土曜日7
「どした? 見つめちゃって、照れるじゃん。……ん? どっか、穴とか開いてる?」
そう言いながら月仍はパジャマの脇やもものあたりを気にした後、パジャマの襟元をただす様にして、ちょっと上から風に言う。
「おねーちゃんのブラがはみ出してた? あらいやだ。弟君には刺激、強かったかしら」
「ねぇよ! 大体お前必要ないじゃ無いか、なんで付けてんだよブラジャーとか。みんなが付けるからか? 見えないところのおしゃれなのか? 呪いの儀式とかなのかっ?」
「なんの儀式だ! 脱いで見したろか! ブラが必要なくらいあるわ、ちゃんとある!」
そう言って胸を突き出してみせる。鳩胸風になるだけで何も変わりゃしない。
「付けたらわかる。絶対必要なんだから!」
「俺は一生付けないからわからんとそう言ってる!」
「こないだお風呂で見たら、今、ランちゃんよりちょっと小さいくらいだったし」
「そこは触るな。……金輪際触れるな。――自殺するにしたってもっと他に良い方法があるはずだからそっちを採用しろ。なんとなくで俺まで巻き添えにするな!」
何か間違ったら血の雨が降る。ただ楽なだけでは無い、体の線が出ない様に考えた上で普段のあの格好なのだ。そんな理由で俺と月乃の専属研究者を降りられてしまってはお先真っ暗である。月乃の身長と胸。現状ではそれが育つ事さえ危険なのだと今悟った。
「……それにさ、おっぱいが大きくなり始めの時は特に気をつけないといけないんだよ。思春期の女の子の体って、デリケートなんだから」
「やっぱり大きくはねぇって事じゃねーか。……だいたいそんなの誰に聞いたんだよ。その、女子は保険の授業とかでやるのか? そう言うの」
「スーパーの、初めての下着選びって言う看板に書いてあって……」
「……絶対に、要らないものを買わされてる!」
資本主義の実態を思い知った瞬間だった。やはり社会の教師が言う通り、町中に勉強のタネは落ちているのだ。
「さっきから必要だっつってんだろーが! パンツだってTバック買っちゃうんだから」
「胸だけでなく、尻もねーくせにそんなの付けたって可哀想に見えるだけじゃ無いのか? 身内に可哀想な女子が居るというのは俺としてはちょっと……」
「言うに事欠いて可哀想ってなんだ可哀想って! 母さんはボインボインだったろ! あたしもその血を引いてるんだから!」
「ボインボインって。……いつの時代の人なんだよ、お前は」
「えぇと。……いずれにしろ、もうちょいで身長含めていろいろデカくなる予定なんだから、そしたら買うの! ――そうそう、それにTバック。先輩に聞いたら高等部のスポーツ女子はみんな履いてるってよ?」
みんな、は果たして何人以上からを指すのか。そこは月乃以外にも敵が増えそうな予感がするから突っ込まないでおくとして。
「なんでスポーツ系女子高生のパンティがそんな事になってんだ?」
「パンツの線が出ないから。特に試合の時ね。……ほら、競技用のユニフォームって機能性重視なもんだから、競技によってはぱっつんぱっつんじゃない? 高等部なんか特に、競技的にも女性的にも体が出来上がってるもんだから、なんつーかますますこう、さ」
ユニフォームの下が直接おしりなのと、パンティの線が浮き上がった状態と、どっちがエロく見えるだろう。個人的には前者の気もするが。
「サッカーのユニは余裕があるけどさ、それでも白だとアンダーが透けて見えてるチームだってあるんだよ。汗とか雨で濡れるとメーカーによってはカラーでもヤバいんだから」
「でも見えて良いヤツ、えーとそう言うのスパッツ? アンダースコートって言うんだっけ? それ履いてるんだろ、その辺よくわかんないけど」
「テニスとかチアみたいに見えるの前提の競技は履くけどさ、サッカーとかバスケとか邪魔になるから、私も含めてそう言うの履かない人も結構居る。つまりパンツが透けて見えるなら、それはほぼ生パンツなんだよ。男子的には大変な事実だろ? これって」
まぁ俺も中二標準レベルでエロいつもりでは居るのだが下着フェチという訳ではない。健全な男子である以上興味が無いとは言わない。透けたり浮き上がったりして見えるパンティはそれはもう、絶対にエロいと定義づけて良いだろう。――けれど、それを具体的に妹と論じるほどのエロもフェティズムも俺は持ち合わせては居ない。
「誰がフェチの話なんかしてるか! ……それに人の目という話をすれば、下着の線が浮いたり透けたりしてたら単純に恥ずかしいでしょ?」
「そう言った経験が無いから判らないつってんだ。大体お前だって先ず優先すべきは下着より中身だと言うのはわかるだろうが」
「スケベ。そう言う目で女子の競技を見てたのか。もう二度と試合の応援に来るな!」
「ちょっと待て。拳を固めるな。誤解だ、意味が違う!」
言いたい事が旨く伝わっていない。この場合、受け取る側にも大きな問題がある気がするが。
「まぁ、見た目を気にして実力が出なかったらそれはそれで意味が無いだろうって事はわかるよ。――別にお前の下着の中身なんか言及する気は無い」
「身内からそんなもん言及されてたまるか、キモいわ!」
「俺も言及したくない。勘弁してくれ……」
「その反応、それはそれでなんかムカつく!」
ホント、勘弁してくれよ。妹の下着の中身について、しかも話す相手は本人。どうやって盛り上がって良いかわからん……。
「ブラに関して言えば機能的にも走ったりするときは必要なの。私も最高速上がったんだから。アニメみたいにボヨンボヨン揺れてたら全力疾走なんか出来ないんだよ。フリフリの付いたかわいいヤツとか、そう言うのとはまた別の話になるんだけどね。陽太が気になるのはスポブラよりそう言うヤツでしょ? 黒いレースのスケスケのヤツとか」
――お前は全く揺れないから問題ないだろ? と言いかけてやめる。
下着の有無でスポーツ選手のパフォーマンスが左右されるとか。そんな事、考えた事も無かった。
「だから下着姿の女の子ならエロく感じるかも知れないけどさ。下着単体ではあんまり気にならないんだってば。マンガとかではそうだろうけど、無差別に盗んでいく様な下着泥棒とか、俺は理解が出来ない。……下着売り場だって恥ずかしいけどエロくは無い。下着の持ち主が誰か。って言う情報が付加されて、ようやくエロく感じるんじゃないのかな」
正直な話、勿論屋内ではあるが月仍とランちゃんの下着は普通に干してある。そして屋内であるが故に両親のベットルームに入れば大概目と鼻の先にぶら下がっているのだが。 俺の立場でこの二人の下着に対して興奮出来ると言うなら、そっちの方がどうかしている。残念な持ち主である、と言う情報が彼女らの下着には付加されていると言う事だ。
もっともこの二人に関して言えば明らかな子供下着と、いかにもお金がかかっていません下着。なので、この二人を残念に思わない人であっても、興奮するためにはかなりのスキルが要求されるのは想像に難くない。要求されるのがどんなスキルなのか俺には想像も付かないが、少なくともテレパシーなんか目じゃないだろう。
「あと、だったら持ち主の“中身”だってある程度のボリュームがないとなー。そしたら例えば、いつもあのおっぱいが押しつけられてんだなぁ、とか思えば……」
「そうか。陽太は乳のデカいのが好みなのか。そうなんだな? ――例えば、そう。ブラスの白鷺先輩みたいな」
「この流れでいきなり具体的な名前を出すな! ――大体なんでお前が白鷺先輩を知ってるんだよ!」
月乃はいきなり部活の先輩の名前を出す。長い髪は指揮を見て拍子を取るごとにさらさらと流れ、おしとやかで。他の楽器の後輩の面倒も見てくれる。色白で整った顔立ち、その上頭も良い。更にはお金持ちの娘。
どこから見ても完全無欠のお嬢様のその名字が白鷺というのも本人の有り様を表しているかのようだ。当然数少ない吹奏楽部男子のあこがれであるが、その神々しさ故に口をきいただけで満足してしまうほど。彼女は別の意味で恋愛や性欲の対象には成らないのだ。
白鷺つむぎ。名前を口に出すのさえはばかられる位だ。
確かに彼女の胸の部分の盛り上がりは他の女子と比べてもひときわ大きく美しく……。いや。そんなところをじっくり見た覚えなんか、ぜんぜん無いんだけど。
「フルートの似合う、華奢で可愛いお嬢様。中等部で知らない人、居ないんじゃ無いの。ウチの制服はそういうところはつまんないよなぁ。おっぱいの部分が隠れちゃうし。――私ね、今期委員会一緒なの。優しいし美人だし。文句付けるとこ無いなぁ、あの人」
「げ。そうか、図書委員。――先ずは白鷺先輩の事を可愛いとか言うな! 失礼な!」
「そうか、やっぱああいうのが好みかぁ。美人だし、おっぱい大きいし。言う事無いとは思うけど、でもちょーっと高望みなんじゃなーい? 同じ顔してる私が言うのもなんだけど改めて鏡、見た方が良いよ? ……うーん白鷺先輩ねぇ、なるほど」
しくじった。弱みを握られてしまった。おかしな事を白鷺先輩に吹き込まれでもしたら精神にかなりのダメージを負う。
――早急にこの話は流そう、そうしよう。




