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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
一章   本当に魔王との戦いは避けられないのか?
6/21

裸ジップパーカー犬耳魔王に襲われる

「我らが世界から落ちた際、我らの肉体は滅びたらしい。この世界には精神しか持ってこられなかったようだな。装備はおろか、体さえない」



 僕のパーカーだけを着た魔王ワーズワースは、少女のような手を開閉させながら語る。

 その表情はどこか不満げだ。



「強烈な強迫観念があった。『誰かの体に入らねば』と。そして――事故が起きた」



 ワーズワースさんが僕をにらみつける。

 まるで事故の原因がすべて僕にあるかのような視線。



「我は、貴様の犬に邪魔され、半端な融合を果たした。ほのかちゃんを見る限り、姿は我らの世界のものとなるべきにもかかわらず、姿と力は貴様に、人格は貴様の犬に融けてしまった」



 口惜しくてたまらない、というような表情だった。

 僕はそんな彼女にどんな言葉をかけていいかわからない。

 ただ一言だけ、思いついたので、口を開く。



「はあ、ご愁傷様です」

「軽いわん!?」

「いやあ、すごい壮大な話でしたね。あ、拍手とかした方がいいでしょうか?」

「貴様、我を馬鹿にしているのか!?」

「してませんけど……なんていうか、こっちとしては『そんなこと言われても』っていう話でして……まあそちらにも事情はあるんでしょうけど、むしろ僕にも事情があるっていうか、こんな皮も肉も脱ぎ捨てた姿で明日からどんな顔してみんなに会えばいいのかっていうか」

「我の話を聞いておらんかったのか!? 決戦の最中であると言ったであろう! 貴様いち個人の極めて私的な悩みなんぞどうでもいいわ! 世界の命運がかかっておったのだぞ!?」

「世界の命運は尽きたのでは? だって、世界に穴が空いて、あなたたちの肉体は滅びたんでしょう?」

「ぐっ……」



 ワーズワースさんは黙ってしまった。

 僕としては当然思うべきことを言ったまでだったのだけれど……


 ほのかが「お兄ちゃんはそんなんだから友達いないんだよ」という目で僕を見ていた。

 僕は「せっかくさっき『みんなに会えば』とか友達いるっぽい発言をそれとなくしたのに台無しにするなよ」と視線で返した。

 視線で交わせる会話量じゃないなと思った。


 まあ、まあ、とりあえず、うちひしがれるワーズワースさんをなぐさめなければなるまい。

 僕は彼女に近付き、その細い肩に手を置いた。



「なんだか知らないけどがんばってくださいね。きっといいことありますよ! ファイト!」

「馬鹿にしてるのかあああああ!」



 なぜか噛みつかれそうになってしまう。

 僕は慌てて手を引っ込めた。

 ほのかが「お兄ちゃんはアホなの?」という顔で首をかしげていた。

 なぜだ。



「まあ、まあ、まあまあ。まあまあまあ。とりあえず、とりあえず、こうして会ったのもなにかの縁ですし、今のあなたは僕らの飼い犬ですから、できることがあれば協力しますよ」

「……ほう、言ったな?」

「世界征服したいとかいう目標だったら賛同しかねますけど」

「いや。そんな壮大な目標ではない。そんなのは、あとでどうとでもなる。まずは――」

「まずは?」

「貴様の肉体にある我が力を、返してもらうぞ! その後、今一度、勇者どもと雌雄を決し、世界を我らの手にするのだ!」



 ワーズワースさんが、唐突に僕へ飛びかかってきた。

 完全なる不意打ちだった。

 僕は押し倒され、したたかに後頭部を打ち付ける(なぜか痛くない)。


 彼女は僕の頸椎に、華奢な両手をのばしてきた。

 絞め殺す気か!

 今の僕には気道も頸動脈もないけど!


 とか余裕ぶった思考もむべなるかな。

 状況から察して、たぶん彼女はあらん限りの力で僕の首を絞めようとしているのだろうというのは予想できるのだが、その力のか弱さは、絞められているこちらが悲しくなるほどか弱いものなのだった。

 彼女のこのか弱さも『魔王』の能力が僕に入ってしまったという証左になるだろうか?


 というわけで払いのけるのは実に簡単なのだけれど……

 誤ってハナの体にケガをさせてしまうのは避けたい。

 そこで僕は、平和的に、ワーズワースさんに体の上からどいていただく方法を試す。



「ワーズワースさん」

「なんだ!」

「お座り!」

「わん!」



 ハナの肉体は、僕の命令に従い、僕の体の上からのくと蹲踞めいたポーズをとった。

 僕は起き上がり、ハナの大量の髪の毛をなでつつ、「よーしよしよし」と言う。



「偉いぞ偉いぞー」

「……ハッ!? 我はなにを……!? しかし、油断したな! 死ねぇ!」

「お手」

「わん!」

「はーい、いい子いい子」



 わしゃわしゃと頭をなでる。

 彼女は腹部を見せつけるようにコテンと地面に寝転がる。


 しばらくなでられたあと。

 ワーズワースさんはハッとなにかに気付いた顔をする。

 それから、顔を真っ赤にし、唇を噛んで、ぶるぶると、仰向けポーズのまま震えだした。



「……くそう! くそう! 自由にならぬこの体め!」

「いや、僕もまさか、あなたが『お座り』を聞くとは……駄目もとでやったんですけどね」

「意識はやはり、こちらの世界側に主導権があるか……我の精神力でこれだけ元の肉体の影響を強く受けるならば、他の者は表に出ることさえできぬだろうよ……!」

「へえ、じゃあ、ワーズワースさんはすごいんですね」

「魔王だからな」



 なぜかドヤ顔だった。

 状況は犬扱いなのだけれど、自分の力が他の者に比べてすごいという事実は、彼女の自尊心を満足させるに充分だったらしい。

 元々こんなにチョロい人(?)なのか、ハナの影響を受けてチョロくなってしまっているのか興味が尽きない。


 まあ、ハナの影響力は『お座り』以前にも微妙に見てとれた。

 今にして思えば、だが……ほのかのことを『ほのかちゃん』と呼んでいたあたりから、ハナの意識が色濃いという判断はできなくもなかっただろう。

 あとおどろいた時に微妙に吠えたりもしていたような気がする。

 というか、疑問が。



「そういえば当たり前のようにワーズワースさんと僕らは会話できてますよね?」

「ん? それはもちろん、この肉体の意識や記憶を参照しているからな」

「犬の知識で?」

「この体の持ち主はしゃべれなかっただけで普通に言葉を理解しているぞ」



 なんだと……?

 ひょっとしてウチの子、天才なんじゃないか……?



「ワーズワースさん、ちょっと『ご飯』って言ってみてくれます?」

「え? 『ご飯』?」

「おー! 見ろよほのか! ハナが『ご飯』ってしゃべったぞ! スマホ貸してくれよ! 動画撮ってアップしよう! 僕の壊れちゃっててさ」



 ほのかは優しい顔で笑っていた。

 なぜだろう、馬鹿にされている気がする。

 まあ、今のハナは裸にジップパーカーを着ただけの少女なので、動画をアップしたら削除されそうな気がするし、そういうことを言いたかったのだろう。


 というかこんなことをしている場合じゃなかった。

 僕は咳払いをしながら立ち上がる。



「えーっと、ともかく……僕はなにをしたらいいんだ?」

「我に力を」

「ああ、そうそう。元に戻る方法ですよね。実際あんまり不便はないんですが、妹がオークっていうのはちょっとかわいそうですし、色々被害が出てるみたいですから、ワーズワースさんには是非とも僕らが元に戻る方法を、政府あたりに発表して布告してもらって……」

「ないぞそんなの」

「え?」

「我らの世界は滅びたと言ったであろう。他ならぬ貴様が、我の話を勝手にまとめて、世界の命運は尽きたと、そう判断しただろうが! つまり我らにはもう、貴様らの肉体以外に帰る場所がない!」

「まあ、どう聞いても命運尽きてますからね」

「元の世界があれば帰る方法もあるのだろうがな……いや我はあきらめておらんけど……とにかく、どうにかして我らの精神や能力を肉体から追い出す以外に、貴様らが元に戻る方法はなかろう。その方法にしたところで見当もつかんがな」

「えっ? それじゃあ僕は、このあとずっとほのかに物理的に見下ろされたままなのか!?」

「妹がかわいそうだから元に戻したいのではなかったのか」

「違います。『妹がオークっていうのはちょっと(見下ろされている僕が)かわいそう』って言ったんですよ」

「この世界の人の言葉は難しいな……」

「とにかく、こういう状況でどう立ち回るのか、経験のない僕では難しいんですが……あなたが向こうの世界の偉い人なら、あなたの身柄はこっちの世界の偉い人に引き渡すしかないのかなとも思いますけど」

「えっ、やだ。ご主人様と離れるのやだ」

「ん? 今のはワーズワースさん?」

「黙れ犬! いや、違うぞ! 今のは我じゃない! 貴様の犬が勝手に!」

「……まあ、そうですよねえ。僕としてもたしかにハナを誰かに引き渡すのは嫌ですし……でもそんなこと言ってる場合なのかなとも思いますし……困るな」

「魔王として意見を言わせてもらえればだな……」

「はい」

「我らの知識を広く発布するのは、時期を待った方がいい。今、我らの世界と、貴様らの世界とのパワーバランスは、圧倒的に貴様らの世界の側が有利だ。この状態で我がのこのこ『事情を説明したいんですけど』と言ったところで、情報や力を搾取されるのがオチだ」

「なるほど」

「のみならず、洗脳され、肉体や精神を操られ、手駒にされかねない。犬の知識で恐縮だが、この世界には魔力にまつわる能力がなにもないのであろう? 未知の技術やエネルギーに対する研究心は、どこの世界でも共通と我は考える」

「さすが戦争やってた人は考えることが物騒ですね……」

「だからせめて、我らの仲間が集うまで、我の引き渡しは待ってもらおう」

「なるほど。まあ、愛犬を実験動物みたいにされるのは僕も嫌ですし……しかし仲間って?」

「それはもちろん『ロード』どもだな。やつらならば、ある程度精神を表に出せるであろう。少なくとも、肉体にもともと入っていた精神との交渉程度は可能なはずだ。すべてのロードが集ったならば、この世界とも渡り合えるであろう」

「普通は交渉さえ不可能なのか……」

「ふむ……ほのかちゃん、どうだ? 異世界の精神の声は聞こえるか?」



 ワーズワースさんが視線を転じる。

 ほのかは、首を横に振った。



「ううん。声とか言われてもよくわかんない」

「まあ、貴様らの忠犬の立場として言わせてもらえば、声が聞こえても耳を貸さぬことをすすめるがな。聞こえたとして無視していればそのうち声は消えるであろうよ。こうしているあいだにも、我らの精神は、貴様らの精神に吸収されかかっているからな」

「わかった! ありがと!」

「……ってどうして我はわざわざ忠告してやっているのだ!? なんだ『忠犬の立場』とは! そんなものないわ!」



 ワーズワースさんは頭を抱えていた。

 なるほど、本当に彼女の精神はだんだんハナに吸収されていっているらしい。

 それでもこうして『ワーズワースとして』話せているというのは、彼女の精神、自我がなみなみならぬものという証だろうか。


 ワーズワースさんは絶望的な顔をしていた。

 しかし数秒の沈黙後、急にギラついた目で僕を見る。



「おい、ごしゅ……貴様!」

「今『ご主人様』って言いかけましたよね?」

「貴様! 我は貴様を殺して力を奪い返すことはできぬ! アンデッドロードの能力を得た貴様を殺すというのは、勇者どもでも難しかろう! っていうかそもそも殺して力が戻る確信もない! それにこの体が、貴様を害することを許そうとしない!」

「ハナはいい子ですからね……あとでおやつをあげないと」

「やった! ……いや、なにもやっておらんわ! えっと、おやつ……ではなく……我はなにを言おうとしたのだ!?」

「僕に聞かれても……」

「……そうだ! もう貴様から能力を奪い返そうとは思わん! ゆえに、貴様は、我と協力して世界征服をもくろめ!」

「えっ、やだ」

「なぜだ!? もし、世界征服が成ったあかつきには、我が支配する地域の半分をやるぞ!」

「いやあ、支配地域の半分とか言われても。国土も人もそんな綺麗に半分にはできませんよ。だいたい僕は特別な能力も知識もないただの高校生ですから、土地の管理とか任されても荷が重いっていうか……それに、維持管理の費用はどう捻出するおつもりで?」

「……えっ?」

「支配地域の半分をゆずるということはつまり、土地の割譲というわけですよね? でも、土地っていうのはただもらって終わりというものではありません。通常は運用によって土地の維持管理費用を捻出しなければいけないわけですけれど、僕は運用プランが思いつきません。あなたはどういう運用プランをお持ちなんですか?」

「……いや、その、人どもを働かせて……」

「つまり土地を貸して賃料をもらおうというわけですよね? でもそれ、あなたの支配後と今とで具体的にどう違うんですか?」

「う……え……あ」

「それになにより『半分』という表現がひっかかりますね。その『半分』はどのような基準で判断するおつもりで? 面積ですか? 土地代ですか? あるいは人口や、お互いに順番にある程度の面積を選んでいく方針? どれにしたって不公平感はありますよね? いたずらに半分とか言ったところで、公平な分配方法が確立されていない以上、軋轢は生まれると思うんですけど」

「………………」

「まあ、他にも、僕程度でも思いつく問題がたくさんありますよね。ただの高校生が少し話を聞いただけでこれだけの問題提起を行えるのに、現実がこれより問題なくいくわけがありません。あと気になったことがまだあるんですが――」



 なんの前触れもなく。

 グギッ、と僕の視界が九十度右に動かされた。


 どうやら頸椎をひねられたようだった。

 犯人をさがして体ごと視界をめぐらせれば、そこには僕の頭部をわしづかみにしたほのかが立っていた。



「なにすんだ、ほのか!」

「お兄ちゃんはそんなんだから友達いないってわかんないの!? どうしてマジレスしかしないの!? もっと空気読んであげてよ! 魔王さん泣いちゃったでしょ!?」

「えっ」



 視線を体ごと転じる(首が戻らない)。

 すると、ワーズワースさんは、見た目年齢そのままの少女のように、手の甲で目をこすりながら、嗚咽をもらしていた。



「あ、あの、ワーズワースさん……?」

「そんな、そんな難しいこといっぱい言われても……我、答えらんないもん……」

「しかし支配をうそぶくのであれば、当然考えておくべき……あ、いや、すいません。言い過ぎました。ごめんなさい。泣かないで」

「泣いてない……魔王は泣かない……」

「いやでも」

「泣いてない!」

「あ、はい」



 僕が返答に窮していると、ほのかがワーズワースさんのそばに近寄る。

 そして、その緑色の巨体で、ワーズワースさんを優しく抱きしめた。



「よしよし。この世界に来たばっかりでいっぱいいっぱいだったんだもんね。怖かったね。よしよし」

「だって、だって……! あいつ、我の知らないこと、いっぱい言うし……!」

「はいはい。お兄ちゃんはどんな発言に対しても全力でマジレスするからね。お兄ちゃんに悪気はないんだよ。ただ、たちが悪いだけだからね」

「うん……うん……」



 なんだか、僕にとって非常に不本意な説得方法でワーズワースさんがあやされている。

 どうやら僕は悪いことをしてしまったらしい。


 僕としては気になることを素直にたずねただけなのだけれど……

 どうしてだろう。

 誰と話しても、だいたいこんな感じになるんだよね。

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