終い。比喩で無くお陀仏、だな。但し、あたしが今日会いに行くことは知ってるし、多分向こうもあたしに関してリサーチかけてるはずだ。だからツキとの関係も、警察とお友達なのも知ってるはずだから、このタイミングであんな事件は起こすわけがねー。大丈夫だ。そう言い切れなけりゃ、いくら何でもお前は連れてこねーよ」



 ランちゃんは、こうしてみると意外に運転が上手い。家の近所の細い路地、何事も無くボルボの長い車体を回していく。

 にーちゃん程では無いにしろ運転もスムーズ。

 ナビの画面にはノーシグナルの文字。アビリティ・ディティクターの電源が入っている。



「で。その後、ツキからの“連絡”は一度も無いんだな?」

「うん」

「まだ意識が戻らない……。いや、戻っても最大半径数百mだものな。ツキが“持ってかれる”とき、映像まで見えたっつってたが、間違いなくツキの視界だったか?」


 拉致、誘拐と言う言葉をあえて避けているのがわかる。


「月仍の色がついてたから間違いない、アレは月乃の見た風景だ」

「ならボルボは要らねがったかもな。ツキのトランスミッタもそうだが、お前はレシーバとして図抜けた力を持ってる。そんでコントローラでもある。だから他の能力者が力を発動するとそれがわかるし、ESP系の能力なら、状況によってはその能力自体が視える」


 ――ラジオと同じ理屈。レシーバで受信してコントローラでチューニング。その仮設は立証されたな。ランちゃんはそう言うと胸のポケットにタバコを探ろうとして、やめた。


「良いよ、タバコ」

「ダイちゃんに怒られっからボルボではやめとくよ」



 一応、にーちゃんに対しては喫煙者である事は秘密だったなそう言えば。

 知ってるか知らないかで言えばにーちゃんは当然知ってるんだろうけど。


 それにタバコ吸っても怒りはしないだろう。父さんも母さんもタバコのみだったし、灰皿だってここ数年使われていないから綺麗なだけで、小物入れになったりはしていない。



「怒んないだろ?」

「多分な。さておき、――だからこそお前を連れて来た。光人善道氏はおそらくパストコグニション、過去視の能力者だ。お前ならその辺、何か判るかも知れねー」



「パスト、コグニション?」

「直訳すればパストが過去、コグニッションは認知。だから過去視。平たく言えば過去が見える、この場合は他人の過去が見える。そーゆー能力だ。――二つ、頼みがある」

「うん」



「一つ目。もし光人善道氏が能力者だったらあとで教えでけろ。ほして二つ目。何が見えても知らんぷりをする事。あたしにも一切なにも言わねーで良い。見えたならきっと楽しくない事だ」


 ――そして、ついでにもう一つ。少し緊張した声になってランちゃんは続ける

「制服のネクタイ直せ。新興宗教の総合受付は一流企業のそれだと思って構わねー。客としての格が落ちると面倒だ。服装差別なんかねーと思えるところでこそ一番気をつけろ」


 驚くほど豪華な門を通り、警備員の人にランちゃんが二言三言話すと、やたらに広い駐車場へと誘導された。



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