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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
一章   本当に魔王との戦いは避けられないのか?
7/21

魔王を飼うことになりました

「とりあえず、魔王ちゃんはウチで世話しようか?」



 しばらくしてワーズワースさんが泣きやむと、ほのかはそのような提案をしてきた。

 そして、ワーズワースさんもまた――



「……帰る。我、しばらくは大人しくしてる。もっとよく考えてから世界征服する……」



 というように、野望をいったんあきらめてくれたようだった。

 なんで急にそんな心変わりをしてくれたのかはさっぱりだったが、僕にとって都合のいい心情の変化だったので、理由はまあいいだろう。


 かくして魔王との接近遭遇から始まったやけに長い帰路は終わり、僕らは懐かしの我が家にたどりつくべく、歩き始めた。

 七月七日二十三時に異世界が降ってきて、愛犬がヒトガタの女の子になって、妹がオークになって、僕がガイコツになっていて、飼い犬の精神が魔王だったというアレコレは、いったん保留できる程度には話がまとまったと思っていいだろう。


 そう、まだ保留にすぎない。

 解決策はわからないし、そもそも魔王であるワーズワースさんに曰く『ないぞそんなの』とのことだから希望もなにもないのかもしれないけれど……


 あるいは。

 魔王側からはわからないことも、彼女の言う『勇者』側の人や、また他の『ロード』にはなにかわかったりするかもしれない。


 しかし、そのあたりは僕が頭を悩ませることじゃないだろう。

 事件の当事者だからって、事件を解決する義務はないのだ。

 自分が巻きこまれた事件だって、警察やその他機関に捜査、解決を依頼するのは日本の常識なのである。

 この件について僕が果たさなければならない義務は『通報』というただ一点であり、そのあたりも家に帰ってから判断したらいいだろう。なにせ今、僕のスマホは壊れているのだから。


 そんなことをつらつら考えながら、また、妹やワーズワースさんと無駄話をしながらブロック塀に挟まれた住宅街を抜けて――

 ふと。

 開けた場所に出た。



「ただいまー」



 ほのかはなんでもなさそうにそんなことを言う。

 だがちょっと待ってほしい――僕はねじり戻してもらった頸椎を動かし、視線を上げた。


 視界いっぱいに収まっているのは、見慣れた二階建ての我が家ではなかった。

 どう表現していいか、一瞬困る。

 だってその建物はどうあがいても『城』としか呼べなかったからだ。


 古い石がキッチリと積まれた西洋の古城だ。

 正面にあるのは巨大な門。

 周囲を見渡せば、荒れ放題の草地と、崩れた、もとは石柱だったであろうものが見えた。


 周囲は不思議な、赤い光で照らされていた。

 光はどこからともなく現れ、どこへともなく消えていく。

 人魂という連想をして首を振る。いくら夏だからといって、自宅がホラーはちょっとやめてほしい。


 僕は自分が本当についさっきまで見慣れた道を歩いていたかどうか不安になった。

 背後を振り返る。

 そちらにはブロック塀で挟まれた、街灯もまばらな、いつも散歩コースに使う、通い慣れた狭い通りがたしかにあった。


 ……とてつもない違和感に、めまいを覚える。

 二歩か三歩、たたらを踏んだ。


 住宅街を歩いていたら、どのような超時空アプローチを経てか、見上げてもてっぺんまで見えないような立派なお城にたどりついてしまった。

 しかもそこはどうやら僕の家らしく、オークと化した妹が、でっかい門を腕力で軽々開いてから「ただいま」とか言い出した。

 どこから突っこめばいいんだ。

 ほのかに『それ、一人で開けるタイプの門じゃないだろ』って言えばいいのか。


 あまりの現実に頭痛までしてきた。

 いやむしろ現実なのかこれは?


 人は、モンスターの姿になった。

 犬は、少女の姿になった。

 でも、自宅が西洋の古城になるか?


 いきすぎた現実世界の異世界化。

 おそらくはその理由の一因を担うであろう、愛犬と融合事故を起こした魔王は、懐かしむような顔で城を見上げて口を開く。



「ほう、我が『古びた荘厳なる墓標』もこの世界に来ていたようだな」

「……これ、ワーズワースさんのお城なんですか?」

「うむ。ロードはそれぞれ城を持っているが……まさしくこれこそ我が墓標。我らアンデッドの住まう静謐なる墓地である」

「あの、なんか僕の家になってるっぽいんですけど……」

「ロードたる者が住まう古城は、それ自体が魔力や意思を秘めている。ゆえにこの世界でてきとうな……無生物であるゆえに家屋と『融合』したのであろうな。他にも霊的な植物や、古い石碑などはこの世界に落ちてかたちを得ているかもしれんな」

「いやいやいや……面積がおかしいって……周囲の家はどうしたんだ……」

「そのあたりの事情はほのかさんに聞いてみればいいだろう」



 ほのかさん。

 どうやら、なぐさめられたことで、ワーズワースさん内部のほのかの地位が著しくあがってしまったようだった。

 逆に僕の地位は下がったような気がする……


 本当にチョロくて心配になる。

 ハナの中でまで僕の立場が下がってないといいなあ……


 僕は門を開けて「早く入らないの?」みたいな顔をしているほのかを見る。

 そして、声をかけた。



「お前、どうしてこんな大事なこと、黙ってたんだよ。家が城になったなんて……」

「びっくりした?」

「びっくりしたに決まってるだろ! 心の準備をさせてくれよ!」

「やったー! 大成功!」



 いえーい、と片手をあげるほのかだった。

 ハイタッチでもしたいんだろうが、今のお前とハイタッチできるのは、海外のバスケ選手ぐらいだよ。

 それでも僕はジャンプして(すごい跳躍力だった)ほのかとハイタッチしてから、



「びっくりはいいんだけどさ、これ、ご近所さんとかどうなったんだ?」

「んー……なんかよくわからないんだけど、ご近所さんはそのまんまみたい。ウチだけ広くなったっていうか……周辺の位置関係とかはあんまり変わらないっぽい?」

「どういう時空だ……いや、まあ、それはいいとして……よくないけどいいとして……広さも構造も以前住んでた二階建ての小さなおうちとは段違いだけど、僕らはちゃんと目的の場所にたどり着けるのか? 具体的には、リビングとか自室に」

「うん、大丈夫。だってあたし、お兄ちゃんを迎えに行くのに部屋から出て外まで行ったんだよ? 同じように行けばいいだけだし、大丈夫だって」

「……どういう状況……いや、見た方が早いか。じゃあ、案内をお願いする。さすがに初見の古城でスムーズに自室にたどりつけたりはしないからな。お前だけが頼りだ。頼むよ」

「まかせて!」



 ほのかは古城内部へ入った。

 僕も続き、ワーズワースさんも僕にリードを持たれている都合上、一緒に入る。


 一歩内部へ足を踏み入れると、七月とは思えないヒンヤリとした空気が漂っていた。

 視界は――おどろいたことにかなり効く。

 というのも、照明設備自体は例の人魂めいた明かりが明滅しているだけなのだけれど、僕の目の方が、暗いであろう道を遠くまでよく見通すのだ。

 これも魔王の力か、という、魔王的にはおそらく不本意であろう力の実感などしてしまう。


 僕はそのへんの壁に触れる。

 やけに冷たい。

 そういえば皮も肉もなくなった僕だが、冷たいとか暑いは感じるようだった。

 その代わり痛みに対してはかなり鈍くなっているようにも思う。あるいは、体が丈夫すぎてしたたかに後頭部を打ち付けた程度じゃ痛くもなんともないだけなのか。


 壁は両手の平を合わせたぐらいの大きさの、レンガのような、粘土の塊のような、湿っていて微妙に柔らかな感触のブロックをいくつも積み上げて作られていた。

 積み木のようなものにも見えるが、しかしその接合は堅固に見えた。

 というか……



「おい、ほのか、さっさと進めよ。僕はいつまで壁を観察してればいいんだ。頼むよ、この場所じゃ右も左もわからないんだから」

「……うん、待って」

「…………なんだか嫌な予感がしてきた」

「いや、あのね。うん、大丈夫。大丈夫だよ? ただちょっと、右から来たか、左から来たかおぼえてないだけだから」

「大問題じゃねーか! えっ? 帰り道忘れたの!? さっきあんだけど堂々と『まかせて』って言っておいて!?」

「し、しかたないじゃん!? 一回だけ、しかも城から出ただけだよ!? 帰ってくるのはこれが初めてなの!」

「いやまあ、しかたないとは思うけどさあ……だったら『まかせて』とか言うなよ」

「だって、いけそうな気がしたんだもん!」

「……まあまあまあ、うん。頭を切り換えていこうか。お前は悪くないよ。お前に期待した僕が悪かったよ」

「その言い方すっごいムカつくんだけど!? お兄ちゃんの性格の悪さどうにかならないかなあ本当に!」

「しかし参ったなあ……まさか家に帰れないとは思わなかった。どうしたらいいのやら」

「もうしょうがないから、行ってみるしかないよね」

「行ってみる?」

「うん、せっかくだから、魔王城を探索しよう!」



 オークになった妹が元気に提案する。

 ――そういうわけで。

 終わったと思っていたやけに長い帰路は、まだもう少し続くらしい。

 魔王への対応とか、僕らがこれからいち市民としてどうするかとかは、まだまだ保留したままになりそうだった。

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