火曜日(祝)2
『あれ? ツキ、なんで居る。ガッコは? ――まぁいいや、先ずチェーン外してけろ』
ラーメンの袋を破いたところでインターホンが鳴り、画面にはランちゃんが映る。画面上の彼女には国民の休日、と言う概念自体がほぼ無いのは知ってはいるが。
「ゴールデンウィーク? なるほど。そういやそんな事言ってたよみんな。道理で学校に誰も居ねー訳だ。そうか、もうなってたのかー。今年は早え-な、ゴールデンウィーク」
……ゴールデンウィークは一般的には偏西風や、大陸の高気圧の影響で早まったりはしない。
「実家は田舎だからゴールデンウィークも旧でやるんだ、あたしはまだ癖が抜けねーな」
「ランちゃん。ゴールデンウィークなんだと思ってんのよ……。今年は前半飛び石だから、明日もまた学校なんだけどね」
多少庇うというなら、彼女は日付で動いているのであまり休日は関係ない。そう言う事だ。
地味に大学の仕事をしつつ、雑誌の連載や警察からの調査協力依頼もある。
だから約束事は必ず日付で聞き返すし、メモ帳に書き込んでからPCのTODOリストにも入れ、スマホの画面でケータイが同期したのを確認するる。
謎のジャージ女のイメージとは裏腹に、実は地味で生真面目な人なのであった。
一応相手の問題があるので土、日は気にしているが、それもどの程度関係があるのかと言われれば、せいぜいATMで振り込みが出来るかどうか位のものだろうけど。
「お? 良いタイミングで来たもんだなや、ラーメンだ。――あたしの分もあるか?」
ジャージ女の“正装”、両方の肩にいつも通りの重そうなカバンとそしてよくわからない金属の箱をぶら下げてリビングへとやってくる。
「大丈夫、ちょうど三食残ってる。――って、おい月仍。昨日の白菜どこにしまった?」
「……そう言えばスーパーよれなくてコンビニで使う分しか買ってこなかったってにーちゃんが言ってた様な」
栄養も彩りも何も無い。白菜が加わったところでインスタントラーメンだと言う事実は変わらないが。
「聞いてたんなら先に言え! 袋破っちゃったじゃないか。ニンジンもネギも無い。……もやしラーメンか。――ランちゃんも、もやしラーメンで良い?」
「味噌だべ? もやしだけでも問題ねーさ。――ラーメン位ならたまにゃあたしが作ろう。つーか茹でるだけ、だよな?」
意外にも、自身の家事能力の低さを実はかなり気にしてるランちゃんである。
「ところで、ランちゃんに後でちょこっと相談があるんだけど。良い?」
「学校の敷地。バス停は、……ここか。中等部の校舎ってこれ? 音楽室はここの1階な、この辺か? おっけ。ふむん。ならばこう、かなっと。――おっと汁が飛んだ」
ラーメンをすすりながらランちゃんがスマホをいじる。にーちゃんが居たら行儀が悪いと言って怒られるところだ。学校付近の航空写真に簡単に線が重なってその線に色が付き距離が表示される。
「少ししょっペーな、ごめん。お前らも汁飲むなよ? ……直線距離で412m、中等部の校舎は旧高校新校舎。一般的な寒冷地向けお役所仕様のRC造。ならば鉄筋にコンクリートに断熱材、二重サッシに遮光カーテン。一般的な遮蔽物は能力の前では完全に無力。多分鉛も遮蔽物としては意味がねーだろうな、……で、ヨウの方はツキの居場所がわかったんだな? ふむ。それもあたしは出来ねーんだと思ってたよ。平素の生活の延長線上ですげー事してんのな、お前ら」
――ごちそうさん。ランちゃんはあっという間にラーメンを食べ終わると今日はカバンからタブレットを取り出して画面を指でなぞる。さっきの航空写真は既に転送されてその横の空いたところにはたくさんの但し書きが並ぶ。
「メインノートの電源落ちたか? 書斎に置きっぱなのに同期とれねーや。……いや、急がねーって約束したんだったよ、そういや。……あたしらしく、のんきに行くべ」
誰と何時した約束なのかは言わずもがな。但し急がないだけで研究自体は続ける様だ。
にーちゃんの疲れた顔が浮かぶ。昨日は多分、その辺の調整に手こずったんだろう。その部分は見た目を大きく裏切って、本気で言いだしたらもう誰の言う事も聞かない、超頑固者のランちゃんだ。
俺がどんぶりを洗う横で月乃がコーヒーのドリッパーを用意する。
「ざっくりと状況を整理しつつ、専属研究員として助言をしたいと思うが良いか?」
双子ユニゾンでお願いします。と言うのには相変わらずテレパシーは要らなかった。
「と言う訳で、コーヒー二杯分。長々と喋ってはみたが結局お前らの力については、スタンピード発生時のリスクはおろか、通常状態についても何もわかんね、っつーのが実際だ」
「そこはゆっくり調べる約束なんだろ? だったら気にしないでも良いよ。そのさ、練習とかはどうすれば良い? それともやめといた方が良い感じ?」
「ヨウのレシーバは、まぁ今のところ自発的には発動しねーようだし、ならそのまんまでも良ーんだけど。ツキのトランスミッタ、こらちょっとまじーわな」
――ツキの声そのままで聞こえるんだよな? タブレットに目を落としたまま聞かれたので素直にうん。と返す。色が云々とか言う面倒な話は既に耳に入れてある。
「だからツキ、学校ではヤルな。お前の方でも受信にヨウを限定している様だが、まだあやふやだ。お前の声を知ってる人間がそれを拾ってしまうと不味い。だから学校以外だ」
むしろ私見だが練習はした方が良いと思うんだよ。とこれはちょっと声が小さくなる。私見、と言った。具体的な裏付けが無いからだろう。
「何かあったとき制御の仕方を知らんでは話にならねー。制御出来るという自信があれば意図しねー能力発動を抑制する効果も期待出来る。それと。防災無線か、旨い事言うよ。一枚やりな。って、おいといて。――その用途ではむしろ積極的に使いてーぐれーだ。だから全方位発信も使える様にしておくっつーのは考え方として悪くねー。ヨウの発信位置特定の練習にも成るしな」
ランちゃんはそこまで言うとタブレットの画面を消して立ち上がる。
「出来れば能力をストップする方法も考えたいが、それは暗示や自己催眠なんかでどうにか出来るか考えるから、少し時間くれ。――今日はだいちゃんは“平常営業”か?」
「休み。……なんだけど自動車いじりでお出かけだから、夕方まで帰ってこないよ」
「あ、そ。まだ話したい事は残ってんだけど、あとはみんなそろってからで良いな。急がねんだし、なら、あたしは少し寝る。だいちゃん、帰ってきたら起こして」
「寝るのは良いけど、ちゃんとなんか着てよね? 私以外起こしに行けないじゃん」
専属研究員の人は、――うん、なんか着る。とだけ言うと多少足下をふらつかせながら二階へと上がっていった。
「なんでブラックで、しかもインスタントじゃ無いドリップコーヒー3杯がぶ飲みした上で普通に寝られるの……」
「話の途中で寝ない様に飲んでたんだろ。また寝てないんだよ。足下ふらふらだったじゃん。ご飯だっていつからか知らないけど、ラーメン見るまで忘れてたんだぜ。きっと」
一日長くても8時間そこそこしかとれない睡眠と、普通は三回しか食べられないご飯。両方とも忘れるなんて事は俺には考えにくいがそう言う人間は居る、と言う事だ。
「……全く。昼寝しようと思ってたのに、お陰でこっちは寝れなくなっちゃったよ」
「ならばリターンマッチ、受けて貰おうか。一昨日の敗因を分析した、かなりゲーム的だが、だからこそゲーム上ならば超実践的な戦術だ。今日のお前は私からは一点も取れない」
「どうせやる事はゲーム運びを若干守備的にする位だろう、そんな程度で勝った気で居るとは笑止千万。お前は机上の空論、この意味を知る事になる。――他にする事、無いしな」
と言う訳で。我が家のリビングでは夕方まで、ゲーム機の小さな画面でヨーロッパと南米の代表選手が火花を散らす事になった。結果は。1点も取れない事は無かったものの、月乃のゲームにおいての超実践的な戦術がはまった。何でだ……。




