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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
二章 魔王城はなぜ暮らすのに不便な仕掛けばかりなのか?
9/21

オーク、飛ぶ。

「お兄ちゃん! 早く魔法であたしを助けて!」



 妹が急にヒロインみたいなことを言い出した。

 そういうのはせめて人間が三~四人ハマれそうな穴に一人でハマらないようになってからにしろと言いたい気持ちが急激にふくらんでいったが、まあ助けるつもりではあったので、妹から視線を切ってワーズワースさんへ目を向けた。


 さて、これから僕は『魔法』なる技術を教わるわけだ。

 不安はある――というか、不安だらけだった。


 なんだよ『魔法』って。

 どういうエネルギーをどう活用してどう起こす現象なんだ……


 RPGなどではだいたい問題にもされないけれど、いざ使うとなると怖ろしいという思いが僕の心の大部分を占めていた。

 魔法。

 もちろん使いたいなあと思ったことはある。


『テレポート使えたら便利だな』とか『透明になれたらいいな』とか『透視能力さえあれば俺も……!』とかいう思いを抱いた人は少なくないだろうし、僕もそういった不思議能力に憧れた時期は人並みにあったと自覚している。

 今ではもうすっかり夢も希望も枯れ果て、ロマンがないと異世界の魔王に言われるまでになってしまった僕だけれど、そういうファンタジー的アレコレを生まれた時から信じていなかったわけではないし、今だって『ありえない』とまで断定はしていない。


 そのうえで。

 なんだよ魔法って。

 っていうかテレポートも透明化も透視能力も超能力じゃないか……


 まあ、しかし。

 こうして怖がっているだけではなにも進まない。

 そうだよ、不安ならば聞いてみればいいんだ。僕のそばには魔王たるワーズワースさんがいる。魔王の『魔』と魔法の『魔』は同じ言葉なんだから、彼女はさぞ魔法に対する造詣も深いに違いがない。


 だから僕は問いかける。

 先生、魔法ってなんですか?

 その質問に、ワーズワースさんは非常に簡潔に答えてくれた。



「そんなの考えたこともない」

「いやいや……いやいやいやいや……考えましょうよ……」

「だって考えるまでもなく使えたし……あ、効率的な運用方法とかは考えてたぞ! でも具体的に『魔法ってなに?』って聞かれると答えに困るな。魔法は、魔法だし」

「そんなんで済ませていいものじゃないと思うんですが……あれ、僕が思ってる『魔法』とあなたたちの『魔法』って違うのかな?」

「そちらの思っている『魔法』がなにかは知らんが、とにかく説明を始めてもいいのか?」

「まあそうですね。とりあえず、うかがいましょう」

「今回使おうと思っているのは『爆発を起こす魔法』だな。ほのかさんの入ってる穴を爆発で拡張して出そうという試みだ」

「ああ……これ僕が知ってるヤツだ……よくゲームとかで見る感じの、もっと色々応用できそうなのに、なぜか『攻撃』『補助』『回復』の三分野しか開拓されてないヤツだ……」

「知っているのなら話は早いな」

「待ってください。その、もっと穏便な手段はないんですか? たとえば、ぬるぬるした液体をほのかの穴に流し込んで滑りをよくしてみるとか、あとは細かい触手みたいなのをほのかの穴に入れて、中身を引っ張り出すとか……」

「なぜ魔法でぬるぬるした液体やら触手やらが出るのだ?」

「いや……」



 なぜと問われても。

 逆に魔法はなぜ爆発を起こしたりしかできないのかの方が、僕にはわからない。



「まあ水属性やら風属性やら土属性やらの魔法を使うことができれば、爆発以外にも応用がきくのかもしれんが……我が使えるのは闇属性だけであるからな」

「ちなみに、主な闇属性魔法はどのようなものが?」

「うーんと、魔法には色々属性があるのだが、闇魔法は『即死』とか『毒』とかを司る属性であるな。人ではない我らのような種族しか使えぬ高等魔法である」

「えええ……殺意高い……もっと『穴にハマったオークを穴から助け出す魔法』的なのは」

「そんなピンポイントな魔法があってたまるか」

「そりゃそうですけど……応用がききそうなのはなにかないんですか?」

「穴を拡げそうなのは爆発ぐらいだな。しかも我の爆発は、闇の爆発であるぞ」

「闇の爆発って闇じゃない爆発とどう違うんだろう……」

「それはもちろん、闇じゃない爆発と比べて、闇なのだ。えっと、具体的には、鎧とかの装備を貫通して生命体だけにダメージを与えるのだ」

「あの、お城の床面に空いた穴を拡張するのに使えそうにないんですが」

「問題なかろう。妙な基準かもしれんが、『この世界のものと融合できるほど強固な存在感を持つもの』であれば、闇の爆発の対象となるはずだ。魂へのダメージというか……ただの家屋ならいざ知らず、我が墓標であれば問題なく破壊の対象になるであろうな」

「つまり試したことはないんですか?」

「あるわけなかろう。なにが楽しくて自分の家に爆発する魔法を撃たねばならんのだ?」

「そりゃそう……そりゃそうなんですが……あの、ちなみにそれでほのかが深刻なダメージを受けた場合、回復するための魔法などは?」

「回復など知らんぞ。我らアンデッドに回復は毒である」

「じゃあほのかがケガしたらどうするんですか」

「うーん……使えそうな魔法は…………あっ、『死者を蘇らせる魔法』…………」



 僕は絶句した。

 穴の中のほのかが「待って!」と必死な声で叫んだ。


 さすがになあ。

 死んでも甦らせたらオッケーみたいな価値観はどうかと思う。


 まあ、そもそも僕が魔法とやらを使えるかどうかさえ、まだ未確定なのだ。

 そこで提案。



「とりあえず手段が爆発以外になさそうなのはわかりましだ。でも、ほのかの穴を拡張する前に、ちょっと遠くの方へ撃ってみて、コントロールとか試していいですか?」

「うむ。それがよかろう」

「というわけでワーズワースさん、指導をお願いします」

「うむ。不死性と魔法の力によりロードとなった我がじきじきに指導するなど、普通はありえん。光栄に思うがいい」



 ここに来ても彼女の自信は揺らぐことがなかった。

『感覚で魔法を使っていた彼女に、指導なんていう真似ができるのか?』という、あえて意識しないようにしていた疑問があったが、このぶんだと心配はなさそうだ。

 僕は安堵して、彼女の指導に耳をかたむける。



「まずは杖の先に魔力を集中せよ」

「先生、杖がありません」

「じゃあ指先でいい。魔力が流れ込むイメージをせよ」

「先生、魔力ってなんですか」

「なんかこう、高まりだ」

「高まりとは具体的に……」

「知るか! 高まれ!」



 うーん……

 いや、魔王とまで呼ばれたお方の指導を直々に賜っているのは重々承知している。

 それでこんなこと思うのは不敬もここに極まれりという気もするのだけれど……



「先生、指導、超ヘタクソじゃないですか?」

「はっきり言うなあ、貴様は!?」

「いや、だって『知るか! 高まれ!』はさすがにないですって……魔力が高まるどころか僕のやる気が低まりましたよ……咄嗟に『は?』って真顔になるのをどうにかこらえるレベルでしたって」

「……うん……だって、人に魔法教えたこととかないし……」

「えええ……」

「とにかく! 指先に漆黒の球体ができあがるイメージをせよ」

「漆黒の球体……」



 言われた通りに想像してみた。

 すると、骨のみの人差し指の先に、城の闇よりなお黒い、ピンポン球大の球体が出現する。


 ……。

 ほんとに出た!?



「せ、先生! 出ました! なんか黒い! すっごい黒い! っていうか今のひとことをさっさといただければ指導いらなかったんじゃないですか!?」

「いやいや! 我の指導のお陰だって!」

「先生! 次はどうしたらいいですか!?」

「おおお落ち着け落ち着け! 集中切らすと暴発するから!」

「えっ!?」

「水をなみなみと注いだジョッキを手にしていると心得よ! とにかく、慎重に、漆黒の球体に意識を集中せよ!」

「先生! だんだん大きくなってきました! なんていうかピンポン球がテニスボールに!」

「ああ馬鹿! 大きすぎる! いったいどれだけ穴を拡げるつもりだ!?」

「で、でも先生! 全然小さくならないんですけど!?」

「ととととりあえず一度、出せ!」

「出せ!? 出すって!?」

「思いっきり遠くに向かって! もうなんか、射出、えっと、投げろ!」

「わかりました先生!」



 僕はワーズワース先生のご指導の通り、漆黒の球体を遠くに投げるべく振りかぶった。

 ……さて。

 ここで少し、体力測定の『遠投』を思い出してほしい。


 学校によっては実施されていないかもしれないので補足をするが、遠投とは、ソフトボールなどを可能な限り遠くに投げ、その距離を測るものである。

 しかし『遠くに投げる』というのは意外と難しい。

 速球を投げるわけではないのだから、速度はなくとも、ふんわりと、放物線を描くように、やや斜め上方向を目指して放り投げる必要がある。

 つまり――ある程度リラックスをして、ゆるりと放る必要があるのだ。


 そして今の僕の状況だ。

 初めての魔法。

 示唆される暴発の危機。

 魔王ワーズワースという規格外の存在から繰り出される、魔法という謎技術の破壊力。


 その結果。

 遠投で力みすぎて、すぐ近くの地面にボールを叩きつけてしまうことがあるように――

 すぐそばのほのかの穴で、僕の魔法が爆発を開始した。


 僕は咄嗟にワーズワースさんを背にかばう。

 そして、爆発の起こりから、その爆発が引き起こした現象までを、スローモーションみたいに知覚した。


 床に接する漆黒の球体。

 そこを起点に始まった爆発は、城の床面である石畳を内側からはじき飛ばしていく。


 床面を派手に吹き飛ばしながら拡張されていく落とし穴。

 爆散するトゲ。

 空を舞うオーク。


 ほのかはくるくると上下左右に回転をしながら、天井にぶつかった。

「痛っ」という、やけにのんきな妹の声が、爆発の中、妙にはっきりと耳にとどいた。


 爆発は床をめくり上げるだけめくり上げて、壁にまで達した。

 吹き飛び乱舞するブロック、それに落とし穴にあったトゲ。


 ドシン! と床に落ちるオーク。

 爆風と土煙、ブロックとトゲがバラバラとそこここにぶつかり、跳ねた。


 爆発音の反響で耳が痛い(今の僕に耳はないはずなのだが)。

 僕は、自然と顔をかばっていた腕をどける。


 背後を振り返った。

 そこには、ワーズワースさんがおどろいた顔で固まっている姿が見える。

 ひとまず彼女にケガはなさそうでホッとする。


 視線を正面方向に転じる。

 もうもうとあがっていた土煙が次第に晴れ――

 僕は煙の中に横たわる、オークの姿を見た。



「ほ、ほのか!?」



 慌てて駆け寄る。

 果たして、心配をする僕の視線の先で、ほのかは――



「いたぁい! 腰打った!」



 なんかものすごく元気そうだった。

 僕は安堵して、ほのかの横で膝をつく。



「ああ、よかった、無事だったのか……っていうかよく無事だったな……?」

「無事じゃないよ!? 痛いんだってば! もう! もうもうもう! あたしが死んだらどうするの!?」

「お前が死んだら、そうだな、葬式をするよ」

「そういうことじゃなくて!」

「ああいや、いつもの癖でふざけてしまったけど……いやほんと、ごめん。ごめんなさい。悪かった。初めて扱う魔法とやらで、らしくもなく狼狽してしまった。お前が無事で本当によかったよ」

「う、うん……反省してくれればいいよ。ちょっと痛いぐらいだし」

「そうだな……もとはと言えば、トラップがあるってわかってるのに不用意に進んで穴にハマったお前が悪いとはいえ、本当に無事でよかったよ……」

「お兄ちゃん、本当にあたしのこと心配してる?」

「ほのか、人は人を心配できない。人が心配できるのは、自分の身だけだ」

「お兄ちゃんって空気が読めないゲスだよね……」

「その表現は人としてあらゆるものが不足してる感じがするな……」



 いや、まあ。

 ほのかの口ぶりもわからないでもない。


 でもさ。

 妹に向かって『お前のこと本気で心配した』とか堂々と言うの恥ずかしいじゃん。

 しかも超無事じゃん。普通に本気で心配しただけになおさら恥ずかしいわ。

 つい茶化しちゃうんだよ。

 わかってくれ。



「とにかく無事でよかった。穴からも抜けられたみたいだし」



 僕はそのように話をまとめにかかった。

 いつまでもこの話題を引きずられるのは精神衛生上よくないからだ。

 ゲスな保身だった。



「はあ……もう、お兄ちゃん、次から気をつけてよ」

「最終的に僕が悪かったとはいえ、一人で先走ったあげく落とし穴にハマって動けなくなったお前にそう言われるのは、かなりストレスがたまるな……」

「う……次から気をつける……ごめんなさい」

「僕も次から気をつけるよ。っていうか、僕が魔王の力を使うような事態を引き起こさないでくれ……僕も注意深く進むから」

「はい……」

「……えっと、ワーズワースさん、色々お待たせしました。そちらもおケガなどは?」



 僕はリードの先にいる彼女を振り返った。

 彼女は、神妙な顔をしてなにかを考えこんでいた。



「……ワーズワースさん?」

「ん? あ、ああ、うん。そうだな。わかってる。人間用の食事は味が濃いから駄目なのであろう?」

「そんな話は一切してませんけど……」



 犬化がはなはだしい。

 大丈夫なのかなあ、ワーズワースさん……


 心配する僕の視線の先で。

 彼女は――



「…………この程度、なのか?」



 なにか意味深なことをつぶやいていた。

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