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土曜日6

 時計は10時少し前。俺と月乃がリビングから部屋に上がってきたのは、次の日が休みの日の我が家としては少し早いかも知れない。

 部屋の前にホチキスで止めたA4の紙の束が落ちていた。その束を作ったであろう本人に何かを聞こうにも鍵など付いていない書斎のドアは、ノブを掴むのに躊躇するだけの理由が今は十分にある。


 結局。風呂へと向かった月乃から預かる形で、一番上の白い紙に【バカキョウダイ専用能力簡易説明書・屋外持ち出し禁止!! 出版・黒石研究所】と細いマジックで殴り書きされ、中身は十五,六枚の両側プリントされた紙の束。それは今のところは俺の手の中にあった。カーテンの向こうからは盛大にドライヤーの音が聞こえる。


「で、お風呂の間になんかわかった?」

 ドライヤーの音が止むと、カーテンの向こう側から声がかかる。

「わかるか! ……あ、お前。考えるの面倒くさいから風呂に行ったんだな!?」

 目を通すだけでもかなりの分量、短時間で全てを把握する事など不可能だ。

「読んでおけよー。結構長風呂だったのに」

 自分では読みたくない、と言う事だ。しかもその為に、わざと風呂に時間かけやがった。お陰でにーちゃんが風呂に入れなくて困ってたじゃ無いか。


「全くお前は……。一応ざっと見てみたところの話な。元々、SFとかオカルトで言うところの分類だと多少おかしくなるから分類し直したって言う事みたいだ。」

「おかしくなる、ってどう言うこと?」


「例えばテレパシー。明確に送信側と受信側が分かれてるし、相手の頭の中を直接読んだり、反対に考えがダダ漏れになったり、そういう事は無い。と言う事みたいだ。言葉を直接やりとりするみたいな、手紙とかメールレベルまで言葉を固めないと相手には通じないらしい。めんどくさいので今日から送信側テレパスの事はトランスミッタと呼ぶと書いてあった。受信方もおんなじでよほど相手の頭の中に伝えたい事が具体的に詰まってないと意味不明の謎の言語くらいしか受信出来ない。みたいな事かな。こっちはレシーバだって。――要するに普通思う超能力とは形が違う。って事らしい」




【ものを考える時の考察方法が人それぞれであるので、いくら強烈な思念になっても無意味なイメージや良くて単語の羅列にしかならず、それが見えても思考を読み取るには至らない。


 双子で基本的におなじ生活を送っている陽太と月仍の間でさえおそらくは思考イメージの共有は出来ない。送信能力のあるものの思考が“漏れる”場合も考えられるが結果は同じであると思われる。


 だから所謂(いわゆる)サトリの化け物や、逆に思考が外部の人間に漏れる様な形での能力発動はあり得ない。また、詳細は別項とするがトランスミッタ、レシーバ双方を一人で同程度に発動出来る可能性もかなり低いと考察される。


 これらは似ているがあくまでも別個の能力である。

 例えるなら大声選手権のギネス記録保持者と、半音未満の音さえ聞き分ける絶対音感者なので有り、双方を同一人物が使用可能レベルで発現する事は非常に希だろうし、同時に発動するとなれば事実上不可能と言って良いだろう】




 多分、もっと硬い、長い文章であったはずのものを書き直してくれたのであろう【説明書】のテレパシー送・受信の項目にはそうあった。まだ参考書を連想する文体ではあるが。

「お前もあとで読んどけよ。自分のことだぞ。この辺具体的に知らないとマジでやばい」

「明日の朝になったらね。まぁあれだ、陽太に用事があるときは、わざわざ携帯出さなくても無料でメッセ投げ放題って事だよね」


 ……気が付かなかった。なんという鬱陶しい可能性だ。しかも一方的に送り付けられるのみ、こちらからの送信は出来ない。

「受信するごとに十円ずつ取るからな!」

「緊急時とかさぁ、メールも電話も使えないときとか使えるよね。地震とか、あとは」

 カーテンに映る月仍の影はパジャマを着こみながら、全くこちらの都合は考えずに運用方法の考察に入ってしまった。


「例えば、悪の組織的な人達に誘拐されそうなときに“陽太、助けて!”みたいな」

「そんときはアニメの再放送見終わったら行ってみるよ」

「大事な姉のピンチだろ、すぐ来いよっ!」

「見始めた以上はもう、次回予告まで見るしか無いじゃないか」

「しかも再放送って一回見てるやつじゃん、それ!」


 使える距離は良いところ1m前後、しかも覆花山限定。但し使えるというのなら、事前にサインとかを決めておけば、はい、いいえだけで済むならば内緒話には使えそうだ。

 いずれ俺が送信出来ない以上どんなに能力が伸びようと、返事のしようが無いから、身振り手振りの見える距離でしか使えないのだけど。……って。便利か? それ。

「他にはなんか無かったの? テレパシー以外で」


「俺とお前が使えるレベルだと思われる能力はあと二つずつだから、全部で四つ」

 全ての能力を内包しているはずの建前ではあるがその実、能力の発動には問題がある。スプーン曲げレベルでもむちゃくちゃに大きい力なのだ。とさっきランちゃんは言った。

 例えば能力で宙に舞う埃が向きを変えても本人だって気づきもしないし、手に持ったカイワレ大根の葉先がざわめいてもそれは換気扇かエアコンの影響だと思うだろう。つまり想像以上に力が小さい、と言う事だ。


 だから何かの能力がある。と言い切るためにはその能力が目に見えなければならないのだが、通常本人でさえ意識できないような些細な力である。テレパシー以外に他人が認知出来るほどのスプーン曲げクラスの能力なんか使った覚えは当然無い。それでもどうやって見つけたのか、あと二つずつ。使えるだろうと思われる能力は書いてあった。


「先ずはサイコキネシスとテレキネシス」

「触っただけでモノをぶち壊す力と、見ただけでモノを投げつける力だね。私はどっち?」

「どうして日本語にするだけでそんなに物騒な表現になるんだよ。どっちか、だって」

 こいつにはどちらの力も与えてはいけないな。ランちゃんには能力を押さえる方法を研究して貰わなきゃ。

「……あとは、アビリティサプレッションとアビリティブースター。これもどっちか、なんだけど」

「むぅ、それは聞いた事が無い」


「俺も初めて見た。ただ一番ヤバそうなんだこれ。相手の能力を奪って自由に使うのがアビリティサプレッション、それを使う人はコントローラ。そして相手の能力をかさ上げして増幅する。歩く覆花山というか、人間パワースポットみたいのがブースターで使う人がアンプリファイヤ」


 じゃっ。パジャマ姿の月仍がカーテンを開く。

「なに、それ。……ホントにヤバそう、だね」

「うん。俺もそう思う。けど俺とお前。持ってるらしい、そんな能力」

 そんな能力が自由に発動できるようになった場合、近所に能力者が居る、と言う前提条件が付くものの、いくらでも悪用のしようがある。そしてこれが第三者にバレた場合。

 さっき月乃が言っていた悪の組織云々は冗談ごとでは無くなってしまう。しかもさらう相手は悪の組織では無く、政府の秘密組織だったり、某国の諜報機関だったりの可能性だってある。厨二病だと笑わば笑え。なにせこっちは現役の中等部2年生だ。



「だから徹底的に隠さないといけないんだ。能力の事は」

「あーあ。持ってても良い事無いじゃん、超能力」

 月乃はクッションを抱えて俺の部屋に入ってくると、壁に寄せて勝手に座る。

「そんなに良いもんなら、あのおおざっぱなランちゃんが神経質に隠す訳が無いだろ」

 ――魔女狩り。場違いとも思える言葉が脳裏に浮かぶ。人と違う能力を持ったが故に社会から抹殺される。若しくは実験動物として扱われる……。自発的に何をした訳でも無いのに、そんな悲惨な話があるか。


「魔女じゃ無いんだから狩られるのはちょっと。それに表現としては魔女じゃなくて、私としては魔法少女とかが良いな」

「そんな可愛らしいもんじゃないだろ、お前の場合」

 昼間の私はモテる。と言う話を何となく思い出す。確かに月仍は友人達からはそれなりに評判が良いのだ。付き合いたいと言われたりはしないものの、月仍と双子とかうらやましい。と言われる事は良くある。少なくとも個人的には全く理解の出来ない話ではある。


 半端な長さのいかにもスポーツ部ですと言わんばかりの髪。さしてない上背。勿論胸だって無い。

 極めつけは当たり前だが俺に似た顔。勿論男女である以上、2卵生双生児だからまるで同じ顔。と言う訳では無いが、人に言われるまでも無く良く似ていると自分でも思う。

 知らない人が見ても双子である事はともかく、血の繋がりを疑う人は居ないだろう。


 いずれこうして月乃がパジャマを着て目の前に居ても感じるところは何も無い。こいつが身内に居て、何がどううらやましいのか。やはり理解は出来ないな。みんな双子の設定に夢を見すぎだ。同じ歳の兄妹と言うだけで他に変わったことがあるで無し。他の家だって兄弟は基本的に顔も似てるだろうし。


 戸籍上の家族であるのは月仍一人だから、何をやるにもコンビ確定、ツーマンセル。それもさして楽しい訳じゃ無いが、聞く限りでは兄弟や家族間は中学くらいになると仲の悪くなる家も多いらしいし、そこを言うなら兄妹仲は良い方なのだろうけど。


 反抗期とは言え、反抗する両親が居ない我が家である。

 保護者としては、元ヤンキーと家出高校生みたいな博士が居る。だが、反抗すればきっと完膚無きまでの徹底した返り討ちに遭うだろう。


 あの二人に対して反抗しようとする事自体が間違いだ。口には口、実力には実力できっちり応じるのは間違いないし、そうなれば絶対に勝てない。

 例え相手が中学生であろうとケンカとなれば半端は無し。本気で潰しに来るだろう。それは難しい想像では無い。


 それに愛宕姓を名乗るのはこの家では俺と月乃だけ。月乃と不仲になっては単純に生活しづらい。それに役所の書類や家庭裁判所、ケースワーカーさんの定期相談に学校まで。


 普通の兄弟よりも一緒の行動が多い以上、仲が良いほうが悪いよりは良いよな……。



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