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空から異世界がまるごと降ってきた。  作者: 稲荷竜
四章   異世界転生は本当に美味しい話なのか?
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どういう理由で空から女の子は降ってくるのか

 その後、高校に入って初めて連絡網というやつを受け取った。

 内容は『姿におかしなところがないか、精神に異常はないかをチェックしたいから一度学校へ集合してほしい』というものだった。

 たしかにこういう場合、無事を確認するためにも集めるのは適切な指示だろう。

 学校側なのか、政府側なのか、対応の早さが光る。


 妹も同様の連絡を受け取っており、僕らはほぼ不眠不休のまま学校へ行くこととなる。

 その際に、



「制服全部切り裂いてオークサイズに縫製しちゃったんだけど!? どうしようお兄ちゃん!」



 などというように妹が嘆いていたりもしたが、僕は「夏休みデビューみたいでいいと思う」という返事をしておいた。

 どうでもよかった。


 かくして向かった学校は、もちろんというかなんというか、自分がなにに変わったかという話題で持ちきりだった。

 僕はいつものように教室の隅っこでクラスメイトの会話に耳をすませる。

『実はね、魔王になってたんですよ』などというように混じっていったりはしない。

 なんだかその回答は、とても色んな人に食いつかれてしまうような気がしたのだ。僕は目立つのがあんまり好きではなく、人との会話も苦手としている。

 だから沈黙していたのだけれど。



「塚本くんはなにになったの?」



 話しかけられてしまった。

 僕は家族以外の話し相手がほぼいないという状況のせいで、苗字で呼ばれた時咄嗟に反応ができないという性質を持っていたのだけれど、塚本くんというのは実は僕の苗字なのである。

 そうか、僕は塚本くんだったのか、とそこにばかりリソースをとられていた僕は、ついつい正直に真実を告白してしまった。



「魔王」



 そう言ってしまってから、僕は気付く。

 この表現は正確じゃない。



「ええと、正しくは、魔王の力と姿だけもらってた、って感じかな……?」

「なにそれ!?」

「いや、その……話せば長いんだけど――」



 かくして会話慣れしていない僕は、七月七日の夜から、七月八日の朝方にかけて起こったことを、つまびらかに語ってしまうことになる。

 後にこの話はクラスメイトを通じて学校中に広まり、というかネット経由で世界に広まり、僕のあだ名が『魔王』になることとなるのだけれど、話すのに懸命だったこの時の僕は、そこまで予想ができなかった。


 僕の記憶を代表に、異世界は色々な爪痕をこの世界に残していった。

 撮影された動画、画像、音声などは残ったのだ。

 物議をかもしたのが例の『神様』の動画である。



「わたくしは神である」



 この一言で始まり、『ジョウシ、ハゲ』を経て、あとの二十数分ひたすら沈黙を続けるというその動画は、神の美しい容姿が主な理由でカルト的な人気を博し、実際に宗教みたいなものが出来上がったりもした。

 ちなみに、その動画を見ながら異世界の固有名詞をささやいても、もう神様が出てくるというようなことはない。

 爪痕以外は綺麗さっぱりと消え失せている。

 異世界は本当に帰ったのだと、僕は『魔王ワーズワース』とつぶやきながら、ようやく実感することとなった。



 光陰矢のごとし。

 一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、この世界に異世界が融合した記憶はあるものの、話題としては少々賞味期限が切れた感じとなっていった。

 こうして異世界関係の動きが消え始めると、また世界が滅びて降ってきたりしないのかと僕なんかは不安になったりもする。

 しかし、異世界とこの世界をたまに行き来している妹が言うには、



「あっちの世界はなんか話し合い期間みたいだから、人と魔のあいだに絶対壊れない壁作ったよ。ワーズワースさんとかアイリンさんは行き来できるようにしてあるけど、しばらく戦争はないんじゃないかなあ」



 とのことだった。

 あと、妹の身長は別に伸びていない。

 なんでも異世界で身長百七十センチのモデル体型になったそうだが、この世界に来ると元に戻るので、歩幅になれたりが面倒くさいから最近は異世界でもチビのままだと言う。



「人の大きさは、身長と関係ないよね。あたしはお兄ちゃんより器が大きいから、今はこれで満足しなきゃ」



 失礼な妹である。

 しかし、オークならぬ貧弱女子中学生をグーで殴るわけにもいかないので、妹の頭頂部をおさえつけて『縮め縮め』という呪いをかけておいた。

 妹がグーで殴ってきた。

 こうして僕らの、爆発もなければ頸椎ひねりもないケンカは、日常的に行なわれている。


 犬の散歩は相変わらず、僕の夜の日課だ。

 世間は夏休みに突入していた。

 僕は愛犬と過ごす時間が増え、ついでにクラスメイトから誘われることも増えた。

 うなずくことも断ることも苦手な僕は、流れに身を任せるまま『うん、まあ、行こうかな、じゃあ……』と誘いに乗っかり、その先々で魔王ワーズワースにまつわる話をさせられる。

 最近では異世界関係ない集まりにも呼ばれたりし出して、ひょっとしたら僕にも友達というやつができるのかもしれないと、怖ろしいやら、面倒くさいやら、思ったりもしていた。


 愛犬はしゃべらない。

 犬なんだから当たり前なのだが、少々寂しくもある。


 僕らはリードでつながり、夜の住宅街を歩いていく。

 街灯もまばらな暗い道。感覚だけで歩むことができるほどに慣れ親しんだ、別に西洋の古城につながっていることもないような道。


 そこに僕は、なにかを見つける。

 街灯の下にあるそれは、布の塊のように見えた。


 僕は愛犬と目を見合わせる。

 ハナは困ったように「きゅーん」と鳴いた。


 空を見る。

 なにもない。都会のけぶった、星のない夜空だけだ。


 今度こそ、カーテンでも不法投棄されているのだろう。

 そう思い、無視してもいいんだと自分で自分に言い聞かせつつ、僕はハナを抱きあげてその布の塊に近付いていく。


 あと一歩で手を触れることができる位置にまでたどり着いた時――

 唐突に、その布の塊が動いた。


 そいつは真っ直ぐに僕を目指し、しかし腕の中のハナに阻まれ、僕までとどかない。

 しかし僕はその迫力だけで後ろに倒れこみ、したたかに後頭部を打ち付けてしまう。


 が。

 あんまり痛くない。


 僕は頬を撫で、石膏像とかを思わせるなめらかな感触を覚え、手を見て、皮も肉もないことを確認する。

 そして腕の中を見る。

 そこには全裸の犬耳少女がいた。



「……なにしに来たんですか、ワーズワースさん」



 思っていたより低い声が出る。

 彼女は「きゅーん」と犬みたいにうなってから、言いにくそうに口を開いた。



「やはり前に入ったものに吸い寄せられるのか……今度こそ完全体の我を貴様に見せつけてやろうと思ったのだが……」

「まさかそれだけのために……?」

「いや、違うぞ。我らの戦争のルールが定まったので、こうして神の許可を得て、この世界に舞い戻ったのだ」



 どうやらまた世界が滅んだということではないらしい。

 その事実は処理に困った。

 世界は無事で、家が城になるようなことはないんだなと安心すればいいのか。

 それとも、世界が無事なのにわざわざ魔王自らこちらの世界に来た事実に恐怖すればいいのか。


 ともあれ鍵を握るのは『戦争のルール』だろう。

 僕はおそるおそるたずねる。



「それで、なにをしに? 戦争のルールはどう変わったんですか?」

「まだ詳しいことはこれから詰めていくが、この戦争形式は非常に優れたものだ。神の行いにヒントを得たのだがな……」

「いいから結論を」

「貴様は相変わらず性急であるな……」

「いえ、僕は別に普段から性急なわけではないですが……」

「でも散歩中に妙に急ぐこととかあるし」

「それはトイレに行きたい時です」

「電柱あるぞ」

「犬化はいいから早く本題に」

「うむ。宗教を作ることになったのだ」



 どうしよう、意味がわからない。

 僕は首をかしげ、オウムのように聞き返した。



「宗教を作る?」

「うむ。この世界にはネットに動画があるであろう。そこで、神の動画が思ったより再生数が高かったので我らも動画を作って再生数を競うという……その再生数で優劣を決める戦いだ」

「あの、神様の動画はたしかにカルト的な人気ですけど、それは宗教っていうか、宗教めいているだけで、ネットアイドルとかに近いと思うんですけど」

「じゃあそれでいいや」

「えええ……」

「戦いはなあ。代表を選出してやるという方法も言われたのだが、魔の側の代表は魔王であり、人の側の代表は勇者になるであろう? そうなると、二者の戦いでも世界崩壊が起こりかねん」

「いいじゃないですか別に……また妹がどうにかしますよ……」

「一回崩壊すると崩壊癖がつくらしいのだ。そのたび修復も面倒であろう」

「脱臼みたいな感じなんですか……」

「そういうことで我の偉大なる本来の姿を動画に撮ってアップしようという話になったのだ。向こうの世界では今まで動画サイトばかり見ていたから、勉強は充分であるぞ」

「どうやってこの世界の動画を?」

「ほのかちゃんが輸入した」

「異世界にいらん文明をもたらしやがって……」

「そういうわけで、我は世界一のネットアイドルになる!」



 魔王が腕の中で宣言する。

 僕は彼女の屈託のない表情を見て、一言申し上げた。



「あの、考え直した方がいいですよ」

「なぜだ!? 世界も滅びない、迷惑もかからない、いい方法ではないか!?」

「再生数で優劣を決めるって言ったところで、期間の設定とか色々と問題があると思うんですけど……それに、今まで実際に戦いをやってた人たちが、そんな方法の決着で本当に納得するんですか? 僕は全力でケンカしてる時に『まあまあ、これから優劣は動画の再生数で決めよう』とか言われたら、それを言ったやつを殴りに行く自信があるんですが」

「……」

「だいたい――」

「いや、どうにかする! もう我は貴様には負けんぞ! どうにかするのだ!」

「……まあ、自信があるなら、いいですけど。そもそも異世界の戦いですから、僕がどうこうすることじゃないですし」

「貴様は我に協力するのだぞ」

「なぜ」

「我は貴様の飼い犬だからな」

「じゃあワーズワースさんにはゲットアウトしていただいて、普通に愛犬動画撮ります。その方が再生数伸びるでしょうし……」

「それじゃあ意味ないであろうが!」



 うーん、なんていうか、超面倒くさい……

 この調子だと、またアイリンさんや神あたりはこの世界に来てそうな気がする。

 どうやら一度終わったと思った事件は再び動き出したようだ――とか言うとまるで推理ドラマみたいになってしまうが、実際にそうなのだ。


 ようするに。

 空から異世界が降ってこないために、空から魔王が降ってきた。

 誰しもが人生で一度は妄想するであろう『空から女の子が降ってくる』という事件は、ようやく望まれた通りの規模で、多くの創作物がそうあるような範疇において始まったらしい。


 その現象はやっぱり唐突で、僕は置いてけぼりにされている感が否めないけれど――

 まあ、二回目だし。

 この程度の規模ならアリかなと思ってしまう僕は、どうやらとっくに異世界に毒されているらしかった。

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